コード“華”1
どんよりとした曇りの日曜日、静かな夜明けと共に研究所に来客が現れる。
翔はせっかくの休みに呼び起こされ寝癖の残るまま会議室に入る。
「酷い寝癖ね…」
頬杖をついて黒鴉が奥に鎮座していた。
「ふぁー、一体なんだってんだ?」
大きな欠伸をして翔は文句を言いながら部屋を見渡すと一人の人物に目が行く。
「か、カスパー!?」
眼鏡の位置をくいくいと調整しながら神華の担当研究員のカスパー博士が立っていた。
「君で最後かな?K」
他の博士や神威、黒姫、神姫等の主要な人員が既にいた。
「あはは、そうみたいだ」
翔は寝癖を弄りながら空いている席につくとカスパーの自己紹介が始まる。
「俺…えへん、私はカスパー・テレンス、ツムギらと同様の科学者です。担当は神華、そしてメッセンジャーになります」
「メッセンジャー?」
神威が目付きを鋭くして聞き返す。
「はい、それは…」
カスパーに割り込んで黒鴉がもう知ってると言いたげに背もたれに寄りかかって答える。
「宣戦布告的なのでしょ?大体予想つくわ、アンタも…いえ、上の連中も律儀ね」
「事は深刻なんです!」
カスパーが怒りを露にするが黒鴉はそれも知ってると続ける。
「神田…あー、神華の力でしょ?アンタが来たってことはデミヒューマン人間兵器化大作戦って感じかしら…っち!」
黒鴉は大きく舌打ちする。
「…知っていたのか」
「優秀な皆さんのおかげでね!…まぁ対処間に合わなかったけどね」
イライラをぶつけるように顎を使って翔を示す。
「聞きたいんだけど精神支配ってどこまで出来るの?本人が居ないから分かんないんだけど」
黒鴉の質問にカスパーは考えながら答える。
「そうだな、感情の増幅…思考の誘導、例えば殺意を高めたり金銭欲を刺激して強盗させたり…考えられるのはそういう類いか」
「組織的な行動はできないのね?」
「…すまないそういうのは想定して実験していなかった」
黒鴉や神威の「使えねえ」と言いたげな顔で伝わってくる。
翔が流れを変えるために違う質問をする。
「精神汚染の元を絶てれば正気に戻せるのか?」
「汚染具合による、本人が抗っている場合は効果が切れれば止まる。違う場合は…」
説明を聞いて冷や汗が流れる。
「ブレーキ踏めるかどうかはその人次第…ですか」
黒姫が呟くとカスパーは軽く頷く。それを見て黒鴉がまた質問をする。
「んで、アンタはどっち側な訳?もう能力は発動済みなの?」
「俺はあくまでメッセンジャー、最後まで話を聞いてくれ、要求はこうだ、『神の首を差し出して世界を渡せ』これが本日中に承諾されない場合、妙な動きがあった場合はすぐにでも…」
「あら猶予あるのね…でも悪いけど神は不在よ?」
神威が自分を指差すが黒鴉は払い除けるように手を動かす。
「どちらにしても君達に妙な動きがないか俺は見張るしかない」
「なにそれ、アンタ人質でも取られてるの?」
「…神を呼べ」
何か話せない事があるのかカスパーは黒鴉を見つめた後命令する。
「仕方ないわね…すぐに全員は無理、それだけは理解して欲しいわ」
「善処する」
黒鴉はプロジェクターにノートパソコンを繋げて映してビデオ通話の準備を進めカスパーはポケットからゆっくり箱を出してテーブルに置く。
おもむろに置かれた箱に対し誰かが声をあげようとするが黒鴉が叫ぶ。
「竜に連絡する!静かになさい!」
プロジェクターに筆談するように黒鴉はメッセージを打ち込む。
『会話が盗聴されている、全員黙れ』
カスパーは黒鴉を見てゆっくり頷く。
わざとらしく黒鴉は文句を言う。
「あー、めんどくさい!出ないじゃない!携帯使うけどいい?」
「ダメだ」
カスパーは言葉とは裏腹に首を縦に振る。
「…浜松!ちょっと代わりに操作して」
翔は意外な指名に驚いてひきつった表情で自分を指差す。
「はよせい!」
黒鴉は自然に席を立ち携帯を何やら操作する。
黒鴉の席に座らされた翔はキョロキョロと辺りを見渡して筆談する。
『なにすればいいの?』
全員が「知らん」と言いたげに翔を見て半泣きになる。




