第65話 嬉しいニュース
俺達は夕飯を食べ終え、風呂の順番を待ちながら、それぞれ自由にしている。
今は、渚と千枝が風呂に入っている。
「隆二・・・。一つ聞いて良いか?」
俺は、ソファーで雑誌を読んでいる隆二に問い掛けた。
「何ですか?」
「由紀子さんて、前からあんなに食べてたのか?」
「いや、どちらかと言うと少食でしたよ」
「ふむ・・・。由紀子さん・・・君、もしかして妊娠してない?」
俺の唐突な質問に由紀子が固まった・・・。
「嫌だなぁ・・・そんな訳無いじゃないですかぁ・・・!」
由紀子はあからさまに動揺している。
「由紀子さん、冗談で聞いてるんじゃないんだ・・・。真面目な話しだよ」
彼女はしばらく沈黙する。
「その・・・すみません!赤ちゃん出来ちゃいました!!」
俺達の視線に耐えられなかったのか、彼女は観念したように告白した。
「由紀子さん、おめでとうございます!!」
「おめでとう!隆二、お前も良かったな!!」
美希と悠介は2人に祝いの言葉を投げかける。
すると、隆二が由紀子に近づき、肩に手をかけた。
「お前、妊娠してないって言ったじゃないか!なんで嘘ついたんだよ!?」
隆二は怒っていた。
本来なら嬉しい報告のはずだが、嘘をつかれていたのだ。
ショックを受けても仕方がない・・・。
「言えるわけないじゃん・・・」
由紀子は項垂れて呟く。
「皆んなに迷惑掛けるのに、妊娠したなんて言えるわけないじゃん!!」
由紀子は涙を流して叫んだ。
隆二はそれを見て言葉に詰まった。
「隆二・・・気持ちは解るが、由紀子さんを責めないでやってくれ・・・。彼女なりに皆んなに気を遣った結果なんだろ?由紀子さん、妊娠にはいつ気付いたんだ?」
俺は隆二を窘め、由紀子に聞いた。
「最近体調の変化があったので・・・隆二達が千枝ちゃんの薬を取りに行った時に、妊娠検査薬を隆二にこっそり頼んだんです・・・。その後確認しました」
「そうか・・・。俺としては、その時言って欲しかったよ・・・。まぁ、美希との事を黙ってた俺に言う資格はないけどね・・・」
「何でですか・・・?予定が狂うからですか!?」
由紀子が叫んだ。
「何だ騒々しい!?誠治さん、何かあったのか・・・?」
俺達が話をしていると、風呂から上がった渚と千枝がリビングに戻ってきた。
「いや・・・。まぁ、確かにあるにはあったんだがな・・・。由紀子さんが妊娠したらしいんだ・・・」
「何だと!?それは目出度いな!!だが・・・」
渚は最初こそ喜んだが、すぐに言葉を濁した。
俺と同じ考えに至ったらしい。
「どうして2人は困るんですか!?由紀子さんが妊娠したのが悪い事なんですか!!?どうして喜んであげないんですか・・・!」
美希が怒りの籠もった目をして叫んだ。
「美希、違うんだ・・・。俺も渚さんも本当に嬉しいんだよ。それは決して嘘じゃない」
「じゃあ何でですか!?由紀子さんが言ったように予定が狂うからですか!?」
「確かに予定は狂うかも知れない・・・。でも、そんな事はどうでも良いんだ。実際、今迄だって思い通りにいった事は少ないし、別に気にはしていないよ・・・。俺と渚さんが悩んでるのは、これからどうやって由紀子さんを守って行くかなんだ・・・」
「今迄と何か違うんですか・・・?」
俺の言葉に、悠介が遠慮がちに聞いてきた。
「あぁ・・・。恐らく、由紀子さんは食いつわりと言う状態だと思うんだ・・・。俺も前に偶然知ったんだが、つわりは気持ち悪くなって食欲が減るだけじゃなく、逆に食欲が増える事もあるらしい・・・。だけど、食いつわりから普通の吐きつわりに変わる事もあると聞いた・・・。もし、奴等に囲まれてる時に吐きつわりが来たら、由紀子さんだけじゃなく、他も危険になる・・・だから、知っておきたかったんだ・・・」
俺は悠介に説明した。
美希はまだ怒っているが、黙って聞いている。
「俺も渚さんも、由紀子さんを責めてる訳じゃないよ・・・妊娠を聞いた時は嬉しかったんだ・・・だからこそ、由紀子さんをどう守って行くかで悩んだんだよ・・・。もし、由紀子さんに何かあったら、隆二はどうなる?実の兄を亡くして、さらに自分の子を身籠った恋人を失ったら?逆に、隆二が死んでしまったら、由紀子さんのお腹の中の子供は、父親に抱かれる事が無くなってしまうんだ・・・。そんな事にさせたくは無いだろう?」
