第70話 兄の覚悟
悠介視点の話になります。
「渚さん、すみません・・・」
「気にするな!あれは仕方がない・・・!」
俺達4人は車を棄て、走って港を目指している・・・。
誠治さんと別れた後、隆二の車の後ろを走っていると、隆二が跳ね飛ばした奴等に、俺の運転している車が乗り上げ、走らなくなってしまったのだ・・・。
「美希!千枝は大丈夫か!?」
「うん!まだ大丈夫そう!」
俺は、千枝を連れている美希に問い掛けた。
千枝は病み上がりだ・・・。
ここで無理をさせたくはなかった。
「千枝・・・ごめんな・・・。もう少しだから、我慢してくれ・・・」
「うん!頑張るよ!」
俺が謝ると、千枝は笑顔で答えてくれた。
見知らぬ街で、周りには奴等が溢れている・・・そんな中でも、俺達を気遣い泣くのを我慢している。
本当に優しく、家族思いに育ってくれた。
「悠介君、あまり気にし過ぎると逆に危険だ!」
「はい・・・!それにしても、隆二達は無事に辿り着いてるとして、誠治さんは無事でしょうか?」
俺は渚に問い掛けた。
「さあな・・・。だが、あの男が死ぬなんて、想像も出来ん!悠介君は、隆二から警察署での話を聞いたか?誠治さんは2人を逃がすため、通路と階段から来る20体以上の奴等を1人で相手したらしいぞ・・・!狭い場所で囲まれて生き残るなんて、人間とは思えん!」
俺はその話は初めて聞いた。
「今朝の見張りの時にも隆二と話しましたけど、あの人何なんですかね?鬼の様に戦うと思ったら、真顔で冗談とか言ってくるし・・・」
「まぁ、彼なりに気遣っているんだろう!リーダーが重い雰囲気を出していたら、他のメンバーは辛いからな!」
確かにそうかもしれない。
本来、誠治さんはあまり喋らない人だ。
だが、俺達と居る時は何かと話しかけて来るし、こちらから話しかけると、嫌な顔もせず気さくに話を聞いてくれる。
俺達に気を遣ってくれているのだろう。
「誠治さんは優しいですからね・・・。自分より仲間を優先しすぎるのが玉に瑕ですけど!」
美希が少し拗ねながら言っている。
「そうだな・・・。あの人、そのうちハゲるんじゃ無いか?」
「スキンヘッドか・・・さらに怖くなるな!」
渚の言葉に俺達は笑った。
渚は先頭を走りながら周囲を警戒し、それでも俺達を気遣ってくれている。
誠治さんが信頼しているだけあって、本当に頼もしい人だ。
「そろそろ港の入り口が見えてくるぞ!」
渚の言葉に俺達は安堵したが、通りに出て絶句した。
まだ数多くの奴等がいたのだ・・・。
「そんな・・・」
美希が涙目で呟いた。
だが、奴等は不思議な事に、こちらに気付いていない。
俺は奴等の向こう側を見て驚いた。
「あの人何やってんだよ・・・」
誠治さんが、1人で奴等と戦っていた・・・。
奴等の数は30体近い。
「あの男は本当に人間か・・・?あれだけの数をものともしないなんて、人間辞めてるのか!?」
渚さんも唖然としている。
「兄さん!渚さん!誠治さんが奴等を引き付けてくれている間に、向こう側から港に行きましょう!」
俺と渚さんは、美希の言葉に我に返って、通りの反対側から港に向かった。
「気を付けて行くぞ!この道にも奴等がいるかもしれない!」
渚さんは先頭を走りながら注意してきた。
美希は千枝を抱いて後に続く。
俺は殿をしながら、後ろを警戒していた。
(誠治さん・・・頼む!生きてくれ!!)
俺は誠治さんの事を心配し、少し遅れてしまった・・・。
カチャッ・・・
美希が通り過ぎた建物の扉が開き、奴等が2体出てきた。
美希に向かっていく。
美希は気付いていない・・・。
「美希!後ろに奴等が出てきたぞ!!」
俺は美希に叫んだ。
美希は奴等に気付いたが、千枝を抱いているためすぐに反応出来ない・・・。
渚さんも、先頭に居るため対応が出来ない状態だ。
「くそっ!ふざけんな!!」
俺は急いで奴等との距離を詰め、近くの1体をタイヤレバーで倒した。
もう1体はその間に、さらに美希に近付いていた。
「美希!逃げろ!!」
俺は、そいつを羽交い締めにして、美希に叫んだ。
ガリッ・・・!
俺の左腕に鋭い痛みが走った・・・。
俺は美希が逃げるのを確認し、羽交い締めにしていた奴を押し倒し、タイヤレバーでトドメを刺した・・・。
「くそっ・・・!こんな所で・・・!」
俺は痛む左腕を確認し、悪態をついた。
左腕は、歯の形に皮膚が裂け、血が流れていた。
「あと少しだったってのに・・・!」
俺は涙を流して項垂れた・・・。
「兄さん!大丈夫!?」
美希と渚さんが戻ってきて、俺を心配そうに見て来る。
「あぁ・・・!大丈夫だ!少し手間取っただけだよ!早く行こう!」
俺は、咄嗟に左腕を隠し、美希達に悟られぬよう平静を装って答えた。
(まだ知られる訳にはいかない!せめて、美希と千枝を船まで守らないと!)
俺は、捲っていた袖を下ろして傷を隠し、美希達の後を走った・・・。




