第60話 茶碗蒸し
俺は、千枝が眠るまで側についていてやった。
熱と喉の痛みに朦朧としながらも、俺達を心配させまいとする千枝の姿を、ただ近くで見守る事しか出来ない自分が腹立たしかった。
「取り敢えず、千枝ちゃんのお昼ごはんになりそうな物を作って来るよ・・・。2人は千枝ちゃんの側についていてやってくれ・・・」
俺は美希と由紀子に千枝の看病を頼み、キッチンへと向かった。
俺はキッチンで冷蔵庫の中を確認する。
「さて、作るか・・・」
俺は冷蔵庫から卵と人参、椎茸、蒲鉾を取り出した。
卵10個をボウルでかき混ぜた後、調味料棚で見つけたおでんの汁の素ををぬるま湯で溶かし、卵と同じ量だけ入れ、さらにかき混ぜた。
人参、椎茸、蒲鉾は細かく刻み、千枝が飲み込みやすい大きさにして、先程かき混ぜた卵に投入し、具材を均一にするため再度かき混ぜた。
「よし、取り敢えずは下ごしらえ出来たな・・・」
食材の下ごしらえを終えた俺は、食器棚から茶碗を10個ほど取り出し、それぞれに具材入りの卵を流し込む。
調理器具の中から蒸籠を見つけだし、大き目の鍋にお湯を沸かし、その上に蒸籠を乗せ、卵の入っている茶碗を並べて蒸した。
「よし、茶碗蒸しの完成だな!」
俺は蒸籠から茶碗蒸しを取り出し、1つだけお盆にのせ、あとの茶碗蒸しは粗熱をとってからラップをして、冷蔵庫にしまった。
人数分以上に用意してあるので、昼食の時にでもレンジで温めなおすつもりだ。
俺は食べやすいように少しだけ冷めるのを待ち、千枝の元に戻った。
「美希、由紀子さん、千枝ちゃんの様子はどうかな・・・?」
俺は部屋に入って千枝の容態を聞いた。
「暖めたタオルを首に巻いたのが良かったみたいで、少しだけ呼吸が楽になってます・・・。良い匂いがしますけど、何を作ってきたんですか?」
千枝を撫でる美希の代わりに由紀子が教えてくれた。
「茶碗蒸しだよ。具材は細かくしてあるから、これなら今の千枝ちゃんでも食べられると思ってね・・・」
俺は由紀子に茶碗蒸しの蓋を取って中身を見せた。
(蓋があるのに匂いが判るって凄いな・・・)
「おぉ・・・美味しそう・・・。これなら千枝ちゃんも大丈夫かもしれないですね!」
由紀子はヨダレをすすり、笑顔で言ってきた・・・。
(昨夜も思ってたけど、この子は食い意地張ってるな・・・。)
俺は由紀子を見て苦笑した。
「皆んなの分もあるから、後で温めなおして食べよう」
俺は由紀子に伝え、千枝の側に腰をおろした。
「ん・・・」
千枝が俺に気付き目を覚ます。
「千枝ちゃん、お腹空いてないかな?千枝ちゃんは朝ご飯食べてなかっただろ?だから、茶碗蒸しを作って来たんだ・・・。これなら食べられると思うんだけど、どうかな?」
俺は千枝に話しかけ、千枝が身体を少しだけ起こすのを見て、木匙で少しだけ茶碗蒸しを掬って食べさせた。
千枝はゆっくりと少しづつ飲み込み、俺を見て微笑んだ。
「良かった・・・!大丈夫だったみたいだね!まだあるから、ゆっくり食べような!!」
千枝は小さく頷き、残さず食べてくれた。
「良かった・・・。誠治さん、ありがとうございます・・・!」
千枝が食べ終わるまで心配そうに見ていた美希は、千枝が残さず食べたのを見て安堵し、お礼を言って来た。
「この茶碗蒸しはさ・・・俺が扁桃腺が腫れて辛かった時に、よく母さんが作ってくれてたんだ・・・。茶碗蒸しなら、腫れた喉でもするりと通るし、具材を細かくして入れれば栄養も取れるからね・・・!」
「でも、それで茶碗蒸し作れるって・・・。やっぱり誠治さんってなかなかハイスペックですね・・・。美希さんは良い物件を見つけましたなぁ!」
由紀子は美希の隣に行き、肘でつつく。
由紀子に茶化された美希は、頬を染めて頷いた。
2人は、千枝が茶碗蒸しを食べたのを見て、少しだけ心に余裕が出来たらしい。
ガチャガチャ! バタン!!
