第131話 お婆様もため息をつくわ
魔法大会が終わった翌日の日曜日。
さすがに昨日までの疲れがあったし、外は暑いので出かける気力はなかった。
というか、それ以上に近づいてきているテストが嫌なのだ。
今思うと、魔法大会は良かった。
俺がものすごく輝き、活躍できる場だったからだ。
でも、今度は劣等感と苦難のイベントである。
そりゃ出かける気力なんか起きない。
「お兄ちゃん、今度のテスト、勝負しようよ。私が勝ったらお姉ちゃんね」
母さんに言われてアイスを持ってきてくれたトウコがアホなことを言う。
「お姉ちゃん、コーラ買ってきて」
「降参早っ!」
勝てるわけねーじゃん。
ハンデ50点くれ。
「あー、だり。テストとかいらねー」
「いるでしょ。何のために魔法学園に通ってんのさ」
解呪のため。
難しすぎだけどな。
もうシャルが何とかって薬を作ってくれるのを待った方が良い気がしてくる。
「ハァ……明日から毎日、テスト勉強だよ」
「会長に教えてもらうんでしょ。ため息つくなんて贅沢な弟だよ」
まあ、教えてもらっておいて態度が悪いわな。
「日曜に祝勝会をやるんだけど、来るか?」
「……祝勝会って何のさ?」
トウコがジト目になる。
「雑魚二人を血祭りにあげたパーティー」
「誰が行くか! ってか、雑魚じゃないし! 血祭りじゃなくてチョークスリーパーだし! DV兄貴め」
お前もだけどな。
「来ないか……床に正座して、飛行魔法を掠め取ったのに負けちゃいましたって言えよ」
「掠め取ってねーし。交換だし。会長もきっと風呂場で女神ごっこしてるし」
お前は風呂でそんなしょうもないことをしてるんかい……
はよ上がれ。
「シャルはそんなことせんだろ」
「いいや、してるね。楽しいもん」
一人でそんなことして、何が楽しいんだよ。
「アホ……」
「うっさい。けっ、勝者はいいご身分だね。愛の力で勝ったねとか言いながら乳繰り合うんだ」
クロエかな?
シャルをリスペクトするのはいいけど、あれをリスペクトするのはダメだと思う。
「まあ、普通に昼食を食べるだけだけどな。あとはテスト勉強」
祝勝会とは?
「楽しくないなぁ……」
こんな日程にした教師連中が悪いわ。
「それよかエリク君はどうしたのかね?」
エリク君は昨日、ウチに帰ってこなかった。
今日もまだ見てない。
「何か仕事があるとか言ってたけど、せっかく来たのにつまんないね」
ホントだわ。
「俺らの試合、見たのかねー?」
「見るとは言ってたけどね。見てほしくなかったけど……お兄ちゃん、演習場に行こうよ。もう一回やろ」
「そんな気力はねーよ」
お兄ちゃんのライフはゼロよ。
「つまんなーい」
「テストが終わったら夏休みだろ。海でも行こうぜ」
「兄と海に行ってもねー……会長と行けば?」
「シャルは家から出ないんだ」
きっとクーラーの利いた部屋でニヤニヤしながらポーションを作っているだろう。
「そういや泳げないって言ってたね。海ねー……2週間しかない夏休みで行けるかな?」
は?
