第35話 意外な職業
俺達は夕食を済ませ、それぞれ親睦を深めようとお互いのことを話し合っていた。
「井沢さんは、こんな状況になる前は何の仕事をしてたんだ?」
俺が、膝の上で楽しそうにしている千枝の相手をしていると、渚が話しかけてきた。
「俺のことは誠治で良いよ。 こうなる前は、普通の会社員だったよ」
「では、私のことは渚と呼んでくれて構わない。 そうか・・・何と言うか、戦い方や割り切り方が様になっている感じだったので、そう言う仕事をしてたのかと思ったんだが・・・」
「まぁ、状況が変わったのなら、それに対応しないと生き残れないからね・・・特に今の状況は・・・。 渚さんは何の仕事をしてたんだ?」
俺は渚に聞いてみた。
正直、この人は予想できない・・・。
「えーっと・・・私はその・・・」
どうも歯切れが悪い。
「渚さんは、この前までは家事手伝いだったんですよ!」
渚の代わりに隆二が答えた・・・。
「え・・・?」
俺は隆二の言葉に驚愕した・・・。
キャリアウーマンとか、お堅い仕事とかならわかるが・・・まさかの無職・・・。
隆二の発言に悠介と美希も驚いている。
「隆二! その言い方はやめてくれ! 私だってちゃんと次の仕事を探してたんだ!!」
バキッ!!
渚は慌てて隆二を黙らせた。
力技だ・・・滅茶苦茶痛そうだ・・・。
「その・・・前の職場は、上司を殴って辞めたんだ・・・。 私は口より先に手が出てしまう性分でな・・・前の職場で、上司からセクハラを受けて、殴り倒した・・・。 ずっと我慢はしてきたんだが、あまりにもしつこくてな・・・」
渚は俯いている・・・耳まで真っ赤だ。
無職と言うのが恥ずかしいのだろう。
「それは・・・いくら上司が悪くても居られないな・・・。 それで、その前の職場ってのはどんな仕事だったんだ? 俺の渚さんのイメージとしては、何かお堅い仕事って感じがするんだが?」
「それは・・・正直、誠治さんは聞きたくない仕事だと思う・・・」
俺の質問に渚は口ごもる。
隆二と由紀子もどうしようかと顔を見合わせている。
慶次は相変わらず殆ど喋らないが、やれやれという顔をしている。
「まぁ、聞いてみない限りわからないからな・・・。 教えてくれ」
まぁ、正直興味本位だから、聞いても聞かなくても良いんだが。
「わかった・・・」
渚は渋々了承してくれた・・・。
「私の以前の職業は・・・警察だ・・・」
ブッ!!?
俺はあまりの衝撃に、飲んでいたお茶を吹き出してむせた・・・。
「うわっ!? 汚いっすよ誠治さん!!」
悠介にかかってしまった・・・。
(悠介、ごめんよ・・・)
美希は複雑な表情をしている・・・。
それはそうだ・・・なんたって、俺は人を殺している・・・。
しかも、渚の目の前で殺したのだ。
「それは・・・確かに、俺にとっては優しくない職業だな・・・」
俺は、焦りながらも言葉を絞り出した・・・。
「そうだろ・・・? だが、安心してくれ! 私はすでに警察ではないし、貴方の人柄も知ったし、何よりこんな状況だ、私は正当防衛だと思っている!! だから・・・あまり気にしないでくれ・・・」
渚は、ショックを受けた俺にフォローをしてくれたが、その言葉は、徐々に尻すぼみになっていった。
「まぁ、あまり気にしなくて良いんじゃないですか? こんな状況だし、誠治さんみたいな人は他にもいますよ!」
「そうだな・・・確かに、あんたは人を殺した・・・だが、俺達が助けられたのは紛れも無い事実だ・・・。 あんたがいなければ、俺達もそっちの兄妹もここには居なかっただろう・・・だから、気にするな」
俺を励ました悠介の言葉に、慶次が同意して言ってくれた。
「そう言って貰えると助かるよ・・・ありがとう」
俺は2人に礼を言った。
「おじちゃん・・・眠い・・・」
俺が彼等と話していると、千枝が目をしぱしぱさせながら訴えてきた。
相変わらず可愛い仕草だ・・・。
「そうか・・・なら、隣の仮眠室で寝るか?」
俺は千枝の頭を撫でて言った。
千枝は気持ち良さそうにしている。
「美希ちゃん、悪いけど千枝ちゃんをお願い出来るかな? 俺はこの後見張りをするからさ・・・。 なんなら、美希ちゃんもそのまま休んで良いよ!」
「わかりました! 誠治さんもあまり無理しないでくださいね・・・」
俺は、膝の上で眠そうにしていた千枝を抱き上げて美希に預けた。
「誠治さんは、千枝ちゃんにかなり慕われているな・・・」
渚は優しい目で千枝を眺めながら言ってきた。
「誠治さんは、あの子の父親に雰囲気が似てるんですよ・・・」
俺の代わりに悠介が答えた。
「あの子の・・・という事は、悠介君と美希さんは、千枝ちゃんと血が繋がっていないのか?」
「えぇ・・・千枝は、俺と美希の母の再婚相手の連れ子だったんです・・・」
「そうか・・・それは悪い事を聞いてしまったな・・・すまない!」
渚は、悠介の説明を聞いて深々と頭を下げて謝った。
「いや、謝らなくて良いですよ! 千枝の父親は良い人でしたし、俺達の事もしっかり面倒をみてくれました! 千枝もすぐに俺達に懐いてくれたし、ちゃんとした家族でしたから・・・!!ただ、3年前にその人は事故で亡くなって・・・誠治さんは、亡くなった千枝の父親に似てるんですよ・・・。優しい所とか、俺達の事をしっかりと見て、助けてくれる所とか・・・だから、兄としてはちょっとだけ悔しいですけど、千枝はいつも誠治さんにべったりですよ・・・」
悠介は語り終わり、最後にははにかんだ笑顔で俺を見てきた。
悠介は俺を信頼してくれている・・・本当にありがたい事だ。
「悠介君と美希さんも、誠治さんの事を信頼しているんだな・・・誠治さん、良い仲間を持ちましたね・・・!」
「あぁ・・・彼等は、人を殺した俺にを怖がらず、本当に良くしてくれる・・・とても感謝しているよ・・・。 だからこそ、彼等を無事に九州に連れて行ってやりたい・・・。 もちろん、君達もだ」
「ありがとう・・・私達も全力で彼等を守る・・・! 家族というものは良いものだからな・・・」
渚達も信頼出来る仲間だ・・・。
俺は、彼等の事も家族として守って行こう・・・。
(夏帆・・・また良い仲間を迎えられたよ・・・ここに君が居ないのは寂しいけど、俺は頑張って彼等と生き残るよ・・・)
彼等と共にお互いを支え合い、力を合わせて九州に行こう。
俺はそう心の中で夏帆に誓った。




