第32話 人の中に潜む悪魔
しばらくの沈黙の後、渚はゆっくりと、暗い表情でこの町の秘密を語り出した。
「この町には、小・中・高の学校の体育館の他に、町の運営している体育館がある・・・。 騒動があった日、すぐにその4箇所が避難場所に指定された・・・。 災害時の避難場所にもなっていて、非常用の食料も備蓄されていたから、町で生き残った人達は、皆んなその4箇所に逃げ込んだんだ・・・。 だが、町のいたるところに奴等がいて、早くに避難した人達は、逃げ遅れた人達を見捨て、締め出し、体育館に鍵を掛けて立て籠もったんだ・・・私達は、その締め出された一部の生き残りだよ・・・」
俺と悠介、美希は言葉を失った・・・。
渚達は俯いている・・・。
「締め出された私達は、絶望して散り散りに逃げたが、お年寄りや子供達は逃げ遅れ、奴等の餌食になっていったんだ・・・町のあらゆる場所が地獄になっていたよ・・・バラバラに喰い散らされた死体が、道のあちこちに転がっていて、隙あらば喰い殺そうと奴等が襲ってきた・・・逃げている最中に、私の両親は奴等に殺された・・・」
渚の肩が震えている・・・見捨てられた悲しみか、見捨てた者達への怒りか、俺の位置からは表情を窺い知れない・・・。
言葉を出せない俺達を無視し、渚は話を続ける・・・。
「両親を喰い殺されて、私は1人泣きながら逃げたよ・・・助けを求められたのに、何も出来なかった・・・。 私は情け無い自分と、私達を見捨てた者達への怒りで気が狂いそうになったよ・・・そんな中、今私の後ろにいる隆二と、その彼女の由紀子、そして、ここには居ないが隆二の兄の慶次と会ったんだ・・・隆二達も逃げ遅れて締め出されたって聞いて、私達を見捨てた者達へ復讐しようと話し合って、道具や武器を集めて一昨日体育館に行ったんだ・・・そしたら、体育館の扉には鎖が巻き付けてあった・・・。 カーテンの隙間から中を確認したら、奴等で溢れかえっていたんだ・・・。 奴等に噛まれた人が居たらしく、そこから爆発的に拡がって、中で異変に気付いた者達は、他の人達を見捨て、外に出て鎖を掛けたんだ・・・」
人間、追い込まれれば本性が出ると言うが、そこまでのクズはそういないだろう・・・。
「ざまぁ見ろと思ったよ・・・出来れば、私の手で恨みを晴らしたかったけど、奴等に喰われて死んだんだ・・・地獄の苦しみを味わって死んだんだ・・・でも、自分で復讐出来なかったからか、やり場の無い怒りだけが残って、虚しくなった・・・。 そして、隆二達と町を離れるかどうか、今後について話し合ってた矢先、貴方達を見つけたんだ・・・この町以外の状況を知ってる人達が来た・・・それで、話を聞きたくてお邪魔したんだ・・・」
渚は語り終わり、大きな溜息をもらした・・・。
「そんな事が・・・辛い事を聞いてしまった・・・。 俺の悪い癖だ・・・すまなかった!」
俺は渚達に頭を下げて謝った。
悠介は唇を噛み締め、美希は後ろで涙を流している。
「いや、何でも聞いてくれと言ったのは私達だしな・・・それに、貴方達だって大切な人を亡くしてるんじゃないのか?」
「あぁ・・・彼等は母親を、俺は恋人を亡くした・・・」
俺はちらりと由紀子の方を見て言った・・・。
「そうか・・・お互い大変な思いをしたんだ・・・気にしないでおこう」
俺達の反応を見た渚は、力なく笑いながら言った。
「そうだな・・・今度は俺が答える番だ。 俺の知っている事なら何でも答えるよ」
「頼む・・・まずは、貴方達の居た街について聞きたい・・・」
渚の質問が始まった。
「俺達は、ここから北に2時間位の市内の方から来たんだ・・・向こうは人が多いせいもあって、犠牲者はかなりの数だったけど、生き延びた人達は大型商業施設や学校に立て籠もっていたよ・・・。 だけど、人の居るところに奴等は集まる・・・そういった場所の周辺は奴等で埋め尽くされてたよ・・・そのおかげか、住宅地なんかには奴等は少なかった」
「この町の通りより少なかったのか? なら、何でこの町まできたんだ? 奴等が少ないなら、わざわざ危険を冒す必要は無いだろう?」
渚の疑問はもっともだ。
「大型商業施設とかが何時まで持ち堪えるかわから無いからな・・・相当な数の奴等がいた・・・そう長くはないと思う・・・。 もし、そこが奴等の手に落ちたら、街中に奴等が溢れかえる・・・そうなる前に逃げてきたんだ」
渚に思った事を伝える。
「確かに、そうなってからでは逃げられなくなるか・・・すまない、話の腰を折った・・・」
「いや、構わないよ」
「そちらも地獄になってたんだな・・・なら、探しても安全な場所は無いと見た方が良いか・・・」
渚が諦めの表情で呟く・・・。
「君達は安全な場所についての情報は調べてないのか?」
