第63話 報われない努力と無駄な努力
今回は、閑話的な話になります。
「誠治さんと美希さん、少し良いだろうか?頼みがあるのだが・・・」
俺と美希が夕飯のメニューで悩んでいると、渚がもじもじとしながら、遠慮がちに話し掛けてきた。
「どうしたんだ、もじもじして渚さんらしく無いぞ?俺に出来る事なら何でも協力するつもりだぞ?」
「昨夜言っていた料理の勉強なんだが、今から教えてくれないか?私は料理が壊滅的にダメだろう?でも、いずれ私も結婚とか、子供とか出来た時に、夫になる人や子供に自分の料理を食べさせたいんだ!」
最近の渚は、昔の恥ずかしい出来事などを暴露され、こうして素を見せる事が多くなった。
開き直ったのか、それとも諦めたのか、自分の弱い部分を見せてくれる。
仲間として、家族として認められたようで嬉しくなる。
「あまり夕飯まで時間は無いが、構わないよ。美希も良いよな?」
「大丈夫ですよ!少しだけ皆んなに我慢して貰ったら良いだけですからね!」
俺と美希の言葉に、渚の顔が明るくなった。
「感謝する!申し訳無いが、基礎からお願いしたい!」
「OK!じゃあ、食材を切ってみようか!?」
俺と美希は、渚に教えながら料理を作る事になった。
今日の夕飯は酢豚に決定した。
賛否両論あるが、パイナップル入りにした。
「渚君・・・。奇跡的に君の指はまだ5本揃っているようだ・・・。神様に感謝しなさい!」
俺と美希は、渚のあまりの不器用さに戦慄していた。
勢い良く包丁を叩きつける事3回、皮一枚で済んだのが不幸中の幸いだ。
「あのな?奴等を倒すわけじゃ無いんだから、そんなに緊張するなよ!見てるこっちが怖いわ!!」
「渚さん、包丁は叩きつけるんじゃなくて、食材に刃を当てて、奥に押す様に切れば良いんです。緊張し過ぎると怪我をしますよ?」
「すまん・・・。教えて貰えるのは有り難いんだが、いざとなると緊張してしまってな」
俺と美希に注意され、渚は涙目で謝ってきた。
「別に最初から上手くやる必要は無いんだから、まずは肩の力を抜いてみなよ。俺達が食べるだけなんだから、あまり緊張しなくて良いんだよ」
渚は、俺と美希に教えられながら、何とか食材を切り終えた。
アドバイスの結果か、それ以降は緊張はしていても叩きつける事は無くなった。
「次は豚肉を揚げるぞ。油が跳ねるかも知れないけど、慌てずにな!鍋をひっくり返したら火傷どころの話じゃすまないから、気をつけるように!!」
「わかった・・・。頑張ります!」
渚の口調が変わっている。
相当緊張しているのだろう。
「まぁ最初は俺がやるから、そこで見ててくれ」
渚は俺の斜め後ろに立って鍋の中を見ている。
ジュッ! パチパチパチ!
豚肉を揚げ始めると、油が跳ねてきた。
「ひっ!誠治さん!怖いです!!」
「渚さん、その口調気持ち悪いから辞めてくれない?」
「そんな事言っても、緊張するんだ!仕方ないじゃないか!」
跳ねる油に戦々恐々しつつ、涙目で訴えてきた。
「そんなに怖がってたら、他の料理とかどうするんだよ・・・。まぁ、焦ると危ないから、今回は俺がやるよ」
「すまない・・・」
渚はしょんぼりとしている。
「渚さん、自分のペースで良いんですよ!頑張りましょう!」
渚は、美希の励ましに弱々しく頷いた。
「さてと、揚げ終わったし次に進むぞ?」
「了解だ!これからは私も頑張るぞ!」
渚は気を取り直し、鼻息荒く意気込んだ。
俺と美希は渚に指示を出しながら、甘酢あんを作らせた。
だが、そこでまた問題が発生した。
「渚さん?分量って知ってる?」
「すまない・・・。無駄にしてしまった」
渚は項垂れている。
渚は、分量を計らずに適当に調合していった。
それはもう自信満々だった。
(あの自信は何処からきてたんだ?)
