第39話 逃避行
俺は今、焦りながら車を走らせている・・・。
奴等の集団に出くわしてしまい、奴等を撒くために中心部の道路を車で走り回っているのだ・・・。
「くそっ・・・! こっちの道も駄目か!!」
奴等の集団に出くわしてから、すでに30分は経っているが、まだ中心部を抜けられてはいない・・・。
渚達は無事に逃げられたのだろうか・・・?
「何だってこんなに多いんだ!!?」
俺が群がる奴等を避けながら車を走らせていると、大型商業施設が目に入った・・・。
「そうか・・・ここは落ちたのか・・・」
目の前の大型商業施設は、陥落していた・・・。
バリケードは無残に破壊され、駐車場や店舗の入り口には多くの奴等がひしめいている・・・。
大型商業施設が落ちた事で、そこに集中していた奴等が分散したのだ。
「このままだと、ここもヤバいな・・・」
中心部に居続けるのは危険だが、詰所に戻ろうにも、来た道には奴等が多過ぎる・・・。
(ここは思い切って、詰所とは反対方向に中心部を突っ切り、今日は安全な場所を探して隠れるか・・・)
「誠治さん・・・渚さん達は大丈夫かな・・・?」
俺が思案していると、美希が虚ろな表情で問いかけて来た・・・。
こんな状況でも仲間の心配をしている・・・本当に優しい子だ・・・。
この子だけは死なせてはいけない。
俺はそう思い、震える美希を励まし続ける。
「彼等なら大丈夫だろう・・・渚さんには銃も持たせてるし、彼等の車は馬力もトルクもある」
渚達の車は大きめのSUVだ。
燃費はあまり良くないが、走破性に優れた車だ・・・多少奴等が多くても、あの車なら大丈夫だろう。
集団に挑むのは無理だが、ある程度の数なら弾き飛ばせる。
「美希ちゃん、聞いてくれ・・・このままだとかなりマズイのは確実だが、詰所に戻ろうにも、向こうの通りには奴等が集中している・・・。 だから、ここは敢えて中心部をこのまま突っ切り、反対側の住宅地に行こうと思う。 今日はそこで安全な場所を探して隠れよう!」
俺は美希に提案した・・・。
美希は力なく頷いたが、俺の提案を聞いてくれた。
賭けではあるが、このまま奴等に囲まれて死ぬよりはマシだ。
俺は美希を気遣いながら車を走らせた。
「ここは・・・倉庫街か?」
俺は必死に車を走らせていたが、街並みが変わった事に気が付き、少しだけスピードを落とした。
奴等の数は先程よりはかなり少ない・・・。
だが、安心出来る数ではない。
空は暗くなって来ている。
もう少ししたら、完全に陽が落ちて夜になってしまうだろう。
「美希ちゃん、中心部は抜けたけど、まだ安心は出来ない・・・もう少し進んで、奴等が少ない場所で休める所を探そう!」
美希も街並みが変わった事に気付き、周囲を見渡している。
「安全な場所・・・ありますかね・・・?」
「必ず見つけてみせるよ!だから、俺を信じてくれ!」
俺は、涙を浮かべて聞いてきた美希を励まし、周囲をくまなく確認した。
「だいぶ少なくなってきたな・・・この辺りなら大丈夫そうだ・・・」
今俺達が居るのは、住宅地に近い場所にある倉庫の一画だ。
倉庫の壁を見ていると、一ヶ所だけ階段が付いているのが見えた。
俺は、周囲に奴等がいない事を確認し、車を停めた。
「美希ちゃん、少しだけここで待っててくれ・・・あの階段の先を確認してくる。 周りには奴等はいないみたいだから、安心して待っててくれ」
俺は不安そうな美希に伝え、周囲を確認見回しながら、倉庫の階段を上って室内の安全を確認した。
「ここは・・・倉庫の警備員の待機室か?」
室内には、机とベッドがあった。
中に奴等はいないようだ・・・。
「ここなら大丈夫かな?」
俺は待機室の入り口から下を見る。
ここに上がるための階段は、かなり勾配がキツくて狭い。
奴等は足があまり上がらないから、この階段を歩いて上ることは不可能だろう・・・もし這ってきたとしても、室内の机などで階段にバリケードを造っておけば大丈夫だ。