「この状況になってから、逃げ回ったり、私達を見捨てた者達への復讐の準備で忙しかったからな・・・恥ずかしながら、その手の情報は皆無だよ・・・調べようと思ったら、既にパソコンも電話も使えなくなっていた・・・」
渚は自嘲気味に呟くと、肩を落とした。
俺の持っているスマホも、この騒動が起こって3日目にはサーバーがダウンし、電話も使えなくなっていた・・・。
「今からする話を信じるかどうかの判断は君達に任せる・・・少なくとも、この騒動が起きて2日目まで安全だった場所がある。 そして、その場所は今でも安全である可能性が高い・・・俺達は、そこを目指しているんだ」
俺は渚達に言った・・・。
彼女の話を聞いて見て、彼女は嘘を言っていない・・・信用出来ると判断した。
「・・・それは、本当か? どこからの情報で、その場所が今でも安全である根拠を聞きたい・・・」
彼女は一応話に乗っては来たが、完全に信じてはいない。
それは当然だ・・・そんな話を鵜呑みにして、無駄足だったのでは意味がない。
「情報の元は俺の母・・・安全な場所とは、俺の実家のある九州と、四国、北海道だ」
「そうか、貴方の母親か・・・息子に嘘の情報を与える意味は無いな・・・。 それで、安全であると言える根拠は?」
「九州・四国・北海道は海で隔たれている・・・。 唯一の陸路は、橋かトンネルだ・・・そこを封鎖するか、墜としてしまえば奴等をふせげる。 それと、自衛隊もその3ヶ所に集まっているらしい。 まず、その3ヶ所の空港や港周辺の守りを固め奴等の侵入経路を絶ち、端から範囲を狭めて奴等を駆逐する作戦を取ると言っていた」
俺は渚に正直に答えた。
「そうか・・・この大規模な騒動に自衛隊が動かないのが不思議だったが、確かにその作戦ならば、守るのは前だけで良いから、後ろの心配は無いだろう・・・だが、残された者達はどうなる・・・今か今かと助けを待っている者達は後回しか!?」
渚は、目に怒りを浮かべて訴える・・・。
「確かに君の言っている事は正しい・・・だが、自衛隊の隊員とて同じ人間だ・・・そして、それを指揮し、動かすのも人なんだ・・・。彼らだって、好きで地獄に行きたいとは思わないだろう」
「確かにそうだな・・・すまない、取り乱した・・・」
渚は自分の訴えの間違いに気付き、怒りをおさめた。
「それで、貴方達は九州を目指しているのか?」
「あぁ、最終目的地は九州だが、距離がありすぎる・・・だから、まずは四国に近い所まで車で行き、そこで船を調達して渡ろうと思っている。 その後は九州への便を探す予定だ」
渚に俺達の今後の計画を話した。
しばしの沈黙の後、渚は後ろにいる隆二と由紀子を見て小さく頷きあい、真っ直ぐ俺の目を見て言ってきた。
「井沢さんだったか・・・重ね重ね迷惑を承知で頼みがある・・・もし良ければ、私達もその旅に同行させて頂けないだろうか・・・?」
渚達は頭を下げて頼んで来た・・・。
今度は、俺が悠介と美希を見る・・・2人は笑顔で頷いた。
2人も、渚は信頼できる人間だと判断したのだろう。
「わかった・・・数日前の情報だし、可能性が高いとは言え、確実では無い・・・それでも良ければ、こちらとしても仲間が増えるのはありがたい・・・。 渚さん、貴女達を信頼できる人達であると、俺の仲間も判断した・・・こちらこそ、よろしく頼む」
渚達は俺の言葉を聞き、笑いあって喜んだ。
「すまない・・・見ず知らずの私達に貴重な情報を与えてくれた上に、同行させて頂けるとは・・・感謝しても仕切れない・・・」
渚は笑顔を浮かべて感謝してくる。
「誠治さんは俺達の時もそうでしたしね・・・基本お人好しと言うかなんと言うか・・・見た目強面なのに」
俺の後ろで悠介がボヤく・・・。
「誠治さんは優しい人です!」
「おじちゃんは優しいから大好き!」
美希と千枝は俺を褒めてくれた。
「美希ちゃん、千枝ちゃん、ありがとうな! だが悠介・・・強面は余計だ・・・お前、簀巻きにして外に放り出すぞ?」
俺は悠介を笑顔で脅した。
渚達はそれを見て笑っている。
「良かったら、隆二君のお兄さんも連れて此処に来たらどうだ? 今後の計画も詳しく話しておきたいし、人が多い方が此処の守りも安心だ」
俺は悠介との茶番を打ち切り、渚達に提案した。
「あぁ、そうさせて貰おうか・・・そちらのご兄妹ともゆっくり話をしてみたいし、一度戻って荷物などをまとめてこよう。 私達が裏切らないと言う証明になるかは判らないが、私達が戻るまで、由紀子をここに置いていこう」
渚は隆二と共に俺達に再度礼を言って戻って行った。
思いがけず新たな仲間を増やすことが出来た・・・この町についての疑問も解決したし、後は準備が出来次第あらたな仲間と共に九州を目指して旅立とう。
由紀子は、悠介達と打ち解けようと話を始めている。
俺は後ろでじゃれ合う仲の良い兄妹と、新たな仲間を見ながらそう思った・・・。