俺は項垂れている渚に再度説明をしながら甘酢あんを作った。
「渚さん、これから全ての材料を入れて火にかけるけど、どうする?やってみるか?」
「いや、もう良いよ・・・。私がやると全部無駄になってしまう」
渚は項垂れたまま呟く。
「諦めるのか?」
「諦めるも何も、私が努力しても無駄だというのが解ったよ・・・」
渚は涙目だ。
可哀想な気はするが、無駄な努力と諦めて欲しくは無い。
「渚さん、貴女が何を根拠に努力を無駄だと言っているのかは知らないが、自分を信じられない人には、努力する価値は無いよ」
「これだけ迷惑を掛けても、私の努力が無駄じゃないと言うのか!自分を信じろと言うのか!?」
「渚さん、貴女が失敗した事で努力が無駄だと言っているなら、それは違うという事を理解してくれ。失敗しただけじゃ、努力は無駄にはならないんだ。報われなかっただけなんだ!」
「何が違うと言うんだ!?報われなければ無駄と一緒だろう!?」
渚は涙目で叫んだ。
「努力しても報われないのは、当然の事だよ。だって、全ての努力が報われるなら、俺だって完璧超人になってるはずだよ?でも、違うんだ。上には上がいる。何度失敗しても、それでも俺は努力する・・・何故だか判るか?」
渚は黙って俺の言葉に耳を傾けている。
「それは、報われるためだよ。諦めずに続ければ、いつかは報われる。そうじゃ無くても、経験は積めるんだよ!でも諦めてしまえば、そこで初めて努力は無駄になるんだ。努力は決して人を裏切らないよ・・・。裏切るのは、いつだって俺達人間だ。報われない努力と、無駄な努力は違うんだ。失敗したって良いじゃないか?料理で失敗したって、そうそう死ぬ訳じゃないんだ。それに、目標もあるんだろう?それは、簡単に諦めて良いような物なのか?俺は、渚さんに諦めて欲しくないよ。だって、渚さんの目標は凄く良い物だと思うからね!」
しばしの沈黙が流れる。
「誠治さん、私はまだ見込みはあるのだろうか?」
沈黙を破り呟いた渚の目には、迷いは無くなっている。
「それは渚さんの努力次第だよ。だって、実際に努力するのは渚さん自身なんだから」
「わかった・・・。続きを教えてくれ。やれるだけやってみる」
渚は頷き俺の隣に立ち、鍋を握った。
美希は安堵の表情を浮かべている。
「おぉ!今日は酢豚なんですか!?俺腹ペコだったんですよ!!」
悠介は、リビングに入るなり歓喜した。
「今日の酢豚は渚さんも手伝ってくれたんだ。少し遅くなったが、その分味は保証する」
渚はその後も料理を続けた。
失敗しても諦めず、自分の目標のため努力した。
「マジですか・・・。大丈夫なんですか?」
「嫌なら食わなくても良いぞ?」
微妙な顔をした隆二に嫌味を言った。
渚は本当に頑張った。
知らないとは言え、馬鹿にされるのは許せない。
「いや、食べますよ!折角作ってくれたんだし!!」
隆二は慌てて席に着いた。
千枝以外の皆んなが揃い、一緒に酢豚を食べ始めた。
「これ滅茶苦茶美味しいじゃないですか!!」
初めに感嘆の声を上げたのは由紀子だ。
「いや、マジで美味いですわ・・・」
悠介と隆二も驚いている。
渚は恥ずかしそうに俯いているが、とても嬉しそうだ。
「甘酸っぱさが絶妙ですね!私、パイナップル入りの酢豚は好きじゃ無かったんですけど、なんでこんなに美味しいんですか!?」
美希もパイナップル入り酢豚の魅力に目覚めたようだ。
「えっ!?何処に入ってるんですか!!?」
皆んなは見えないパイナップルを必死に探している。
「それはな、まず豚肉を味付けする前に、細かく刻んだパイナップルを使って揉みほぐしたんだよ。パイナップルに含まれてる、たんぱく質を分解してくれるプロテアーゼって言う酵素のおかげで肉が柔らかくなってるんだ・・・。その後、肉を揉みほぐすのに使ったパイナップルを、火にかける時に一緒に混ぜたんだよ」
「それだけでこんなに美味しくなるんですか?」
美希と由紀子が興味深く聞いてくる。
「皆んなが今まで食べてたパイナップル入り酢豚は、パイナップルのブロックみたいなのが入ってただろ?あれだと、パイナップルの甘さが強くなりすぎるんだよ。甘酢あんに触れている外側は良いけど、中はそのままになってしまうからね・・・。だけどパイナップルを小さく刻んで、甘酢あんに触れる面積を増やしてやれば、その甘さをかなり抑えられるんだ。パイナップル入り酢豚だって、試行錯誤すれば、ちゃんと美味しく食べられるんだ・・・。どんなに苦手な事でも、諦めずに考えて努力すれば結果はついて来るものだよ」
俺はそう言い、渚を見た。
渚は力強く頷き、自分の作った酢豚に舌鼓をうった。