「お前は何を言っているんだ? 夏休みは1ヶ月以上あるだろ」
「出たよ……いい加減、書類とかを読もうよ。ウチの学園は2週間しかないよ。そもそも夏休みっていうのは生徒のためじゃなくて先生のためのお休みだからね」
マジかよ……
「2週間……いや、少なっ!」
「それは私もそう思うよ。でも、仕方がないじゃん。それが嫌ならもっと楽な高校に…………お兄ちゃん、ごめんね」
そんな悲しい顔をするなよ……
もっと楽な高校に落ちたんだよ。
「謝んな」
「うん……海行こっか。私の水着で悩殺されるといいよ」
無理言うな。
妹じゃねーか。
というか、悩殺できるものがないだろ。
同郷(?)のシャルやノエルをリスペクトしとけと思っていると、部屋にノックの音が響く。
『ツカサー、いるー?』
あ、エリク君だ。
「いるよ。負け犬もいるけどー」
「負け犬じゃないもん」
トウコがむくれると、扉が開き、エリク君が部屋に入ってくる。
「いやー、暑いねー。春に来たかったよ」
アイスを持ったエリク君が床に座った。
「夏だしな」
「エリク君も海行くー?」
トウコが誘う。
「海? 行くの?」
「2週間しかない夏休みに海に行きたいってお兄ちゃんが言ってる」
「ツカサはそういうアウトドアが好きだね。3人で行くの? 叔父さんや叔母さんは?」
絶対に来ない。
特に母さん。
「子供の頃に何回か家族で行ったが、母さんは車から出てこなかったぞ」
「あれ、ひどいよね。焼けるのは嫌、べたつくのも嫌とか嫌、嫌ばっかり」
しかも、家で留守番しとけって言ったら泣いた。
すげーめんどくさい。
「叔母さんはなー……前に父さんに聞いたことがあるけど、叔母さんって若い頃は常に日傘をさしていたらしいよ。学園でもずっとそうだったらしく、それであだ名がお姫様」
いや、それは今もだ。
買い物に行く時もだし、なんなら朝、ゴミを出す時も日傘をさしている超お姫様。
なお、その娘の氷姫は暴力姫になった。
「そういうわけで親はいらない。というか、この歳になって親と行かねーわ」
「友達と行くよねー。ユイカでも誘ってみるかな? 同じ日本だし」
そういやあいつってどこに家があるんだろ?
方言とかないし、こっちの方かね?
「いいかもな。エリク君、そういうわけで車を出してよ」
「それが目的ね。まあ、空いてたらいいよ」
よし、足は確保だ。
「目の保養になる子が欲しいか? 不足だろ」
「誰が不足だ、誰が」
お前とユイカ。
「他にも呼べる人がいるの?」
「エリク君の同級生」
もちろん、護衛係のミシェルさんだ。
「あー……そっちに車を出してもらいなよ」
「男が俺一人はきつい」
「ツカサでも気にするんだね……」
でもって何だよ。
「誰のこと?」
トウコが首を傾げる。
「別にいいじゃん」
説明がめんどい。
「ふーん……まあ、細かいところはテストが終わってからだね」
嫌なことを思い出させる妹だな……
「魔法大会がテストでいいのに」
魔法学園なんだからそっちで評価しろよ。
「あ、そうそう。2人共、試合を見たよ。ツカサはおめでとう。トウコは惜しかったね」
エリク君はちゃんと見てくれたようだ。
「お兄ちゃん、ひどくない? 首絞めてきたよ」
「だからお前が先だ」
「まあまあ……良い試合だったと思うよ。ちょっと強引なところもあったけど、2人共、強い魔法使いになったもんだね」
最初から強いわい。
「最初から強いよー。ってか、エリク君はどうだったの? 卒業生なんでしょ?」
「僕は苦手だからパスしたよ。ものすごい強い人がいたし、勝ち目なんかなかったよ」
六連覇さんこと、クロエか。
「鍛えないの? 私が教えてあげる!」
「いらない。それよかテストなんでしょ? 勉強を見てあげようか?」
「ふっ、もう私の100点のテストを忘れたらしいね」
トウコが髪を払った。
「そういえば、トウコは勉強が得意だったね…………」
エリク君が俺を見てくる。
「俺も大丈夫。美人の家庭教師がいるんだ」
「家庭教師? あー、ミシェル?」
違うわい。
シャルとは言えねーけど。
「秘密」
「ふーん……まあいいや。テスト頑張って。僕はその間に仕事を片付けてしまうよ」
エリク君の仕事って何だろうか?
「家の関係?」
「そんなところ」
「エリク君って本当に当主になるんだな」
「そりゃそうでしょ。少しずつだけど、お婆様から仕事を任せられているよ」
立派な従兄だなー。
「卒業したら手伝うからね! パリジェンヌになるんだ! シャンゼリゼでカヌレを食べるんだ! マリーアントワネットもお菓子を食べればいいって言ってた!」
「言ってないよ……日本人って感じがすごいするね……」
というか、トウコがパリジェンヌとか笑うわ。
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