第58話 前兆
俺達は車の入れ替えを終え、夕飯の前に久しぶりの湯船を堪能している。
堪能しているのだが、目の前には2人の人物がいる・・・。
「どうしてこうなった・・・」
「ですよね・・・」
「おじちゃんとお姉ちゃんと一緒で楽しい!!」
湯船に浸かる俺の目の前では、美希が千枝の頭を洗っている・・・。
俺は、今から約10分前にリビングで行われた茶番を思い出し、ため息を吐いた・・・。
「何人かでまとまって入れば時間の節約になるだろう?だから誠治さんは、美希さんと入れば良い!」
「そうですよ!私は後で渚さんと千枝ちゃんと一緒に入りますから、ゆっくり浸かってください!」
「俺は隆二と入りますから!男同士の友情を深めますよ!なっ!隆二!!?」
「そうです!語らねばならんのですよ!!」
渚達は、口裏を合わせたかのように言ってきたのだ・・・。
皆ニヤついていた・・・。
(こいつら・・・。からかってやがる・・・)
俺と美希は、内心要らぬお節介だと思い、断ろうとしたが、渚達は聞く耳を持たなかった・・・。
なんとか説得し、千枝と一緒に入る権利だけはもぎ取ったが、釈然としなかった・・・。
「千枝ちゃんと一緒になったから、あいつら悔しがってたな!いい気味だ!」
「ですね!千枝が一緒なら何も起こりようが無いですからね!」
(そうそう彼等の思い通りにはならんよ!ざまぁ見ろ!)
俺と美希は、少ないながらも、なんとか手にする事が出来た小さな勝利に気をとり直した。
「まぁ、気遣いはありがたいんだけど・・・やり方がズルいと言うか、子供じみてると言うか・・・」
「まぁ、やり方は少し気になりますけど、折角皆んなが気遣ってくれたんですし、久しぶりの湯船を堪能しましょう!千枝も誠治さんと一緒で嬉しいよね!?」
「うん!嬉しい!!」
ありがたい事に千枝は、俺と美希が一緒に入るのを、全く気にしていない様だ。
美希と千枝は身体を洗い流し、湯船に浸かった。
この家の風呂場はかなり大きい。
湯船も、大人3人がゆっくりと浸かれる位の広さだ。
「まぁ、この家の持ち主には悪いが、利用させて貰おう!」
俺達は、久しぶりの湯船を堪能しつつ、会話を楽しんだ。
「さて、悠介と隆二で風呂も終わる事だし、2人が上がったら夕飯にするか!」
俺と美希は風呂から上がった後、他のメンバーが風呂に入っている間に夕飯の準備をしていた。
この家の冷蔵庫は大きく、かなりの量の食材が入っていた。
「おぉ!豪勢だな!?これは美味しそうだ!!美希さん1人で作ったのか!?」
「わぁ!美味しそう!!美希さん、良いお嫁さんになれるね!」
渚と由紀子は口々に美希を褒めた。
「私だけじゃないですよ?誠治さんも色々と作ってくれました!」
美希がそう言うと、渚がショックを受けて崩れ落ちた・・・。
「よりによって、誠治さんにまで負けるとは・・・!」
「男の独り暮らしナメんな!メシマズの貴様よりも出来て当然だ!!」
俺が勝ち誇ると、渚は死んだ様な目でふらふらと立ち上がり、椅子に座って項垂れた・・・。
真っ白だ・・・。
某ボクシング漫画の主人公の様に白くなっている。
「うん、美味しい!隆二も、誠治さんくらい料理出来たら良いのになぁ・・・」
由紀子は、項垂れる渚を無視して、俺の作った料理を摘み食いする。
(この子、渚さんの扱いに慣れてるな・・・。俺が言えた事じゃ無いけど、もう少し気遣ってあげようよ・・・。)
俺は、全ての料理を摘み食いしている由紀子を見て思った・・・。
風呂場からは、むさい男2人の楽しそうな笑い声が聞こえる・・・。
なんだか、仲間はずれにされた気分だ・・・。
「誠治さんはどんな料理が得意なんですか?」
俺が悠介達を羨ましく思っていると、由紀子が聞いてきた。
まだ摘み食いをしている。
「由紀子さん、そろそろ摘み食いをやめないと、あいつらの分が無くなるよ・・・」
「あっ!すみません!」
由紀子は慌てて手を引っ込めた。
「得意な料理は特に無いけど、色々と作れるよ?和食は味噌汁、肉じゃが、筑前煮とか作るし、洋食ならシチュー、グラタン、パエリアだね。あと中華なら酢豚、青椒肉絲とか色々・・・。でも、1番よく作るのはカレーだね!」
俺は、摘み食いをやめた由紀子の質問に答えた。
「誠治さん・・・。見た目怖いのに万能ですね・・・。なんでそこまで出来るようになったんですか?」
(見た目は関係無いだろ!!?)
