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皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。
ガルディア皇帝がリスティル公爵邸に忍び込んでから、お父様はピリピリしていた。結局見つからなかったのだ。まあ、見つかったら見つかったで、それは驚きなのだが・・・・・・。ルカに至っては私の傍を全く離れようとしない。グレンが傍に来ても、全く離れないのだ。
(結局、どうなるのかしら・・・・・・)
私はお父様に求婚の件をどうするのか聞くことができず、数日が経った。
今日はガルディア帝国との戦争の最前線になったところに行くのだけど・・・・・・。
(なぜこうなった!?)
「どうした、ルーシェ!! 何を暗い顔をしている!?」
「なぜラスミア殿下がいらっしゃいますの!?」
そう、なぜか今、私の目の前にはアステリア王国第一王子ラスミア殿下がいらっしゃるのだ。私はこんなこと聞いていない。
「お父さ・・・・・・」
私はお父様と呼び掛けて、すべてを悟った。これは、何も聞いてないやつだ。
お父様の顔は般若のようになっていた。
「確かに文は出したが、なぜにおまけを付ける!!」
国王陛下が「てへっ☆」っと微笑んでいる姿が想像できる。
お父様の隣に立っているゴウエンも、死んだような目で空を見上げていた。
「なんだか面白いことになっているなあ、姫様」
顔を輝かせ、話しかけてきたのはラルムだ。
「面白くありませんわよ。・・・・・・ラルム、顔色が悪いわよ? 大丈夫なの?」
表情は笑っているものの、どこかきつそうだった。
「ん? ああ。ちょっとね。今度、休みもらうよ。最近働きすぎでね~。でも、姫様もそんなに顔色が良くないよ。やっぱり、あの夜のことでしょ?」
最後は小声だった。朝方ルカにも言われたが、そんなに顔色が悪いだろうか。
「・・・・・・まあ、色々と」
「・・・・・・守ってあげられなくてごめんね」
ラルムを見上げると、どこか悲しそうな顔をしていた。
「そんな顔をする必要はないわ。あなたはちゃんとお仕事しているでしょう?」
「どうだろうね」
「あら? あなた、さぼっているのね」
「しまった、バレた」
ラルムはわざとらしく、あちゃーという表情をした。
「おふざけはここまでにしても、アドルフ様に話して、延期してもらおうか?」
「そんな必要はないわ。平気よ」
「ルーシェ、そいつは誰だ?」
私達があまりにも長々と話しているせいか、ラスミア殿下が不機嫌そうにラルムを指さした。
「失礼しましたわ。彼は・・・・・・」
「リスティル公爵家第一連隊ゴウエン配下、ラルムと申します」
ラルムは先ほどまでとは違い、綺麗な敬礼を披露した。
「ああ、そうか。今日はよろしく頼むぞ」
「はい。お任せを」
ニコリ。二人は顔を合わせているが、ラスミア殿下の後ろからは何か黒いものが出ている気がするし、ラルムは非常に楽しそうに笑っている。
「・・・・・・」
なんとなく雰囲気がよろしくない気がしたので、私はラスミア殿下に話しかけた。
「ラスミア殿下、国王陛下は何かおっしゃっていましたか?」
「お前も、戦場を見てこいとだけ言われたな。他は特には・・・・・・」
(なんだ、縁談のことは何も聞かされていないのね。残念なような、そうではないような不思議な気分だわ)
「お前こそ、顔色が悪いが大丈夫なのか?」
本日三人目である。体調が悪いわけではなく、多分心が疲れているのだろうと思う。
「大丈夫ですわ」
「姫様、体調が悪くなったら、ちゃんと言うんだぞ。アドルフ様に怒られてからじゃおそいからな。ルカ君が心配するぞ」
ルカは朝の支度をしてくれた後、名残惜しそうに部屋から出て行った。
「わかりましたわ。ルカに怒られるのは嫌だもの。お父様! もう行きましょう? ラスミア殿下も怪我無く着いたわけですもの。よいじゃありませんか」
色々と唸っているお父様に声をかけた。もう来ちゃったんだし、仕方ない。今更帰れとは言えないのだ。
「長旅をしてすぐにまた出かけるわけですが、よろしいのですか?」
「かまわない」
***
「しかし、父上がアドルフ様あてに返事を書いているとき、かなりピリピリしていたが。何かあったのか?」
「あら、そう、ですか」
あの国王陛下すらピリピリするだなんて、私が思っている以上に事態はおおごとのようだ。
「きっといろんな問題があるのですよ。仕方ないですわ」
国王陛下がラスミア殿下に今回の件を伝えていないようなので、私は何も言わないことにした。
「そんなものだろうか」
「そんなものですわ。ああそうだ。アイヒはお元気ですか?」
「ああ。相変わらずだ。そういえば、青い髪のカツラがどうとか言っていたな」
「あ」
そういえば、アイヒに頼まれていたんだった。すっかり忘れていた。青い髪なんて、ラルムしか思い浮かばないんだが。
「・・・・・・忘れていましたわ」
「まあ、あいつも忘れていても怒らないだろうから気にするなよ」
「だとよいのですが」
「そろそろ着くだろうな・・・・・・。森が開けてきた」
今から行くのは、戦地跡だ。
「知っているのですか?」
「いや。ただ、木の成長具合が下がったからな。この辺り一帯が焼け野原になったわけだから、あたりを付けただけだ。なあ、ルーシェ」
「はい」
「お前はどこまで、戦争について知っている?」
――――十三年前。
突如、北の大国ガルディア帝国はアステリア王国に宣戦布告をした。しかも挨拶とばかりに国境沿いにある砦に一発かましたらしい。
ガルディア帝国との国境線に隣接するのは戦公爵リスティル公爵家、そしてアーネンブルク辺境伯だ。ガルディア帝国が布陣をひいたのは、アーネンブルク辺境伯領側だった。
この宣戦布告により、アステリア王国先代国王シリウスと国王陛下の姉、第一王女エリーゼが戦公爵エイダ・マヤ・リスティルと多数の一族の将軍と共に、王都より出陣した。それは春の陽気が心地よい晴れた日のことだったという。
この戦は長期にわたり、且つ泥沼の戦いだった。片方の布陣を取れば、もう片方が別の布陣を取る陣取り合戦。ガルディア帝国側にも、天才軍師がいたことが要因だったらしい。この戦いで、リスティル公爵家の将軍たちも数多く戦死した。
最終的には、ガルディア帝国が使用した兵器により、国王シリウスとエリーゼが死亡したが、同時に相手方も数多くの皇子、皇女も巻き込み、死亡したことにより戦争は一時休戦となった。兵器とは何なのか知りたいが、残念ながら詳しいことは分かっていないらしい。
私が知っているのはこれくらいだ。
一度、戦場を描いた絵を見たことがあったが、本当にひどかった。絵がリアルなのもあったが、あれは、ひどい。
「焼け野原になったって言われているのに、みんな戻ってきたのね」
数年は作物を育てられるような状態ではなかったと習ったが、あたり一面が、田園地帯になっていた。ちらほらと民家も見える。
「・・・・・・そんな簡単に、故郷は捨てられないんだろうな」
そう言ったラスミア殿下の顔はいつもとは違い、どこか大人びて見えた。




