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The End of The World   作者: コロタン
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第73話 井沢 誠治と言う男

今回まで酒井視点の話です。

  私は渚を見送った後、彼女達を守ったと言う勇敢な男を待っていた。


  コン  コン  コン


  「どうぞ・・・」


  私がノックに応えると、扉を開けて、屈みながら大柄な男が入って来た。


  「失礼します・・・。遅れてしまって申し訳無い・・・。思いの外通路が狭くて・・・」


  その男は部屋に入るなり、申し訳無さそうに謝って来た。

  私はそれを見て苦笑してしまった。

  最初に見た時は、殺気にも似た重苦しい雰囲気を纏っていたが、こうして見ると普通の男性だ。


  「いや、構わないよ。この艦は図体だけは立派だが、機能性重視だからね。君みたいに身長が高い人には優しくない造りだよ・・・」


  私がそう言うと、彼も苦笑していた。

  彼は私に気を使っているのかもしれない・・・。

  こう言う状況では、質問する側もされる側も気を使う。


  「では、席に着いて貰って良いかな?早速で悪いが、話を聞かせて欲しい」


  私の言葉に、彼は頷き席に着いた。


  「では、改めて自己紹介をさせて貰おう。私は酒井二等海佐。この艦の副長だ。君の名前と、あの姉妹について聞かせてくれるかな?」


  「俺は井沢(いざわ) 誠治(せいじ)、姉妹の姉は進藤(しんどう) 美希(みき)、妹は千枝(ちえ)です。正確には3人兄妹・・・俺達と共に乗っていた遺体は、彼女達の兄の悠介(ゆうすけ)です・・・」


  彼は辛そうな表情で話した。

  彼女達の兄が亡くなった後、噛まれた遺体の処理をしたのは彼だと聞いている・・・。


  「君は彼等にとって、一家の大黒柱のような存在だったようだね・・・。先程の御門さんが君の事を話してくれたが、君は、本来我々が為すべき事を、たった1人で行なって来た・・・。正直、君の事が羨ましく思ったよ・・・。命令に左右され、思うように動けなかった自分が恥ずかしい・・・」


  「いや、貴方達はよくやってくれていると思いますよ・・・。俺達が九州を目指したのは、自衛隊が安全を確保してくれている事を知ったからですからね・・・。だから、気にしないでください」


  彼は私の目を見て言ってきた。

  彼が本心で言っている事が解り、嬉しくなった。


  「そう言って貰えると助かるよ・・・。君は、御門さんも諭してくれたようだね?」


  「あぁ、父の親戚にも自衛官がいるので・・・。悪く言われるのが申し訳なかったんですよ・・・」


  「そうか・・・。身内が悪く言われるのは辛いからな・・・。その親戚の方は何処に?」


  「父親は北海道の航空自衛隊で、息子が習志野に居ると言ってました」


  「もしかして、君の叔父さんは千歳の井沢一佐かい!?あの人には昔世話になったんだ!」


  「そうです。あまり会う事は無かったけど、会う度に自衛官になれと言われてましたよ・・・」


  「あの人らしいな・・・」


  懐かしい名前を聞き、彼との間に親近感を覚えた。


  コン  コン  コン


  私達が話していると、扉をノックする音が聞こえた。


  「入れ・・・」


  私は、言葉を聞いて入って来た人物を見て慌てて椅子から立ち上がった。


  「艦長!?申し訳ありません!!」


  入って来たのは、この艦の艦長である田尻(たじり) 勇蔵(ゆうぞう)だった。


  「あぁ、良いんだ。私も彼の話を聞きたくなってね・・・。気にしないでくれ」


  艦長は私を手で制し、椅子に腰掛けた。


  「先程は挨拶も出来ず申し訳無い。艦長の田尻です。君達の部屋に行ってみたんだが、君がこっちに居ると聞いてね・・・。なんだか話が弾んでいたようだったが?」


  艦長は穏やかな表情で私に聞いて来た。


  「彼は、千歳の井沢一佐の甥だそうです」


  「そうか、井沢さんの甥か!確かに面影があるな!そう言えば、親戚にデカくて力のあるのが居るから、自衛隊に欲しいと言ってたが、君の事か・・・」


  艦長は彼を見て頷いている。

  彼は居心地悪そうにしている。


  「我々が言うのは差し出がましいが、君達は大変だったな・・・。仲間の方の遺体はこちらでしっかりと預からせて貰っている。安心して欲しい」


  「いえ・・・。感謝してもしきれません・・・。俺達では、彼を荼毘にふす事もままなら無かった・・・。それを手配までして貰って・・・」


  彼は、艦長の言葉に頭を下げて礼を言った。


  「いや、せめてもの罪滅ぼしだよ・・・。我々の方こそ申し訳ない・・・。それで、君達はどうやって生き延びたんだね?」


  艦長が話を切り出した。


  「俺は騒動のあった日、恋人の夏帆と駅で待ち合わせをしていて巻き込まれたんです・・・。夏帆は喉を噛まれて命を落とし、俺は逃げてしまった」


  彼は俯きながらも、しっかりとした口調で話し始めた。


  「翌日、実家の母から電話があり、九州が無事である事を知って、夏帆にトドメを刺し、街を出ました。その後に、進藤兄妹と出会いました。彼等は奴等に追われていて、それを俺が助けて仲間になったんです。彼等を助けた翌日、夏帆の実家に行き、数日過ごしました。それまでに街を見て回ったりしましたけど、街には生き残りは殆ど居ませんでした・・・。生き残った人達は、大型商業施設などに逃げていたけど、奴等に囲まれていた・・・恐らく、もう生きてはいないと思います・・・。俺達は夏帆の実家を出て、船を手に入れるために次の街に向かったんです。そこで、御門さん達と出会い、彼等も仲間になってくれた・・・。俺は、本当に良い仲間に恵まれましたよ・・・」


