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皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。お父様から十三年前の話を聞かされて、少し考えさせられましたわ。
慰霊碑の次に連れて行かれたのは、病院だった。そこには、大部屋の中にたくさんのベッドが並んでいた。
患者さんたちはリハビリをしていた
「ここは市民も入院しているからね。静かにしてようか」
「「はい」」
そう言いながらも、「アドルフ様―、公爵様、姫様」と声が聞こえる、ラスミア殿下に関しては、「どこかのお貴族様か?」といった声が飛び交う。
(さすがに王子様です、なんて言えないわね)
うるさくなった感は否めない。
入院中の方々、怒らないでと思っていたが、その入院中の方々が手を振ってきていた。
私たちは手を振りつつも廊下を進んでいった。
「おや、アドルフ様、立派になられて・・・・・・」
しばらくしたところで、右足をなくし松葉杖をついた、六十代くらいの男性がお父様に声をかけた。
「マリウス、立派って、前にも同じことを言われたぞ?」
「おや、そうでしたかね。ああ、こちらがルーシェ姫、ですかな? こんにちは」
マリウスと呼ばれた男性は私に向かってほほ笑んだ。
「は、初めまして・・・・・・」
私は挨拶を返した。
(どちら様かしら・・・・・・)
「マリウス、部屋に行ってもよいだろうか」
「ああ、確かに。いつまでもこのようなところでレディーを立たせておくわけにもいきませんね」
マリウスと呼ばれた老人はそう言うと、私達は部屋に案内された。お父様にラスミア殿下、ラルムにゴウエンまで入るとなかなかに狭い。
「さて、そちらの方の顔を見るに、王族に連なる方かな? 国王陛下にそっくりだ」
「父をご存知なんですか?」
「昔、何度かお会いしましたよ。驚きですなあ、国王陛下の子どものころにそっくりです。第一王子殿下ですかな?」
「はい。ラスミア・ギル・アステリアと申します」
「ようこそ来てくださいましたね。私はマリウス・フォン・アーネンブルクと言います」
「ア、アーネンブルクって・・・・・・」
「アーネンブルク辺境伯爵というやつさ。今はこのざまだがね」
「は、はあ・・・・・・」
アーネンブルク辺境伯爵は私の顔をまじまじと見つめた。
「いやいや、なかなかエイダ様に似て可愛らしいですなあ。性格までは似ていないらしいが?」
「母上のようなのがほいほい生まれたら困ります」
お父様は顔をひきつらせながら言った。
「確かになあ。あそこまで遠慮がないと、色々と体に堪えるからなあ」
(おばあ様は何をしたのかしら・・・・・・)
「エイダ様も別に最初っからああではなかったが・・・・・・。いやその素養はあったか?」
「アーネンブルク伯、母上の話はしなくて結構です」
「何を言うか。こんな若いものに残虐な話をしたところでつまらんだけじゃ」
「私もしてほしいわけではありませんが、立場上仕方ありません。戦場に夢も希望もないですし」
「そうか。このような子どもたちが次代となって戦うのか。寂しいなあ」
「まだ、我々がおりますがね」
「そうだが、それでもやはり悲しいな。私は足を失った。家族を失うこともある。大切な部下さえも失う。そして、自らの命を失うかもしれない」
「・・・・・・」
戦争とは誰かが誰かのものを奪うもの。自分が奪い、そして奪われる。終わりのない憎しみと悲しみが生まれるところだ。
リスティル公爵家の戦公爵たちは、どんな思いで戦場に立っていたのだろう。お父様は戦っている部下のために逃げることができなかったと言った。きっと、歴代の当主たちも誰かを守るために、そこにあり続けた。
(私が家を出て・・・・・・戦争を回避する)
私はこの国を出ることで、自分も含めた命を守ろうとしている。