「はい・・・」
美希は項垂れて返事をした。
「由紀子さん、君が俺達の事を気遣ってくれたのは嬉しい。だけど、妊娠なんて言う目出度い事を隠す必要は無いんだよ。迷惑を掛けたって良いじゃないか。俺達は仲間で家族なんだ・・・。俺達は、君もお腹の子も絶対に見捨てないし、何があっても守るよ・・・。だから、俺達を信じてくれないかな?」
俺は由紀子の頭を撫でた。
由紀子は、大粒の涙を流して俯いている。
「変な誤解を与えて、不安にさせてしまって悪かったね・・・。まぁ今更だけど、隆二!由紀子さん!おめでとう!!無事に子供が産まれたら、渚さんより先に抱っこさせてくれよ?」
「なっ!?誠治さん、卑怯だぞ!!」
渚の反応を見て、由紀子が笑った。
隆二も由紀子の頭を撫で、怒鳴った事を謝っている。
千枝は由紀子の隣に座り、しきりに話しかけている。
千枝も嬉しいのだろう。
「ざまぁ!早い者勝ちだ!!」
喚く渚を挑発し、俺は彼女に殴られた。
美希と悠介は、俺が殴られたのを見て苦笑していた。
「さて、明日からの予定だけど、明日の朝は、渚さんと悠介で奴等の様子を見て来てくれないか?俺は書斎で船の説明書と鍵を探す。美希は俺を手伝ってくれないか?」
「了解だ。悠介君、よろしくな!」
渚は悠介の肩を叩いた。
思いの外痛かったのか、悠介はうずくまっている。
「私で良いんですか?」
「あぁ、隆二にとも思ったんだが、由紀子さんについててあげた方が良いんじゃないかと思ってね」
「わかりました!頑張りますね!」
美希は拳を握り意気込んだ。
「なんかすいません・・・」
「気にするな!お互い様だろ?」
俺は、申し訳無さそうな隆二と由紀子に笑顔で答えた。
「さて、俺達も風呂を済ませようか?悠介はどうする?俺と入るか?それとも、兄妹水入らずで入るか?」
「なんでこの歳になって妹と入るんですか・・・。俺は誠治さんと入りますよ!あっ・・・!隆二は由紀子さんとごゆっくり!!」
悠介は隆二にニヤついた顔で言っている。
「誠治さん・・・。今日は私と入りましょう。話があります・・・」
俺は美希の言葉を聞いて冷や汗が噴き出した。
「誠治さん!俺は1人でゆっくり入りますよ!!」
悠介はあっさり裏切った・・・。
さっきの返事を聞いた限りでは、美希の怒りが収まったと思ったのだが、そうでは無かったらしい・・・。
「わかったよ・・・」
俺は項垂れて返事をした。
俺は今、美希と2人きりで湯船に浸かっている・・・。
本来なら嬉しいはずだが、今はかなり気まずい。
風呂に入って30分経つが、話があると言った美希は、ずっと無言のままだ。
「あの・・・美希さん?そろそろ話を・・・」
俺は居た堪れなくなり、話しを切り出した。
「誠治さんは、私が妊娠したって言ったら、どうしますか・・・?」
ぶっ!!!
俺は驚きのあまり噴き出した。
「美希も妊娠してんの!!?」
「ちょっと!声が大きいですよ!もしもの話です!!」
美希は慌てて俺の口を塞いだ。
「美希さん・・・そういう時はもしもって付けてくれ・・・。心臓が飛び出るかと思ったよ・・・」
美希は申し訳無さそうな顔で頷いた。
「それで、誠治さんはどうしますか?やっぱり困りますか?」
美希は不安そうな顔で問い掛けてきた。
「いや、嬉しいよ!だって、好きな女性が自分の子を身籠もるなんて、幸せ以外の何物でもないからね!だから、もし妊娠したなら、美希にも喜んで欲しい・・・」
「私もそうなったら嬉しいです・・・。だから、死なないでくださいね!もし誠治さんがいなくなったら、私も死にます・・・」
美希は涙を浮かべている。
「それだと、悠介と千枝ちゃんが悲しむよ・・・?」
俺は美希の肩を抱き寄せた。
「はい・・・。だから、死なないでください!私・・・誠治さんと一緒に居たいです!これからもずっと・・・一緒が良いです・・・」
美希は涙を流した。
「美希、俺は君を絶対に守るよ・・・。悠介や千枝ちゃん、渚さん達も皆んな守り抜く!そして、九州に行かせる!それが俺の目的だ!」
(たとえ、俺が死んだとしても・・・)
俺は最後の一言は言わなかった・・・。
美希が悲しむ顔を見たくないから。