俺は憮然としたが、気にするだけ無駄と思い、気をとり直して答えた。
「それは・・・。前の彼女・・・夏帆が俺の家に泊まりに来た時なんかに、一緒に作ったりしてたから・・・。夏帆もあまり料理は得意じゃなかったから、一緒に勉強したんだよ・・・。まぁ、そこで項垂れてる元警察官よりはマシだったけどね!」
「なんでそこで私を引き合いに出す必要がある!?」
燃え尽きて真っ白になっていた渚が怒りの色に染まった。
「だって、渚さんより出来ないと思われたら、夏帆に悪いしさ・・・」
「だからって・・・。誠治さんは最近私の扱いが雑になって来てないか・・・?」
「それ、兄さんも言ってましたよ・・・」
「まぁ、悠介と一緒で気兼ねなく話せる感じがあるからな・・・。悠介は弟っぽいし・・・渚さんは姉・・・?」
俺の答えに渚は項垂れた。
「何度も言うが・・・私は誠治さんより年下だ!!」
渚の叫びが虚しく響いた・・・。
「ごちそうさまでした!いやぁ、温かい料理はやっぱり美味いですね!でも、まさか誠治さんが料理得意だなんて意外でしたよ!」
隆二は腹一杯に食べ、お腹をさすりながら言って来た。
「由紀子さんが、お前にももう少し頑張って欲しいって言ってたぞ。料理が出来れば何かと役に立つから、今からでも覚えた方が良いんじゃないか?」
「わかりました・・・。自信は無いけど頑張りますよ!渚さんよりは上手くなる自信あります!!」
「お前もか!?誠治さんと言いお前と言い、私を虐めて楽しいか!?」
渚は涙目で訴えて来た。
「渚さんは普段とのギャップが酷いからな・・・。だから、そればっかりが目立ち過ぎるんだよ。渚さんも勉強すれば良くなるんじゃないか?」
あまり虐めると渚がいじけるので、取り敢えずフォローした。
「そうかな・・・?うん・・・そうだな!そうに違いない!!隆二、見てろよ!絶対に貴様には負けん!!」
(チョロいなこの人・・・。だんだん扱いが解ってきたぞ・・・)
けほっ! けほっ!
俺が渚と隆二のやり取りを見ていると、小さく咳をするのが聞こえた。
(ん?誰の咳だ?)
周りを見回したが、もう誰も咳をしていない・・・。
(気のせいか・・・?)
「誠治さん、明日はどうする?」
俺が首を捻っていると、渚が聞いてきた。
「そうだな・・・。取り敢えず、明日はこの家を調べようと思ってる。何か良い物が無いか探そう!」
「了解だ!これだけ広い家だからな、色々とあるかもしれないしな!!」
俺達は、明日の予定を決め、夕食後は自由時間として、それぞれ楽しんだ。
(まぁ、さっきの咳はたまたまだろ・・・)
翌日、咳をしていた人物が判明し、慌てる事になるとは、この時は思いもしていなかった・・・。