這ったままではたいして力は出ない。
奴等は掴む力は強いが、這ったまま殴ってバリケードを破壊できる程の力は出ないだろう。
「美希ちゃん、あの上なら大丈夫そうだよ!あの階段なら、奴等も上がっては来れないし、中心部からはかなり離れてるから、奴等は明日の朝までにここまでは来れない!」
俺は急いで車に戻り、美希に待機室が安全である事を伝えた。
彼女は、安堵の表情を浮かべ、微笑んだ。
「良かった・・・誠治さんはいつも約束を守ってくれますね・・・ありがとうございます」
「お礼を言うのはまだ早いよ・・・それは、明日無事に帰り着いてから言ってくれ」
俺は、おどけた表情で美希に笑いかけて言った。
「取り敢えず、俺は念の為に車を物陰に隠してから上に行く。 美希ちゃんは、先に階段の上に行って待っててくれないか? 部屋には奴等はいなかったけど、俺が行くまで部屋には入らないでくれ・・・何があるかわからないからね!」
美希に告げ、俺はすぐに車を隠して、バックパックをトランクから出し、背中に担いで階段に行った。
「じゃあ、入ろうか・・・」
俺は美希を背後に守りながら室内に入った。
俺達は、再度室内が安全である事を確認し、階段にバリケードを造ってから中でひと息ついた。
「美希ちゃん、すまなかった・・・まさか、帰りにあれだけの数の奴等に出くわすなんて・・・俺が付いてきてくれって言ったせいで、危険なめにあわせてしまった・・・」
俺は美希に謝った・・・下手をすると、美希を死なせていたかもしれないのだ・・・。
「そんな! 誠治さんのせいじゃ無いですよ!元々私から行きたいって言った事ですから・・・それに、誠治さんは約束を守ってくれました・・・安全な場所を見つけてくれたし、震える私をずっと励まして、守ってくれました・・・。だから、誠治さんは悪くありません!」
美希は優しく、強い。
あの状況でも泣き喚く事無く、渚達の心配をしていた。
(悠介との約束を抜きにしても、美希は魅力的だ・・・。普通なら、こんな子が好きでいてくれるなら嬉しいし、告白されたら二つ返事でOKするだろう・・・だが、俺はまだ夏帆の事を愛しているし、人殺しだ・・・人並みの幸せなんて望んじゃいけないよな・・・)
俺を庇ってくれる美希を見ながらそう思った。
くぅぅぅぅ・・・。
室内に、可愛い音が響いた。
「安心したら、お腹が空いちゃいました・・・」
美希は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「そうだね、今用意するよ!」
俺は美希にそう言って、バックパックからカップ麺と水を2づつ取り出し、美希にカップ麺を一つ渡した。
美希の嬉しそうな笑顔が眩しい。
「流石誠治さん! 用意周到ですね!」
「備えあれば憂いなしって言うしね!」
俺は、待機室にあったケトルに水を入れ、スイッチを入れて美希に言った。
俺と美希は、ケトルで沸かしたお湯をカップ麺に注ぎ、出来上がるのを待った。
「3分間待ってやる!」
「ぶっ・・・! けほっ!けほっ!」
俺がカップ麺にお湯を注ぎ終え、蓋を閉めて某アニメのキャラクターの台詞を言うと、余った水を飲んでいた美希が吹き出してむせた。
「誠治さん・・・水を飲んでいる時にそれは卑怯です・ ・・!」
「ごめんよ・・・場の空気を和ませようと・・・」
俺は、ジト目で睨んできた美希に謝った。
「場の空気を和ませるって・・・誠治さん、気を遣いすぎですよ!私はもう大丈夫です・・・貴方が一緒に居てくれるだけで安心出来ますから・・・」
美希は微笑んでいる。
ピピッ ピピッ ピピッ
「あっ!出来上がりましたね!」
美希が時計のアラームに歓喜して、カップ麺の蓋を開けた。
さっきまでの雰囲気が台無しだ・・・。
「まぁ、食べようか・・・」
俺は肩を落とし、美希と2人でカップ麺を啜った。