  彼は、仲間について語る時、本当に優しい顔をしていた。

  御門さん達が彼を信頼し、心の支えにしていた様に、彼もまた御門さん達を心の拠り所にしていたのだろう・・・。


  「俺達は、脱出するために船を探して旅をしました・・・。だけど、その途中で慶次が死に、脱出目前にして悠介が噛まれました・・・。俺は彼等を守ると言いながら、死なせてしまった・・・。愛する夏帆も死なせた・・・。俺は自分が情けないですよ・・・」


  彼はそう言うと、涙を零した・・・。

  私は言葉が出なかった・・・。


  「誠治君・・・。あまり自分を責めてはいけないよ・・・。君の仲間は、我々が動いていれば助かっていたのかもしれない・・・。だから、君は何も悪くない。悪いのは、見捨てた我々だ!君達を見捨て、安全な場所でのうのうと過ごしていた我々に非がある!だから、あまり自分を責めないでくれ・・・」


  私の代わりに艦長が彼に言った・・・。

  彼は項垂れたまま返事をしない。


  「1人で出来ることには限度がある。本来、1人で何人もの人間を守る事自体無理がある・・・。だからこそ、我々が居るんだ!戦う術を持つ我々が・・・!それなのに、我々は何も出来なかった・・・。いや・・・しなかったんだよ・・・。だから、君は何も悪くない。私は、見捨ててしまった人達に我々を許して貰いたいとは望まない・・・。必死に仲間を守り、生きようと努力した君が、自分を責める事も私は望まない。私の望みは、君に・・・生き延びた人達に、この先も、仲間や家族と共に生きて貰うことだ!幸せになって貰うことだ!」


  艦長の言葉に、彼は顔を上げた。

  私は、彼が気を持ち直したと思い、安堵した。

  だが、彼は私の期待を裏切り、諦めたような顔をして言ってきた・・・。


  「俺は人並みの幸せなんて望んでいない・・・。いや、望んじゃいけないんだ・・・」


  「何故だね・・・?」


  艦長は、彼の表情を見て、表情に影を落として聞いた・・・。


  「俺は・・・人を殺しました・・・」


  私は目眩がした・・・。

  私は、彼の言葉を信じたくなかった。

  仲間を思う彼の顔は、優しさに溢れ、とても穏やかだったのだ。

  

  「5人殺したんですよ・・・。理由が無いわけじゃない・・・。あいつらを殺さなければ、俺も・・・仲間達も生きてはいなかっただろうから・・・。だから、あいつらを殺した事に後悔も後ろめたさも感じてない。でも、人の道を外れた事は後悔してますよ・・・。何であれ、人を殺したのは事実だ・・・。それは何があろうと覆らない。だから、俺は幸せになる事は出来ないし、望まない・・・」


  彼は私達を見て言った。

  彼の目に迷いは無かった。

  有りの侭を認めている。


  「それは自分を、仲間や家族を守る為だろう!?言わば正当防衛だ!!何故君が自分を責める!?」


  私は叫んでしまった・・・。

  彼は自身の身の危険も顧みず仲間を守るほどの優しい男だ。

  そんな彼が自身の幸せを放棄している事が許せなかった。

  我々の所為で彼の人生を壊してしまった・・・そう思うと、私は我慢できなかった。


  「正当防衛でも、殺した事に変わりはないんですよ酒井さん・・・。俺は奪った命に償いをしなきゃならない・・・。死んで償えと言うなら、それも受け入れる・・・。人を殺すなら、自分も死ぬ覚悟が無ければいけない。俺はそう思ってますから・・・」


  彼は笑っている・・・。

  私には彼を止める言葉が見つからない。

  室内に沈黙が流れる・・・。


  「誠治君・・・。君が人を殺したのは確かなんだね・・・?」


  長い沈黙を破り、艦長が問い掛けた。


  「事実です」


  彼は艦長の目を見て、はっきりと答えた。


  「判った・・・。なら、君は罪を償いなさい・・・」


  「艦長!!何故ですか!?」


  私は艦長に向かって叫んだ。

  だが、艦長は私を無視し、彼を見て言葉を続けた。


  「だが、私達は今の話を聞かなかった事にする・・・。罪の償い方は、死ぬ事だけでは無いはずだ。君が殺した人達を忘れず、戒めとして自分を律する事も償いではないかな?それに、君の仲間達の事はどうするんだね?特に、美希さんと千枝ちゃんだったかな?あの子達は君に依存している・・・。もし君が死んだら、あの子達も生きてはいけないだろう。君は彼等を守ると誓ったんだろう?なら、最後まで責任を果たしなさい」


  彼は俯いて答えない。


  「誠治君・・・。君は自分に厳しすぎるよ・・・。もっと力を抜いても良いんだ。私は君に生きて欲しい。彼等と共に生きて欲しいよ・・・」


  「俺は自分が許せません・・・。それでも生きて良いんでしょうか・・・?」


  彼は俯いたまま力なく答えた。


  「艦長も言ってただろう?死ぬ事だけが償いじゃないんだ!亡くなった仲間の為にも、君は生きて彼等を守りなさい!」


  私は涙を流していた。

  私は彼に生きて欲しいと思った・・・。


  「ありがとうございます・・・!」


  彼は俯いたまま、涙を流していた・・・。

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