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The End of The World   作者: コロタン
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第72話 酒井二等海佐の苦悩

  私の名前は酒井(さかい) 寛治(かんじ)、海上自衛隊の二等海佐だ。

  今は最新鋭のヘリコプター搭載型護衛艦の副長をしている。

  我が家は、妻と2人の息子達も皆自衛官の家系で、私自身自衛官である事に誇りを持って生きてきた・・・。

  だが、半月前のあの日から、私は自分の仕事に疑問と羞恥を覚えてしまった・・・。

  我々自衛隊は、あの地獄の様な出来事から逃げる様に九州・四国・北海道へと撤退したのだ。

  逃げ惑う民衆を見捨てて・・・。

  3ヶ所の防衛を強化するためと言えば聞こえは良いが、我々は見捨ててしまった・・・。

  国民の怒りは当然の如く、政府と自衛隊に集中した。

  見捨てられた人々の中には、就職や進学で地方から来た人や、そのまま結婚をした人達もいただろう。

  そう言う人々の家族が怒るのは当然の事だ。


  「はぁ・・・。気が重い・・・」


  私は今、艦内のとある一室の前で溜息をついている。

  その部屋には、1時間ほど前に洋上で救助したグループが休んでいる。

  そのグループの面々を見た時、私は自責の念に駆られた。

  そのグループは男女6人だったが、殆どが私の息子達と同い年か、少し上位の年齢だったのだ。

  中には、10歳にも満たない少女までいた・・・。

  我々は、こんな子供まで見捨てたのだ・・・そう思うと、自分が情けなくなり、怒りを覚えた・・・。


  コン  コン  コン


  私は意を決して扉をノックした。


  「どうぞ・・・」


  中から声が聞こえ、私は扉を開けた。


  「失礼する。私はこの艦の副長を務める酒井寛治二等海佐だ。疲れているところに悪いのだが、少し話を聞かせていただきたい・・・」


  私は部屋へと入り、手短かに用件を伝えた。

  私は早くこの部屋から逃げ出したかった・・・。

  部屋の中は重苦しい空気で満たされていた。

  それは当然の事だ・・・。

  我々が救助した船には、彼等だけでは無く、まだ若い青年の遺体があった・・・。

  その青年は、彼等にとって仲間であり、家族だったのだ。

  港を脱出する目前で、妹達を守り奴等に噛まれたと言っていた。

  我々が見捨てなければ、助かっていた命だったかもしれないのだ・・・。


  「わかった・・・。俺だけで良いか?」


  私の言葉に、奥に座っている1人の男が返事をした。

  我々は、その男を見た時息を飲んだ・・・。

  その男は、年齢は30代半ば位で身長が190cm以上あり、細身ではあるが服の上からでも身体を鍛えているのが判るほどにガッシリしていた。

  ただ、それだけでは無かった・・・。

  全身血塗れだったのだ・・・。

  返り血である事は判ったが、着ている革のジャケットも、パンツも上から下まで血塗れだった。

  血がすでに乾き始めていたのか、赤茶けた色に変色し、むせ返えるような血と汗の臭いを漂わせていた・・・。


  「あぁ・・・。本当は全員に聞きたいのだが、それは今の状態では無理だろう・・・。君にお願いしたい」


  私はその男に頭を下げた。

  本心では、全員からは聞きたく無かった・・・。

  罵声を浴びせられるならまだ良い。

  あまりに自分勝手ではあるが、我々が見捨てた彼等の凄惨な体験を聞くのが辛かったのだ・・・。


  「私も行こう・・・。隆二と由紀子については、私の方が付き合いが長いからな・・・」


  手前に座っていた、スラリと背が高く、肩口で黒髪を切り揃えた中性的な美しい女性が私に言ってきた。

  

  「では、君達2人にお願いしたい。では、1人づつ話を聞かせていただきたい。別室まで案内しよう」


  「わかった、私から行こう。誠治さんはもう少し休んでてくれ・・・。貴方が一番疲れているからな」


  「あぁ・・・助かるよ。渚さんも疲れているのにな・・・」


  「構わんよ・・・。では、行ってくる」


  私は2人の会話が終わるのを待ち、渚と呼ばれた女性を連れて部屋を後にした・・・。




  「ご足労いただけて感謝する。疲れているところに申し訳無いが、いくつか質問させて欲しい・・・」


  私は、彼女に席に座るように勧め、お茶を用意した。


  「まずは、貴女の名前と、貴女と付き合いが長いと言っていた2人について聞かせて貰えるかな?」


  「私の名は御門(みかど) (なぎさ)、私の隣に座っていた2人は伊達(だて) 隆二(りゅうじ)(みなみ) 由紀子(ゆきこ)だ。私と隆二は家が近所で、由紀子は隆二の彼女だ。由紀子は妊娠している・・・。無理をさせない様にしてやってくれ」


