第41話 夏帆の夢
俺はその夜夢を見た・・・。
天井も壁も床も無い、ただ真っ白な空間だった・・・。
光で満たされている訳ではない。
下を向くと、自分の身体ははっきりと見える。
俺は自分の身体が見えるのを確認し、前を見た・・・先程までは誰も居なかったのに、そこには1人の女性が立っていた・・・。
黒く長い美しい髪を持った細身の女性だ。
「夏帆・・・」
俺の前に立っているのは、夏帆だった・・・。
彼女は、死んだ時と同じ様に微笑み、俺の事を見つめている・・・。
彼女の着ている服は、別れの際に俺が着替えさせたものだ。
だが、目の前にいる彼女は、あの痛々しかった喉の傷が綺麗になくなっている。
「夏帆・・・ごめんな・・・君を愛し続けるとか言ってたのに、他の女性の事も、君と同じくらい好きになってしまった・・・。軽蔑するよな・・・?」
俺は彼女に呟いた・・・。
彼女は困ったような顔をしている。
だが何も言ってこない・・・ただ、俺の話を聞いている。
正直、罵られた方が良かった・・・。
「それに、人も殺したんだ・・・。しかも5人だ・・・。君からは優しい人って言われてたのに、そいつらを殺す時、何も感じなかったんだ・・・。でも、その子は、それでも良いって言ってくれた・・・好きだって言ってくれた・・・一緒に背負って生きてくれると言ってくれたんだ・・・!」
やはり、彼女は何も言ってこない・・・だが、今はまた微笑んでいる・・・。
俺は、しばらく沈黙して彼女を眺めた。
すると、周囲の明るさが増し、彼女の姿が霞み始めた。
目が覚めてしまうのかもしれない。
「もう目が覚めるみたいだ・・・。まだ沢山聞いて欲しい事があるけど、今日は無理みたいだ・・・。久しぶりに君を見れて嬉しかったよ。次はいつ会えるかわからないけど、また今度会う時は、君の声を聞かせてくれないか?」
俺が言い終わると、その空間が眩い光に包まれた。
『貴方を好きになってくれた女の子を、大切にしてあげてね』
夏帆の声が聞こえた気がした・・・。
俺はベッドの上で飛び起きた。
頰が濡れている。
泣いていたようだ・・・。
「夏帆・・・」
俺がそう呟くと、右手に柔らかく、暖かい感触があるのに気付いた。
右を見ると、生まれたままの姿の美希が寝ている。
昨夜、俺は互いを求めるように美希を抱いた。
その直後に夏帆の夢を見た・・・罪悪感が半端無い・・・。
「んっ・・・。誠治さん、おはようございます・・・」
俺が頭を抱えていると、美希が起きて挨拶をしてきた。
美希は、自分の姿を見て、居住まいを正している。
「あの・・・昨夜はありがとうございました・・・。私の我儘を聞いてくれて、嬉しかったです・・・」
美希は顔を赤らめながら言ってきた。
「いや、俺も嬉しかったよ・・・。俺を受け入れてくれてありがとう」
俺は美希にお礼を言い、彼女の髪を撫でた。
「そう言えば、寝ている時に、夏帆さんの夢を見ました・・・。夏帆さんは何も喋らなかったけど、私の話をずっと笑顔で聞いてくれました・・・。最後、私の目が覚める直前に、一言だけ『誠治さんを支えてあげてね』って言って消えてしまいました・・・。夏帆さんの家で見た、アルバムから抜け出して来たような優しい人でした・・・」
同じタイミングで夏帆の夢を見た・・・偶然だろうか・・・。
もしかすると、俺と美希の事を認めてくれたのかもしれない・・・そう思うのは、あまりにも都合の良い話だろうか?
「そうか、彼女は笑顔だったか・・・。そう言えば、挨拶を返してなかったね・・・美希ちゃん、おはよう」
俺は、改めて朝の挨拶をした。
だが、美希は不機嫌そうにしている・・・。
(何か気に障る事でもしたか?)
