第51話 兄として
俺は今、一心不乱に刀を振っている・・・。
通路を歩いてくる奴等は切り伏せ、階段を上がってくる奴等は、階下に蹴落とす。
慶次達を先に逃してから、ほんの2〜3分位しか経っていないのに、体力と気力の消耗が激しい・・・。
「くそったれ!きりがないぞ!?」
同時に2方向から押し寄せる奴等に嫌気がさしつつも、慶次達を逃すまでは持ち堪えなければならない・・・。
俺の戦う音につられ、無情にも奴等の数は増えていく・・・。
俺は徐々に後退していく・・・押されているのだ・・・。
「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・お前ら、ちょっとは加減しろよ!!」
奴等が理解出来ないのは解っているが、この状況では、悪態をつきたくもなる。
「兄貴!?おい!!どうしてだよ!!?」
上の階から、隆二の叫び声が聞こえる・・・。
「あいつら、まだ上に居るのか!!?」
俺は、隆二の叫び声を聞き、その場の奴等を放置して隆二達の元に向かった。
「兄貴!なんで兄貴が!?」
俺は隆二の叫びに不安を覚え、急いで階段を駆け上がり、通路に入って絶句した・・・。
「慶次!!」
俺の目に飛び込んで来たのは、奴等に組み付かれ、肩と腕から血を流している慶次だった・・・。
「てめぇ等・・・。ふざけてんじゃねぇぞ!!」
俺は一気に距離を詰め、慶次に襲い掛かっている奴等を刀で斬り伏せた・・・。
「慶次・・・!なんでお前が・・・!?」
慶次は傷の痛みを堪え、ふらふらとしながらならも、自分の足で立っている・・・。
「隆二が・・・襲われそうになったんだ・・・。それを庇ってこのざまだよ・・・」
慶次は、自分の後ろで腰を抜かしている隆二を見た。
「隆二・・・怪我は無いか・・・?あれ程油断はするなって言っただろ・・・?」
「兄貴・・・俺・・・!」
慶次は隆二を気遣い声を掛けたが、隆二は気が動転して言葉が出てこない・・・。
「慶次、隆二!今は早く行こう!下の奴等が上がってくる!!慶次は俺の肩に捕まれ!隆二!お前がしっかりしないでどうする!!?」
俺は慶次に肩を貸し、隆二を引き起こす。
「ぼさっとしてんじゃねぇぞ!?誰の為に慶次はこうなったんだ!?お前の為だろうが!!」
隆二は俺の言葉に我に返って頷いた。
俺達は、3階の通路を走る・・・。
奴等が階段を上がる速度はかなり遅いが、少しでも時間を稼ぎたい・・・。
「誠治さん・・・。俺はここまでで良い・・・」
すると、慶次が言い、俺の肩から離れる・・・。
「何してんだよ!早く行くぞ!」
「兄貴!?どうして止まるんだよ!!?」
俺と隆二は慶次に叫んだ。
「俺はどのみち助からない・・・。俺が囮になるから、早く行ってくれ・・・!」
慶次の目には迷いがない・・・。
「待てよ慶次!お前、渚さんと寄りを戻したいんだろ!?まだ何もしてないじゃないか!!?一緒に帰ろう!!」
「俺が一緒に行けば、迷惑を掛ける・・・。それに、あんな姿になった俺を・・・渚には見せたくないんだ・・・。だから、行ってくれ・・・!」
慶次は俺の言葉を聞いても考えを変えてはくれない。
「兄貴!嫌だよ!!俺のせいで・・・。俺のせいで兄貴が死ぬなんて!!!」
隆二は慶次にすがりつき、泣いている・・・。
「隆二・・・お前のせいじゃない・・・!俺がお前を守りたかったんだ!お前に生きて欲しかったんだ!だから、気にするな・・・!お前は生きてくれ・・・!由紀子も待ってるだろ、幸せにしてやれよ?」
慶次は、優しく隆二に声を掛けた・・・。
「誠治さん・・・。隆二を頼む・・・。最後にあんたに頼みがある・・・!隆二を生きて帰らせてやってくれ!それと・・・あんたが、悠介達に向けてやってる愛情を渚達にも分けてやってくれないか・・・?家族として接してやって欲しい!守ってやって欲しい!!頼む!!!」
慶次は涙を流し懇願する・・・。
「・・・解った。約束は必ず果たす・・・。それに、渚さん達やお前は、俺の立派な家族だよ・・・!頼まれなくたってそのつもりだ!!」
慶次の目を見て誓った・・・。
俺は慶次に持っていた拳銃を渡し、隆二の手を引いて走り出した。
「ありがとう・・・。やっぱりあんたは頼りになるよ・・・」
慶次が呟く声が聞こえる・・・。
俺が振り返ると、彼は笑っていた。
「誠治さん!離してくれ!!このままじゃ兄貴が!!」
俺は黙って隆二を引っ張る・・・。
「なんで黙ってんだよ!兄貴を見殺しにする気かよ!?」
バキッ!!
俺は隆二を殴り倒した・・・。
「何しやがる!!」
殴られた隆二が、俺の胸ぐらを掴む。
「お前・・・状況が解ってるか・・・?なんで慶次があの場に残ったか解るか?お前を生かすためだよ!お前に生きて欲しいって言ってただろうが!由紀子を幸せにしてやれって言ってたのを聞いてたんじゃないのか!?兄貴を死なせてしまう事に責任を感じるなら、お前は生きて償え!!兄貴の言った言葉を守って生きろ!!!」
隆二は俺の言葉を聞いて、俺を放して項垂れた・・・。
「慶次は言ってただろ?お前の責任じゃないって・・・。俺や慶次は、お前を引きずってでも止めとくべきだったんだ・・・。だから、責任があるって言うなら、俺にもあるよ・・・。だから、俺は慶次の頼みを守りたい・・・!お前を生かし、連れ帰る・・・。そして、渚さん達を守る。それが慶次に対する、俺なりの罪滅ぼしだ・・・」
「わかりました・・・行きましょう・・・」
隆二は頷き走り出し、俺の後を着いてくる。
ガァァァン!
上の階で銃声が響いた・・・。
「ありがとう・・・さよなら、慶次・・・」
俺は走る速度を緩めず、警察署を出て、バックパックを車の後部座席に放り投げ、運転席に乗り込んだ。
隆二は助手席に乗せた。
俺は今日、大事な家族であり友であった男を失った・・・。
昨日あれだけ楽しく話をしていたのが夢の中の出来事のように思える。
俺は大きなため息をつき、車を走らせた。
重苦しい雰囲気の車内には、隆二のすすり泣く声だけが響いていた・・・。




