第85話 夢
俺の目には、地獄となった広場が映っている・・・。
奴等に蹂躙され、多くの人が餌食になっていた。
その中には美希、千枝、渚、隆二、由紀子、元気・・・俺の愛する家族の姿がある・・・。
無残に喰い荒らされ、いたるところに臓物を撒き散らし、死んでいる・・・。
これは夢だ・・・それは解る・・・。
だが、この悪夢は終わりは無い・・・。
怒りに我を忘れた俺が奴等に単身で挑み、喰われて死ぬと、また振り出しに戻るのだ・・・。
「くそっ!美希を離せ!!」
俺は振り出しに戻った悪夢の中で、襲われる美希や仲間達を助けようと何度も挑み続けた・・・。
だが、どんなに違う行動をしても、結局彼等は死んでいく・・・。
奴等に喰いつかれ、涙を流し、痛みに叫び、俺に助けを求めながら死んでいく・・・。
俺はこの終わらない悪夢を、すでに何十回と繰り返している。
俺は、隆二と元気に言葉を残して、それ以降気を失ったのは覚えている。
だが、それが遠い昔の出来事に感じてしまうほどに、この悪夢は振り出しに戻る・・・。
「あぁ・・・これで何回目だ・・・」
俺の精神はすでに限界を超えていた・・・。
悪夢が始まった時点で、俺の右手は無く、右目も見えない・・・。
俺が気を失った直後からこの悪夢は始まる・・・。
何度繰り返せば良いのだろう・・・。
あと何回愛する家族達の死ぬ姿を見なければいけないのだろう・・・。
その悪夢は、俺の疑問を嘲笑うかのように、また振り出しに戻った・・・。
「頼む・・・もうやめてくれ・・・!もう死なせてくれ!!」
俺は、振り出しに戻った悪夢の中で叫んだ・・・。
「もう耐えられないんだ・・・!これ以上家族の死を見たくないんだ・・・!」
俺は泣き崩れた・・・。
俺の願いは叶わず、俺は泣き崩れたまま奴等に喰われ、また振り出しに戻った・・・。
「これが、人を殺した俺への罰なのか・・・?これが、家族を殺そうとした奴等を手に掛けた事に対する罰だと言うのか!!?ふざけるな!!奴等を殺さなければ、家族が死んでいた!!彼等は・・・俺の愛する人達は、あの時死んだ方が良かった存在なのか!?・・・頼む!誰か教えてくれ・・・」
俺の呼びかけに答える者は居なかった・・・。
「もういい・・・」
俺は力なく項垂れ、手にしていたナイフを下顎から突き刺し自殺した・・・。
目を開けた俺の前に、白い空間が現れる。
初めて美希を抱いた日の夜に見た光景だ・・・。
悪夢が続くと思っていた俺は、目の前に広がる真っ白な空間に言葉を失っていた。
「ここは・・・あの時の部屋か?夏帆!いるのか!?いるなら、顔を見せてくれ!!」
俺は夏帆に呼び掛けるが、返事はない・・・。
しばらく経っても、何も起こらない・・・。
諦めて自殺しようにも道具も何も無い状況だ。
「今度はここで飢え死にか・・・。まぁ、彼等の死ぬところを見ないで済む分まだましか・・・」
俺は力なく呟き、そのまま地面に座って目を閉じた・・・。
どれ程の時間が流れただろう・・・。
俺が目を瞑り項垂れていると、何か暖かい物に包まれた様な気がした。
「誰かいるのか・・・」
俺は期待半分で問い掛けた。
『相変わらず無茶ばかりしているな・・・そんな事であいつらを守れるのか?』
『そうですよ誠治さん!俺、美希と千枝を幸せにしてくれって言いましたよね!?』
聞き覚えのある声が聞こえた・・・。
「慶次と悠介か・・・?どこに居るんだ!?姿を見せてくれ!!」
俺は顔を上げて語り掛けた。
だが、彼等の姿は見えない・・・。
「お前達の声が聞こえるって事は、俺は死んだのか・・・?」
俺は正直安堵していた。
あの地獄の様な悪夢を見なくて済むと安心した。
『勝手に死なれちゃ困ります!私は、貴方に幸せになって欲しいんですから!あの子を大切にしてって言ったでしょ!?』
今度は夏帆の声が聞こえた。
かなり怒っている・・・。
「ごめん・・・。でもさ、俺も噛まれたんだよ・・・。ずっと悪夢を見ててさ・・・その後は此処にいた・・・。目が覚めないんだよ!夢だって解ってるのに、覚めないんだ・・・!」
俺は、夢とは言え彼等の声を聞くことが出来て嬉しかった。
このままでも良いかと思っていた。
でも、そんな俺を夏帆が叱責した・・・。
「俺だって、出来る事なら生きたいよ・・・。夏帆には悪いけど、愛する人も出来た・・・。その子は、俺の子供が欲しいって言ってくれた・・・でも、目が覚めないんだよ・・・」
俺は項垂れた。
彼等は沈黙している・・・。
俺は幻聴だったのだろうと諦めた・・・。
すると、再度彼等の声が聞こえた。
『諦めるなんて、あんたらしくないな』
『そうです!そんなの、誠治さんらしくないでしょ!?俺達を気遣って、最後まで戦ってくれたじゃないですか!』
『もし貴方が諦めるなら、私は貴方を許しませんよ!?貴方はまだ死んでない!私達は、貴方に生きて欲しい・・・。貴方を待っていてくれる人達のために生きて欲しい・・・』
俺は、彼等の声を黙って聞いていた。
頬を涙が伝っている。
『あの悪夢は、貴方自身が罪悪感から見ていた夢よ・・・。私達を守れなかった事、人を殺した事・・・そんな自分を許せない貴方自身が、自分を責めるために見せていた夢なの・・・。もう、自分を許してあげて?償い方はいくらでもあるじゃない・・・!だから、貴方はこっちに来ては駄目よ?私達のために・・・貴方を愛してくれている人達のために生きて・・・』
夏帆が語り終えた後、真っ白な空間に光が満ちるのを感じた。
「ありがとう・・・君達も、俺の愛する家族だよ・・・」
俺が呟くと、全てが光に溶けて消えた・・・。
俺はゆっくりと目を開ける・・・。
目に映っているのは天井だろうか?
視界が狭く、やけにボヤけて見える。
「ここはどこだ・・・?」
俺は自分の身体を確認する。
右手は無くなっている。
左手で顔を触ると、右目の場所には包帯が巻かれていた。
俺はゆっくりと周囲を見渡した。
「病室か・・・?」
俺は身体を起こそうとしたが、起き上がる事が出来なかった・・・。
俺は、腹部に何か重い物が載っている感じがして、左目でそちらを見た。
「美希・・・?」
俺の腹部を枕にして、美希が眠っていた。
彼女の頬には、涙の跡が残っている・・・。
目覚めない俺を心配して、ずっとついていてくれたのだろう。
俺は彼女の髪を撫でようとして、右手を伸ばし、途中で辞めた・・・。
髪を撫でようにも、右手が無いのだ。
俺は仕方なく左手で彼女の髪を撫でた・・・。
「美希・・・」
俺が彼女の髪を撫でて話し掛けると、彼女はゆっくりと目を覚ました。
「美希・・・おはよう・・・」
俺がはにかんで笑いかけると、彼女は顔をくしゃくしゃにして涙を流し、抱き着いてきた。
「誠治さん・・・お帰りなさい・・・!」
俺は彼女の身体を強く抱き締め、自分が生きている事を喜んだ・・・。




