第162話 くっ、その場にいれば適切なアドバイスができたのに!
従兄弟姉妹5人で集まった俺達は話し込み、夜遅くに就寝した。
そして、翌日、遅い朝食を食べた俺とトウコは入ったことがない部屋にあった階段を降り、地下の部屋に連れてこられた。
部屋は数十メートル四方の広さがあったものの、部屋の中央にあるリングは10メートル四方程度で狭い。
「あそこのリングで演習をしてくれ。あそこで何かあってもリングの外に出されるだけですむ」
エリク君が説明してくれる。
この場には俺とトウコの他にエリク君、婆ちゃん、そして、ヨハンさんがいた。
「学園の演習場のコンパクト版だな」
「だねー」
俺とトウコはリングに上がった。
「お婆様、よろしいですか?」
エリク君が婆ちゃんに聞く。
「ああ。ヨハン、頼むよ」
「わかりました」
ヨハンさんが頷くと、リングに上がってきた。
「どうしたんですか?」
「私が審判を務めるよ。一応、いた方が良いだろう?」
あー、だからヨハンさんがいたのか。
「じゃあ、お願いします」
「ああ。では、始めようか。2人共、準備はいいかい?」
「「いつでもどうぞ」」
俺とトウコは口を揃えると、腰を落として構える。
「始め」
ヨハンさんが静かに始まりを宣言すると、トウコが突っ込んでくる。
「学習せんやっちゃなー」
トウコの掌底を軽くいなすと、足を払う。
しかし、トウコがこけることなく浮き上がると、俺の頭に手を置き、一回転する。
そして、そのまま飛び続け、手を向けてきた。
「アイスエッジ!」
氷の刃が飛んでくるが、バックステップで躱す。
「むむっ、アイスニードル!」
トウコは引き続き、飛んだまま、魔法を使ってきた。
「めんどくせーなー」
複数の氷の矢を躱しながら投げるための石を探す。
「あれ?」
室内だから何もねーな……
「あはは! バカめー! 何もできまい!」
こいつ、それがわかって飛んで安全圏にいるんだ……
汚い奴だわ。
「食らえ、アホ!」
空間魔法からペットボトルの水を取り出すと投げた。
「痛っ……くないな……」
トウコの頭にペットボトルが当たったが、柔らかいのでダメージはない。
「あとはスマホくらいだな……」
投げたくないな。
「この勝負、もらったー!」
トウコが再び、氷の矢を放ってくる。
俺はそれをバックステップで躱すと、着地した勢いを使い、一気に前に駆けだした。
「んー? どこ行くの?」
トウコを通り過ぎると、壁に向かってジャンプした。
そして、そのまま壁を足場にして、トウコに向かって飛び蹴りを放つ。
「死ね」
「ぐえっ!」
トウコの腹部に蹴りが刺さった。
そして、トウコはそのまま俺と一緒に落ちていく。
「終わりだ」
トウコが先に落ちたので落ち際を狙った。
しかし、トウコはリングに落ちると同時に素早く受け身を取り、距離を取る。
「痛いよー」
着地すると同時にトウコも起き上がり、泣き言を言いながらお腹をさすった。
「すぐに立てる蹴りじゃないんだけどな」
「私だって強化魔法は得意なんだよー」
あの一瞬で腹を強化したのか……
ちょっと狙いが正直すぎたな。
「お婆様、まだ続けますか?」
まだ始まったばかりなのにヨハンさんが婆ちゃんに確認する。
「いや、いいよ」
婆ちゃんは首を横に振った。
「そういうことです。試合はここまで」
えー……
「まだこれからだろ」
「そうだよ! 私、蹴られたまま終わったんですけど!?」
そりゃトウコは文句を言うわな。
「十分だよ。私はあんたらの成長具合が見たかったんだ。トウコは魔法の展開が速いし、ツカサはよくそこまでの魔力をコントロールできるもんだよ。2人共、見事だ」
婆ちゃんが褒めてきた。
「どうも……」
「私は納得いかないなー」
トウコが首をひねる。
「ツカサ、ラ・フォルジュを名乗る気はないかい?」
「えー……ダサいよ」
「おい……」
婆ちゃんの目が据わった。
