第154話 研究
夏の最大イベントも言える1泊2日の海も終わった後は家でゴロゴロと過ごしていた。
そして、日曜日になると、約束通り、シャルの家に向かう。
シャルの家に着くと、クロエに通され、2階に上がった。
「いらっしゃい」
シャルの研究室に入ると、シャルが笑顔で待っていた。
「おはー。元気ー?」
「まあね」
ずっと家に籠ってたんだろうな。
「それではごゆっくり」
クロエはごゆっくりのところを強調して言い、1階に降りていく。
「ミシェルさんを迎えにいくのかな?」
「多分、そうじゃない? まあ、座りなさいよ」
シャルに勧められたので椅子に座った。
すると、シャルも隣に座る。
「相変わらず、見たことない本や機材がいっぱいだな」
「研究室だからね」
「なあ、他の魔法使いもこんな感じで研究室を持ってるもんなの?」
「ん? 大概の魔法使いは持っているんじゃない? 戦闘タイプでも魔法の研究はするからね。私のはほぼ錬金術だから理科室みたいだけど」
人体模型はないけど、アルコールランプがねー……
「いやさ、トウコも持ってないし、俺も持ってないからちょっと気になって」
「あー……確かにトウコさんの寮の部屋にそれらしきものはなかったわね」
シャルは以前、魔法を教え合った時にトウコの部屋に入っている。
「俺もないわけよ。この前までは空き家みたいな感じだった」
「まあ、あなたはそうでしょうね。研究なんて絶対にしそうにない。いや、言われてみれば、トウコさんもしそうにないわね……」
ちょー嫌いって言ってたしな。
「俺も研究しようかなー?」
「何の?」
「いや、特に決めてないけど……」
格好から入ろうと思っている。
「まあ、好きにすればいいけど、生半可じゃ続かないわよ。例えばだけど、ここに私が研究開発したお腹が鳴るのを防ぐ薬がある」
シャルがそう言って丸薬を取り出した。
「何それ?」
「そのまんま。授業中にお腹が鳴って、恥ずかしいって思うことあるでしょ? それを防ぐ薬なわけよ」
へー……経験か?
「作ったん?」
「そう作った。これにかけた時間は3ヶ月」
「そんなにかかるもんなん?」
「ええ、かかるわ」
そうなんだ……
「いつもあっさり味付きポーションを作るからもっと簡単なのかと思った」
「あれは基礎が最初からできてるからね。リンゴ味とかイチゴ味を作ってたでしょ。その基礎があるからすぐなのよ。でも、一から作るには時間と労力、そして何より、発想力がいるわけ」
「へー……」
俺はやっぱり錬金術師になれそうにないな。
「そして、このオチはね、お腹が鳴らなくなる薬って日本のドラッグストアで普通に売ってたこと。とてつもなく、意味のない薬になっちゃったわけ」
あ、もうあったんだ……
「マジか」
「ええ。そんなことはしょっちゅうよ。でも、時間の無駄とは思わない。この研究で得るものはあったし、何より、楽しかったもの。これが研究」
「やーめよ」
無理だわ。
俺に魔法にそんな情熱はない。
「ツカサはそれで良いと思う。それにね、私に任せればいいの! 何でも作ってあげるわよ!」
楽しそうだなー……
「頭が良くなる薬を作って」
「………………」
なんか真剣に考えだしたぞ……
しかも、これでもかっていうくらいに眉をひそめている。
「いや、冗談だから」
「……え? あ、そうよね。うん、ツカサはバカ……じゃない、もの」
優しいなー。
でも、バカだよ。
「まずはジンジャエールと紅茶味のポーションかな」
「それよ、それ。ついに良い感じのができそうなのよ。見てなさい」
シャルがそう言って、三角フラスコと四つ足がついた網、アルコールランプを取り出した。
そして、手際よくポーションを作っていく。
その姿は実に楽しそうだ。
「シャル、海はどうだった?」
「翌日、筋肉痛になったわね」
結構、顔から海に突っ込んでたしなー……
「二度と行かない?」
そう言いそうだなと思って、先に聞いてみる。
「んー? どうかな? 楽しかったと言えば、楽しかったわね。私はあんな感じで同世代の子とどこかに行くこともないし、遊ぶこともなかったから」
「中学の友達はいるんだろ?」
「いるけど、あんな感じではないわね。それに私って言い方がきつかったりするからね……」
そうか?
「ボケ3人で良かったな」
「4人でしょ」
俺も入っていたようだ。
「楽しかったならいいわ。あんまり乗り気じゃないっぽかったから」
「食わず嫌いってやつかもね」
「じゃあ、山登りに行く?」
「それは絶対に行かない」
でしょうね。
俺も嫌だもん。
「じゃあ、来年も海に行く?」
「来年……行く、かな? 多分……それまでに泳げるように? いや、それは無理か」
練習しないから無理だろうね。
「水の中で息をできるようになる道具でも作れば?」
「酸素ボンベを持って行こうかな……」
沈むぞ。
「やめとけ」
「そうね……よし、できたわ」
見た感じはよくわからないが、ポーションができたようだ。
「ジンジャエールは冷やす?」
「そうね。紅茶はお好みに合わせていいわよ」
シャルはそう言いながら小瓶にポーションを入れていく。
「悪いなー」
「いいの、いいの。ちゃんと味の感想を聞かせてね。それも研究結果だから」
「シャルは飲まないの?」
「飲んだけど、自分が作ったものは全部、美味しく感じるのよ」
あー……その気持ちはわからんでもない。
子供の頃に作った目玉焼きがめちゃくちゃ美味しかったし。
「じゃあ、紅茶の感想も母さんに聞いておくわ」
「お願い……はい、これ」
シャルが4つの小瓶にポーションを入れ終え、渡してくる。
「ありがと」
「次は?」
やはり聞いてきた……
「あのさ、魔力回復ポーションで味付きを作れないの?」
「魔力回復ポーションね……難易度の高いことを言ってくるわ」
え? そうなの?
「難しいのか?」
「魔力回復ポーションには必ず、とある薬草を入れないといけないのよ。それが不味い」
確かに俺が毎日飲んでいる魔力回復ポーションは不味いけども。
「そっかー。じゃあ、違うのにする。えーっと……」
「待ちなさい! 人間が想像できることは実現できる……これはフランスの小説家、ジュール・ヴェルヌの言葉よ。そして、それこそが私の錬金術の源なの! 任せなさい! 不可能を可能にする錬金術師が私なの!」
錬金術になると、自信満々になるな……
君、武家の子でしょ。
「じゃあ、お願い」
「任せて! でも、ちょっと時間をもらうわ。そういうことで今日は現在の研究である少ない魔力で魔法を撃てるようになるという素晴らしいポーションを見せてあげる。もっとも、研究中だから微妙だけどね。でも、完成して、学会で発表したらきっと表彰ものの素晴らしい研究なのよ。あ、誰にも言っちゃダメよ」
あ、世界で一番俺の役に立たないポーションだ。
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