  彼女は、淡々と簡潔に答えた。


  「分かった。由紀子さんは、後で医務室で容態を見て貰える様に伝えておこう・・・。では、次に半月前・・・騒動の当日から現在にかけて、何があり、何をしてきたかを聞かせて貰いたい・・・。あまり思い出したく無い事だとは思うが、聞かせて貰えると助かる・・・」


  彼女は私の言葉に目を閉じて俯いた・・・。

  やはり辛いのだろう。


  「私はあの日、家で母の手伝いをしていた・・・。すると役場の放送で、暴動が起きたので、町と学校の体育館に避難するようにと言ったんだ。私は母と共に父を待ち、一緒に体育館に向かった・・・。そしたら、先に避難していた者達が体育館に鍵をかけ、後から来る者達を締め出したんだ・・・。私と両親は、他の場所も見に行ったが、どこも同じで入れては貰えなかったよ・・・。締め出された者達は、散り散りに逃げたが、年寄りや子供達から奴等に喰われていった・・・。私の両親も、逃げている途中で奴等の餌食になった・・・」


  彼女は項垂れた。

  聞かなければよかった・・・私は後悔した。

  見捨てた私が言える言葉では無いが、追い込まれた人々の残酷さに目眩がした・・・。


  「私は、家に逃げる途中で隆二と由紀子、それと隆二の兄である慶次と会い、共に行動する事になった・・・」


  「その慶次さんと言う人は?」


  私は項垂れて語る彼女に聞いた。


  「死んだよ・・・。弟の隆二を庇って、奴等に噛まれたんだ・・・。自ら囮になって隆二と誠治さんを逃し、最期は自殺したそうだ・・・」


  彼女は涙を流した。

  もしかすると、恋人だったのかもしれない・・・。


  「申し訳無い・・・。辛い事を思い出させてしまった・・・」


  「いや、構わんよ・・・。立派な最期だったと聞いたからな・・・。笑って逝ったらしい。なら、私達がいつ迄も悲しんでいる訳にはいかないからな・・・」


  私が謝罪すると、彼女は力なく笑い、許してくれた・・・。

  見捨てた我々を恨んでいてもおかしく無い彼女が、笑ってくれた・・・。

  私は目頭が熱くなるのを感じた。


  「君達は、我々自衛隊を恨んではいないのか・・・?君達を見捨てた我々を・・・」


  「最初は恨んだよ・・・。だが、諭されたんだ。自衛隊の人達も同じ人間だ・・・喜んで死にに行きたい人なんて居ないってな・・・。私は、それを聞いて怒りが収まったよ・・・。私も同じ立場なら、自ら進んで地獄に行きたいとは思わないからな・・・」


  「それは誰に・・・?」


  「誠治さんだ・・・。さっき部屋に居た、大柄の男性だよ。私達は、彼に出会って救われた・・・。身を呈して私達を守り、支えてくれたんだ・・・。彼に出会っていなければ、私達は今この艦には乗っていなかっただろう・・・」


  項垂れていた彼女は、真っ直ぐに私を見つめて言ってきた。

  あの男は、本来我々が為すべきだった事を、たった1人で行なって来たのだ・・・。

  己の身を削り、自ら死地に向かって彼等を守ったのだ・・・。

  私は、誠治と言う男を羨ましく思った。

  上からの命令に左右され、いざという時に役に立たなかった我々と違い、自分の意志で仲間を、家族を守った彼が羨ましかった・・・。


  「君は、素晴らしい仲間に・・・家族に恵まれたみたいだ・・・」


  私の頬を涙が伝った・・・。


  「すまない・・・。見苦しい物を見せてしまった・・・」


  「いや、構わんよ・・・。私達を見捨てたと思っていた自衛隊にも、貴方のように涙を流してくれる人がいる・・・。それが分かっただけでも嬉しいよ」


  「そう言って貰えると助かるよ・・・」


  私に笑いかけて来た彼女に、照れながら笑い返した。


  「時間を取らせてすまなかったね・・・。聞きたい事がまだあったんだが、そろそろ君は家族の元に帰ってあげなさい・・・。後は、君達を守った頼もしい彼に聞くとするよ」


  私は彼女に伝え、頭を下げた。

  彼女は頷き、部屋を出て行った。

  私は、彼女の出て行った扉をしばらく見つめていた・・・。

  

  

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