第59話 苦しみ
けほっ! けほっ! けほっ!
俺は誰かの咳込む声で目が覚めた。
昨夜の見張りは、渚の提案により、俺は外された。
慶次の一件で、夜の見張りを俺1人が負担していた事を気遣い、休んでくれと頼まれたのだ。
なので、昨夜は千枝にせがまれ、一緒に寝ていた。
「誰だ・・・?」
俺が目を開けると、目の前で千枝が苦しそうにしている・・・。
「千枝ちゃん!?どうしたんだ!!?」
俺は飛び起き、千枝を抱き上げた・・・。
「おじちゃん・・・のどが痛い・・・!」
千枝は涙目で訴えてきた。
「千枝ちゃん、おじちゃんの膝の上に、こっちを向いて座ってごらん!」
「・・・うん」
千枝は苦しそうに返事をして、膝の上に座った。
「少しだけじっとしててね・・・」
千枝の額を触ると熱があった・・・。
「千枝ちゃん、口を開けて舌を出してごらん?」
千枝は言う通りに口を開けた・・・。
(扁桃腺が腫れてるな・・・)
俺は口の中を確認して、次は千枝の首を触った・・・。
(リンパ腺も腫れてる・・・。これは、厄介な事になったかもしれないな・・・)
俺は千枝の症状を見て冷や汗が出た・・・。
俺はこの症状を知っている・・・。
俺が長年苦しまされていたものと似ているのだ・・・。
「誠治さん、どうかしましたか?なんか、声が聞こえましたけど・・・」
俺が千枝の症状を見ていると、悠介が部屋に入って来た。
「悠介、すまないが皆んなをリビングに集めてくれ・・・。もしかすると、厄介な事になったかもしれない・・・」
「判りました!すぐに皆んなに知らせて来ます!!」
悠介は千枝の様子に気付き、急いて皆んなを呼びに行った。
「どうしたんだ!?千枝ちゃんに何かあったのか!!?」
渚が慌てて聞いてきた。
「あぁ・・・。熱があるんだが、症状が厄介だ・・・。今は寝かせているが、下手をするとさらに悪化する可能性が高い・・・」
「どんな症状なんですか・・・?」
「俺は千枝ちゃんの咳が聞こえて目を覚ましたんだが、あの子を抱き上げて喉を見たら、扁桃腺とリンパ腺が腫れていた・・・。症状は風邪に似ているから、インフルエンザの可能性は低いと思う・・・」
俺は深刻そうに聞いてきた悠介と美希に初めから説明をした。
「扁桃腺が腫れるのは結構聞きますけど、何がそんなに厄介なんですか・・・?」
「ただの風邪ならまだ良い・・・。だが扁桃腺炎ならば、原因は別になるんだ。風邪の場合はウイルスによる上気道炎が殆どだが、扁桃腺炎は細菌による口蓋扁桃の感染症だ・・・。似ているように思えるが、喉の痛みで言うと扁桃腺炎は段違いだ・・・。扁桃腺炎の主な症状は、扁桃腺に膿が溜まったり、38度以上の熱、全身倦怠感、悪寒戦慄、関節痛、頸部リンパ節の腫れなどだ・・・。熱は大体3日〜5日ほど続くが、熱が引いた後も安静が必要だから、最低でも1週間はかかる。風邪とインフルエンザの悪い所を合わせた様な感じだ・・・。今の所膿が溜まっている感じではないから断言は出来ないが、もし扁桃腺炎なら、内科か耳鼻咽喉科の診察と抗生剤の投与などが必要になる・・・。最悪の場合は手術による扁桃腺の摘出だ・・・。だが、今の状況では診察など受けられるはずがない・・・」
皆は俺の説明を聞き絶句する・・・。
「まだ扁桃腺炎と決まった訳ではないが、今からでも症状を和らげる事が必要だ・・・」
「誠治さん・・・やけに詳しいですね・・・」
美希が涙目で聞いてきた。
「あぁ・・・。俺も長年苦しまされてきたからな・・・。俺は手術で扁桃腺を切ったから治ったけど、もし千枝ちゃんが扁桃腺炎なら、冗談抜きで地獄だよ・・・。唾を飲み込むだけで喉に激痛が走るし、喋るのもままならない・・・。あの優しい子にそんな思いはさせたくない・・・!だから、皆んな・・・力を貸してくれ!」
俺は皆んなに頭を下げた・・・。
「誠治さん、必要な物を教えてくれ!今から探しに行ってくる!!隆二と悠介君は私と一緒に来て欲しい!美希さんと由紀子は千枝ちゃんの看病と誠治さんのフォローを!!」