玄関の開いた音が聞こえた。
「誠治さん!今戻ったぞ!!」
玄関から渚の声が聞こえる。
俺と由紀子は玄関に向かい、彼等を出迎えた。
「あぁ、お帰り!どうだった?」
「今後の事も考えて、ありったけ持って来ましたよ!奴等が殆どいなくなっていましたから、じっくり物色出来たので大漁ですよ!!」
俺の質問に、悠介と隆二が笑顔で答えた。
「すまなかった・・・。色々と使えそうな物を探していたら、少々時間が掛かってしまった・・・」
「いや、助かったよ!それより、俺達もすまないな・・・出迎えが遅れてしまって・・・。ハイブリッド車は静か過ぎて全く気付かないな・・・」
俺と渚はお互いに謝り、皆んなでリビングに向かった。
「それで・・・千枝ちゃんの容態はどうだ?」
渚は取って来た物資の確認をしながら聞いて来た。
「さっき少しだけ食べさせたけど、朝より悪化してるよ・・・。熱が高くなって、倦怠感と寒さを訴え始めた。喉の痛みも増している・・・。これで関節痛まで出たら、恐らく扁桃腺炎で間違いないと思う・・・。扁桃腺に膿が溜まりさえしなければ良いんだが・・・」
「膿が溜まったらどうなる・・・?」
「最悪のケースは扁桃腺の周囲や、喉の奥にまで膿が溜まり、炎症が頸部や胸部に達した場合だ・・・。そうなると、入院して膿を出すための手術が必要になる。入院は数週間にわたり、何度も膿を吸い出さないといけない・・・。最悪死に至る場合もある・・・。他にも、病巣性扁桃炎と言うのもある。それは腎臓や皮膚、関節にも影響があると言われている」
渚達は息を飲む・・・。
「そんなに深刻な病気なのか・・・」
渚は項垂れた。
「知らないのも無理は無いよ・・・。風邪と見分ける事が困難だし、出ない人は一生無縁な病気だしね・・・。それに、最悪のケースと言っても、そうそうある事じゃない。しかも、治る病気だ!!だから、これ以上悪化する前に千枝ちゃんを治してあげたい・・・!」
俺は改めて皆んなに頭を下げた。
「あぁ、解ってるさ!項垂れていたって何も変わらない!まだ小学生の千枝ちゃんが頑張っているんだ・・・私達が諦めて良いはずがない!!」
渚は拳を握り締め立ち上がった。
「あぁ、皆んな頼りにしているよ!取り敢えず、千枝ちゃんにはさっき茶碗蒸しを食べさたから、薬を飲ませよう。その後俺達も昼食を摂り、交代で千枝ちゃんの看病をしよう!」
俺は皆んなに言い残し、薬と温めたスポーツドリンクを持って千枝の元に戻った。
「千枝ちゃん、皆んな無事に帰ってきたよ・・・!今準備をするから、お薬を飲んでゆっくりと休もうな!」
千枝は俺の言葉を聞き、瞳に喜びの色を浮かべた。
「ちょっと変な味がするけど、我慢してくれよ?」
薬を口に含んだ千枝は顔をしかめる・・・。
俺は素早くスポーツドリンクを飲ませ、口の中をスッキリさせてあげた。
「どうだった?変な味だっただろ?」
「うん・・・!」
千枝は掠れた声で返事をして、苦笑いを浮かべた。
それを見た俺と美希も、つられて苦笑いをした・・・。
千枝は薬を飲んだ後、その副作用で眠りについた。
その間に俺達は昼食を済ませる。
「この茶碗蒸し美味しいですね・・・。どうやってつくったんです?」
「そうそう!私も気になってたんですよ!!」
美希と由紀子が茶碗蒸しを食べて聞いてきた。
「結構簡単だよ。味付けはおでんの汁で良いよ。それを溶いた卵に同じ分量を混ぜて、あとは具材を入れて蒸すだけ・・・。俺はコンビニおでんを食べた次の日には必ず作って食べてるよ。コンビニおでんの汁は具材の味が染み出してて美味いんだ」
美希と由紀子は唖然としている。
「おでんの汁にそんな使い道が・・・。おうどんを食べるだけじゃなかったんだ・・・」
「うどんも美味しいよね!」
由紀子は食い物の話になるとテンションが上がる・・・。
凄い食欲だ・・・。
それなのに、いくら食べても太らないらしく、由紀子はスレンダーな体型だ。
「誠治さん・・・何をジロジロと見てるんですか?美希ちゃんと言う可愛い彼女が出来ながら、感心しませんよ!?」
由紀子の言葉を聞いた悠介と隆二が音を立てて立ち上がる・・・。
「わざと誤解を招く言い方はやめてくれよ・・・。ただ、よく食べる割に痩せてるなって感心してただけだよ・・・」
悠介と隆二は大人しく座った。
「えへへ・・・。すみません・・・」
由紀子は悪びれもなく謝った・・・。
恐らく、彼女なりに重い空気をどうにかしようと思っての事だろうが、巻き込むのは勘弁してほしい・・・。
俺はそう思いつつ昼食を済ませ、悠介と美希と共に千枝の様子を見に行った・・・。