でもよく考えたら、私が家を出た後、どうなるのだろう。ガルディアとの戦争は避けられても、結局また、どこかの国と戦うのだろうか。
(先のことまでは分からない。今は今のことを考えないと)
私が持っている力はガルディア皇帝にとっては無視できないものなのは事実だ。私がこの国に残ったら、ガルディア帝国は攻めてくるかもしれない。でも、私は家出をした後、あのガルディア皇帝から逃げることはできるのだろうか。
(あれ、結構問題だわ。このままこの家にいても詰んでいるし、この家から出たら、逃げ切れる自信がないわ)
家出項目に、あのガルディア皇帝から逃げる方法も入れなきゃならない。
思考の海に沈んでいた私は、結構自分がいろんな意味で詰んでいることに気がついた。
「・・・・・・ルーシェ? 大丈夫かい?」
「ええ。お父様。戦争とは難しいわね」
「そうだな」
(いけないわ。お話を聞かないと・・・・・・)
「アーネンブルク伯。アドルフ様も質問をよろしいですか?」
なんと、ラスミア殿下が声を上げた。
「なんでしょうか?」
「どうぞ?」
「国民は戦争を嫌うものか?」
「・・・・・・難しい質問ですが、好きと答える人は多くはないかと・・・・・・」
「私もそう思う。我がアーネンブルク伯爵領は随分と被害をこうむりましたから」
正直言ってそれは私も同感だ。戦争となると多くのものが犠牲になるのだから。
「じゃあ、ガルディア帝国を好きな人はどれだけいるのだろうか」
「・・・・・・これはこれは・・・・・・」
「あの国と戦うとしたら、国民は反対するか? 賛成するか?」
それは難しい質問だったのか、二人とも黙り込んでしまった。
「勘違いしないでくれ、私も別に戦争をしたいわけではない。ただ、かの国は唐突に戦争を仕掛けてきたのだろう? なら、国民を守るために、どうするのがよいのだろうか、ふと気になってしまった」
やられる前にやる、と言うことか。それが正しいことなのか、間違ったことなのかわからない。
「ルーシェはどう思う」
「・・・・・・申し訳ありません。私には正解がわかりません」
まさか私の答えを聞いてくるとは思わなかった。私は素直に本音を言った。
ガルディア帝国がアステリア王国に戦争を仕掛けてきたのは、何もここ最近の話ではない。仲良くしたと思ったら、唐突に戦争を仕掛けてくる。
そのたびに、多くの国民が命を落としているのだ。
(戦争は嫌い。でも、多くのものを守る立場で、何が正しいのか・・・・・・。話し合いで済むならば、話し合いで終わらせたい。でも、彼らは話し合ったって、攻めてきそうだわ。こちらはどうしたらよいのかしら)
「お前の意見を聞かせてくれ。今のお前の意見だ。これから変わっても構わない」
(また、難しいことを・・・・・・)
「・・・・・・私は戦争が嫌いですわ。多くの兵士たちを死なせるとわかっていて、戦場に連れ出したくありません」
私が言える精一杯がこれだ。
「そうか」
「こんな戦公爵で申し訳ありませんわ」
(戦公爵は変わるから、安心してください)
「いや、謝るな。心優しい戦公爵は嫌いじゃない」
私は思わずラスミア殿下の顔をまじまじと見てしまった。
「・・・・・・」
「なんだ?」
「今日は、どうしてしまいましたの?」
私は真顔で聞いてしまった。
「「ぶふっ」」
二人の大人から、耐え切れなかったように変な音が聞こえた。
「な、なんだそれは!!!」
ラスミア殿下は顔を真っ赤に染めて、怒りだした。
「あ、ご、ごめんなさい。今までにないくらいにまじめでしたので・・・・・。いや、いつもふざけているわけではないのだけど」
「ルーシェ姫、こ、これ以上は・・・・・・」
「あ」
アーネンブルク伯爵は笑うのを我慢しているような、不思議な表情で、私を止めた。お父様はその後ろで、ぐっと親指を立てている。非常にいい笑顔だ。
「お前・・・・・・」
「ご、ごめんあそばせ・・・・・・」
さらに壁際では、ラルムが無音で腹を抱えて笑っていた。




