第126話 良い匂いだよ
ロナルド、ユキ組と試合を終えた俺とシャルはそれぞれの家に帰り、休むことにした。
別に肉体的に疲れているわけではないが、激戦だったので精神的に疲れたのだ。
そして翌日、いつもの湖がある森でクロエを含めた3人で集まる。
「昨日はお見事でした。とても素晴らしい戦いだったと思います」
クロエが昨日の試合を褒めてくれる。
「どうも。嫌な相手だったわ」
「本当よね。防御に長けたロナルドと攻撃に長けたユキさん。ツカサに斬りかかりながら千剣を操作するって何なのよ?」
あいつ、すげーわ。
「特殊な魔法使いでしたね。私も初めて見ましたよ。とはいえ、見事に勝利なさいました。おめでとうございます」
「私はミスりまくりだったけどね」
「いえいえ、数日であそこまでやれたら十分です」
俺もそう思う。
もっと千剣を食らうかと思ってた。
「シャル、助かったわ。おかげで随分と楽に戦えた」
「そ、そう? ならいいけど……何よ?」
シャルがにやついているクロエを睨む。
「いえいえ……さて、いよいよ、残りはあと一戦です」
にやついていたクロエが真顔になった。
「そうね、一番厄介なトウコさんとユイカさんペア」
「正直に言いますが、非常に厳しいです。理由がわかりますか?」
「わかってるわよ。私でしょ?」
口には出さないが、俺もそう思う。
「はい、お嬢様です。知っての通り、ユイカさんは接近戦を主としていますが、遠距離用の指弾もあります。トウコさんも接近戦を主としていますが、強力な魔法を持ち合わせています。この2人に接近戦で対処できるのはツカサ様ですが、接近戦を不得手としているお嬢様は貢献できません。しかも、頼みの遠距離魔法もトウコさん以下です」
はっきり言うな……
「勝ち目はないわね」
「はい。普通に考えればそうです。ですが、対応次第で勝てるのもまた勝負事です」
「というと?」
「これも正直に言いますが、敵は攻撃しか脳のないアホコンビです。やりようはいくらでもあります」
本当にはっきり言うな……
その一人は俺の可愛い妹なんですけど……
「やりようねー……どう来るかしら?」
「オーソドックスなのはトウコさんがお嬢様を抑えているうちにユイカさんがツカサ様を仕留める作戦です。ですが、これはしてこないでしょう」
俺もそう思う。
「ユイカさんではツカサに勝てないから?」
「はい。ユイカさんは非常に優れた接近戦タイプの魔法使いですが、防御を得意とするツカサ様とは相性が悪いです。実際、似たようなタイプのユキさんがダメでした」
振りは鋭かったが、防御は良くなかったからな。
むしろ、ロナルドの方が厄介だった。
「私もツカサが勝つと思うわ」
嬉しい信頼だね。
「そうなると、向こうが取ってくる手段は1つ。一点突破でツカサ様かお嬢様を仕留めることです」
「どっちだと思う?」
「アホな2人はお嬢様を無視して、ツカサ様を攻撃するでしょうね」
まずは強い奴を潰す。
それが一番早い戦法だからだ。
もっとも、普通は弱い後衛から狙う。
「ツカサ、2人を同時に相手できる?」
シャルが聞いてくる。
「確実に一人は潰してやる。もう一人は微妙」
「一人残った時点で負け確定か……私ではトウコさんもユイカさんにも勝てないもの」
殺傷能力の高い2人だからなー。
こればっかりは仕方がない。
「お嬢様、勝つ気はございますか? イヴェールやラ・フォルジュに関係なく、ただ次の試合に勝つ気です」
「当たり前じゃない。ここまで戦ってきたのよ? 最後も勝つわよ」
「よろしい。では、そのような作戦を……」
クロエが言葉を止めて、右の方を見る。
つられて右の方を見ると、こちらにやってくる2人の少女が見えた。
「あいつら、なんでいるんだ?」
「さあ? 宣戦布告じゃない?」
2人の少女は次に戦う相手であるトウコとユイカだった。
トウコは若干、嫌そうな顔で俺を見ているが、ユイカはいつものぼーっとした無表情でこちらを見ている。
俺はこっちに来るなという意味で2人に向かってしっしと手を振った。
しかし、何を思ったのか、ユイカが小走りでこちらにやってくる。
「何? 呼んだ?」
ユイカは俺達のもとに来ると、首を傾げて聞いてきた。
「呼んでねーよ。あっち行けっていうジェスチャーだ」
「こっち来いっていうジェスチャーに見えた」
なんでだよ……
「ユイカ、その2人は敵ですよ。あっちに行きましょう」
ユイカを追ってきたトウコが森の奥の方を指差した。
「それもそうか。特訓しないと」
「そうです、そうです。ささっ、行きましょう」
一刻も早くこの場から離れたいであろうトウコはユイカの背中を押して急かす。
「今度は私が勝つ。ジュリエットも覚えておくといい」
ユイカがトウコに背を押されながら宣戦布告してきたが、トウコの足が止まった。
「ジュリエット?」
トウコが笑顔でユイカの顔を覗く。
「あっ、しまった……なんでもない。ただの間違えだよ。シャル……リーヌだっけ?」
こいつ、シャルの名前を覚えてないし。
まあ、会長としか呼ばんからか。
「おい……お前、何を知っている?」
「トウコ、肩を握らないで。痛い……」
トウコがキッと俺を睨んできた。
「そいつには初対面でバレたぞ。顔と匂いが一緒っていう犬みたいなことを言ってた」
「ハァ? 匂い? 一緒なわけないじゃん」
俺もそう思う。
「俺に言われてもな」
トウコが再び、ユイカの顔を覗く。
「家の匂いってあるじゃん。そんな感じ」
「家の匂い?」
「あー、人の家の匂いってあるもんな。友達の家とか親戚の家に行く時に感じるわ」
自分の家はわからんけど。
「まあ、確かに……ユイカ、誰にも言ってないわよね?」
「言ってはないよ。ツカサに100円もらったし」
あげたな。
「あれか……本当に最初だ。まあいいわ。兄妹なんて関係ない。あれは敵よ、敵」
「うん。私達の連携攻撃で倒そー」
「よし、特訓よ」
2人はそのまま森の奥に行ってしまった。
「…………ね? アホでしょ?」
クロエがシャルを見る。
「確かにね。連携って言ってるわ」
これまでの戦いで連携なんて一つもしていなかったのにな。
2人がかりで俺を狙ってくるのが丸わかりだ。
「お嬢様、まずは最速で確実に仕留める魔法の特訓を致しましょう」
「わかったわ」
「ところで、ツカサ様、お嬢様の家の匂いはどうです?」
どこまでもふざけるメイドだなー。
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