「美希・・・。美希ちゃんじゃなくて、私の事も呼び捨てにしてください!ずっと思ってたんですけど、兄さんだけ呼び捨てなのはズルいです!」
「美希・・・おはよう」
俺は、彼女の剣幕に狼狽し、改めて言った。
すると、美希は満足そうに笑い、キスをしてきてくれた。
俺は、美希を抱き寄せ、しばしお互いの温もりを確かめあった・・・。
「誠治さん・・・台無しです・・・」
すると、美希が俺の下腹部を見て、ジト目で言ってきた・・・。
俺の下腹部がおはようと言っている・・・。
「すまない・・・これは男である証なんだ・・・。朝は、男は無意識にこうなるんだ・・・!」
俺が言い訳をすると、美希は小さく笑って俺の耳元で囁いてきた・・・。
「誠治さんがしたいなら、私は構いませんよ・・・?」
彼女の甘い囁きに、俺の理性は見事に吹っ飛んだ・・・。
俺はそのまま彼女を押し倒し、再度彼女を抱いた。
外はまだ暗い。
ここを出るまではまだだいぶ時間がある。
俺は、美希との情事の後、服を着て軽めの朝食を済ませた。
時計は8時半を過ぎている。
「さて、そろそろ行こうか・・・」
俺は外を確認し、階段のバリケードを静かに取り払い、美希に言った。
彼女は無言で頷き、俺の後に続いた。
「美希、ここで待っててくれ・・・車を取ってくる。この階段に居れば安全だから、動かないでくれ」
そう彼女に指示し、車を取りに行った。
「お待たせ、車は無事だったよ!」
俺は車を取って彼女の元に戻り、周囲を警戒しながら彼女が降りてくるのを待った。
「ここからどうやって戻りますか?」
「まず、このまま住宅地を抜けて農道に出る。そして、中心部を迂回しながら詰所に戻ろう・・・。順調に行けば、2時間位で着くはずだ」
昼前には詰所に着かないとマズい。
昨日、渚達に昼過ぎまでに戻らなければ、探しに来てくれと言ってしまった。
彼女達が帰り着いて皆んなにその事を伝えていた場合、俺達が帰るのが遅くなってしまえば、彼等が捜索に出てしまう。
そしたら、奴等の集団に囲まれてしまう可能性が高い・・・。
「渚さん達が向こうを出る前に帰り着く必要がある・・・。少しスピードを出すけど、事故には気をつけるよ」
「わかりました・・・早く戻って安心させてあげましょう!」
美希の言葉を聞き、俺はアクセルを踏み込んだ。
10時過ぎ、俺と美希は詰所の前に着いた。
車庫のシャッターは閉まっていて、中に車があるかは判らない・・・。
ガン! ガン! ガン!
「誰か居るか!?誠治だ!!」
俺はシャッターを叩き、中に向かって叫んだ。
「誠治さん!?今開けます!!」
悠介の声だ。
俺達を待ってくれていたようだ。
「美希!誠治さん!無事で良かった・・。!!」
悠介は涙を浮かべて抱きついてきた。
車庫には、渚達のSUVもある。
無事に帰り着いていたようだ。
「誠治さん!無事に戻ったか!!?」
渚達が2階から走って降りて来た。
心配で眠れなかったのか、目の下にクマが出来ている。
渚達の後ろに千枝の姿が見える。
目が赤い・・・泣いていたのだろう。
「千枝ちゃん、心配掛けてごめんな・・・」
「千枝、ごめんね・・・会いたかったよ・・・!」
千枝は、俺と美希に走り寄り、抱きついてきた。
「お姉ちゃんとおじちゃんのバカ・・・!心配だったんだから・・・!」
俺と美希は、泣きじゃくる千枝を抱きしめ、何度も謝った。
「皆んなにも迷惑を掛けてすまなかった・・・。待っていてくれてありがとう!」
俺は、千枝を慰めながら、皆んなに謝罪した。
「こうして無事に戻って来てくれたんだ・・・だから、謝らないでくれ!」
「俺達は昨夜帰り着いたんですが・・・誠治さん達が帰って来てなくて心配したんですよ?」
渚と隆二が俺の肩を叩いて鼻をすする。
慶次と由紀子も、2人の後ろで、安心したように笑っている。
「誠治さん・・・美希を・・・妹を無事に連れて帰ってくれて、ありがとうございます・・・!」
最後に悠介がお礼を言って来た。
「いや、俺の方こそ美希を危険な目に合わせてしまってすまない・・・。今後は気をつけるよ・・・」
俺は、涙を流す悠介に頭を下げて謝った。
「お姉ちゃん、おじちゃん・・・お帰りなさい・・・!」
千枝が、涙で濡れた顔ではにかんだ笑顔をつくり、俺と美希を迎えてくれた・・・。
「あぁ、ただいま!」
俺と美希は皆んなに言い、詰所の中に入った。
帰る場所と、迎えてくれる人が居るのは幸せな事だとしみじみと思った。