「いや、ラ・フォルジュがじゃなくて、ツカサに合わないって言ってんの。婆ちゃん達は合うだろうけど、日本人の名前には合わないって。ツカサ・ラ・フォルジュだよ。ないわー」
「トウコと同じことを言うね……わかった、わかった。5万円あげるよ」
ご、5万……
「うーん……バレるくね?」
トウコを見る。
「バレないわけがないね」
だよな。
「婆ちゃん、ないわ」
「ハァ……なんでそんなもんを気にするかねー?」
ほっとけ。
「何でもいいじゃん。というか、ラ・フォルジュを名乗る方を気にしてるのが婆ちゃんじゃん。別に苗字なんてどうでもよくね? 苗字が変わったところで俺は変わらんし、トウコも変わってねーよ」
学園でお嬢様しゃべりになっているくらいだ。
もっとも、そのメッキも剥がれつつあり、錆が完全に出てくるのは時間の問題。
「そうかい……ならいいよ。ツカサ、トウコ、エリクを頼むよ」
婆ちゃんが改まって頼んでくる。
「なんで? 急にどうしたん?」
「そうだよ。むしろ、エリク君にお兄ちゃんを頼んだ方が良いと思う」
うん、頼んで。
「エリクは賢い子だが、戦いの才能はないし、度胸もない」
うーん、まあ、そうだけど。
「別に良くね? ラ・フォルジュって武家じゃないでしょ」
中には武家の次期当主なのに研究室に籠っている人もいるんだぞ。
「そうも言っていられなくなっているんだよ。近頃は魔法使い業界も変わりつつある。時代が変わる前の兆候が見えるんだ。これがどう変わるかはわからない。だが、良くない変わり方をした時にエリクでは心許ないんだ」
良くない変わり方、か。
他の町のことだろうか?
「俺らに何かできるかね?」
「敵をぶっ飛ばす!」
まあ、それしかないか。
「その武がウチにはないんだ。エリク、セレスティーヌ、リディ……あんたらの他にはウチの次世代を担う魔法使いはこれだけしかない。そして、この3人ははっきり言えば魔法の才能がない。人のことは言えないけどね」
婆ちゃんが自虐的に笑う。
婆ちゃんもそんなに魔力は高くないのだ。
シャルと同じくらいだろう。
「才能がないことはないだろ」
「いーや、ない。魔力のこともだけど、魔法のセンスもない。何よりも3人共、戦闘ができる魔法使いじゃないんだ」
戦いは無理だな。
特にセレスちゃんは無理。
ザ・ノエルだもん。
「うーん……」
「ウチは歴史的に見ても戦闘タイプの魔法使いは少ない。私の子供達の代もゼロだった。だが、ジゼルが日本の武家の旦那と一緒になってあんたらが生まれた。結婚の反対をしなくて良かったよ」
「反対したかったん?」
「そりゃそうだろ。まだ魔法学園に通っているのに結婚したいとほざきおった。でも、あんたらを身ごもっていたから反対しなかったんだよ」
やっぱりデキちゃったことによる学生結婚だった……
まあ、逆算したらわかるし、考えないようにしてただけで、クラウスがバカップルって形容していたから薄々わかってたけどな。
しかし、母さんはそれでよく、上品ぶれるわ。
「あ、そう……」
「とにかく、頼んだよ。ラ・フォルジュの名を考えなくてもいい。ただ、一族同士、助け合っていってくれ。エリク、ヨハン、来な」
婆ちゃんはそう言うと、エリク君とヨハンさんを連れて、演習場を出ていった。
「お兄ちゃん、避妊はしてね」
「お前もな」
兄妹でしたくもないこんな話をせんといけなくなったのはすべてウチの両親のせい。
ただ、責めることもできない。
話題に出したくもないし、何より、それで生まれてきたのが俺達兄妹なのだ。
「いや、お兄ちゃんだよ」
「なんで?」
「わかるでしょ、バカ」
トウコはそう言って、演習場を出ていった。
俺は一人残されて、首を傾げる。
「うーん……」
わかんないんだけど?
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