渚は皆んなに指示を出し、外に出る準備を始めた。
やはり渚は頼れる女だ。
「あぁ!まずは灯油を手に入れて来てくれ!ストーブを焚きたい!薬局でマスクと漢方薬の葛根湯・小柴胡湯・桔梗湯と、うがい薬、痛み止め、熱冷ましの薬があったら持って来てくれ!あとはハチミツだ!ハチミツは栄養価が高いし、殺菌作用がらあるから、喉の痛みが和らぐ!!外は何があるか分からない!気を付けて行って来てくれ!もしお前等に何かあったら、千枝ちゃんが悲しむと思え!!」
「了解した!誠治さんは美希さんと由紀子に指示を出してやってくれ!今いるメンバーで千枝ちゃんの症状に詳しいのは貴方だけだ!頼んだぞ!!」
渚達は素早く準備を済ませ、急いで出発した。
(頼んだぞ、お前等は必ず生きて帰ってこい・・・)
俺は彼等を見送り、俺に出来る準備をするため家の中に戻った。
「誠治さん、私達はどうしましょう!?」
「美希はお湯を沸かして、タオルを何枚か用意してくれ!由紀子さんは冷凍庫から氷を出して氷嚢を作ってくれ!俺は倉庫からストーブを探し出す!」
俺は2人に指示を出し、倉庫に向かった。
「物が多すぎる!どこにあるんだ!!」
俺は倉庫に積み重ねられた荷物を掻き分け、ストーブを探す・・・。
「くそっ!ガラクタばっかり入れ込んでんじゃねーよ!!」
俺はイラつき、荷物を蹴り飛ばした・・・。
ガシャン! ガラガラガラ!
蹴り飛ばした荷物に巻き込まれ、ガラクタの山が崩れる。
すると、崩れた山の奥に円筒形の古めかしいストーブを見つけた。
「あった!あんな奥にしまい込んでたのかよ!?」
俺は崩れたガラクタを掻き分け、目的の物を手に入れ、家の中に戻った。
「誠治さん!氷嚢とお湯の準備出来ました!!・・・凄い音が聞こえましたけど、何かありましたか?」
俺が家の中に戻ると、自分達の仕事を終えた2人が俺に聞いてきた。
「いや、ガラクタの山が崩れただけだよ・・・。美希!君は千枝ちゃんについてやっててくれ!氷嚢は千枝ちゃんの脇の下に入れて、あと、お湯でタオルを暖めて、千枝ちゃんの首に巻いてやってくれ!そうすれば少しは呼吸が楽になる!由紀子さんは、リビングの棚にあった薬箱から風邪に効く薬を探して、キッチンでヤカンとハチミツが無いか見てくれないか!?俺はストーブの点検をする!!」
俺は2人に指示を出し、ストーブの点検を素早く済ませた。
芯はまだ大丈夫だったので、後は灯油を入れて、ちゃんと点火するかを確かめるだけだ。
「悠介、渚さん、隆二・・・無事に帰ってこいよ・・・!」
俺は3人の無事を祈り、千枝の様子を確認しに行った。
「千枝ちゃん・・・大丈夫かい?」
俺は部屋に入って、美希に膝枕をして貰っている千枝に問い掛けた。
「うん・・・大丈夫だよ・・・」
千枝は返事をしてくれたが、元気が無い。
朝よりも辛そうにしている・・・。
しかも、寒そうに震えている・・・。
「美希・・・熱は何度だった?」
「38.5度でした・・・。朝より上がってます・・・」
美希は千枝を心配させまいと、涙を堪えて答えた・・・。
「誠治さん・・・ハチミツ持って来ました・・・。あと、スプーンもどうぞ。千枝ちゃん、大丈夫・・・?私達がついてるから、早く元気になってね・・・」
ハチミツを持って来た由紀子は、千枝に優しく話しかけるが、千枝の辛そうな姿を見て、瞳に涙を浮かべている。
「千枝ちゃん、喉が痛いかも知れないけど、少しだけで良いから飲んでみてくれないか?」
俺は、飲みやすいようにお湯で溶いたハチミツをスプーンですくって千枝に飲ませた。
(飲み込むのが辛そうだ・・・やっぱり悪化してるみたいだな・・・)
俺は千枝の様子を見て、症状を確認した。
「今、悠介達がお薬を探して来るから、帰って来たらお薬飲もうな・・・。痛くて辛いかも知れないけど、おじちゃん達がちゃんと一緒にいるから、早く元気になってくれ・・・!」
「うん・・・わたし頑張るね・・・!」
千枝は、痛みを堪え力なく笑ってくれた。
俺は、千枝の健気な笑顔を見て、涙を流した・・・。




