第43話 1535年 5歳 九島が帰って来たぞ
前回、野馬川の手配で馬が揃った。
次に必要なのは、それを“活かす仕組み”だ。
金が回り、人が集まり、技術が動き出す。
五歳の春、流通と軍備が噛み合い始める。
九島
「若様、ただいま戻りました。
今回――売上三十万貫。粗利、十八万貫です」
……多い。
俺の想定より、明らかに多い。
俺
「よくやった九島。
どうやった?」
褒められた九島は、わかりやすく嬉しそうだ。
九島
「まず堺で、
越乃柿酒、越乃枇杷酒、石けん、蜂蜜、農具四種、越後上布、植物油を売りました。
それから、小西商店さんへ若様のお手紙もお届けしております」
頷く。
九島
「堺で得た資金で、
衣類、紙、蝋燭、綿、藍玉、薬、漆器、雛人形を仕入れました。
下関、浜田、小浜――
港ごとに“次で売れる物”を仕入れ直し、売り切っては次へ。
今回は天候と相場にも恵まれました」
……北前舟か。
こいつ、完全に一人で流通を回している。
俺
「出来るな、本当に」
九島
「それと若様。
商人仲間を十八人連れてきました。
若く、腕のある者だけです。
店も船も任せられます」
俺
「よし。これで仕事が回る」
俺と九島は、自然とにやりと笑った。
こういう瞬間が、一番楽しい。
九島
「さらに――
鍛冶屋を二十五人、堺から手配しました。
うち五人は独身なので、舟で同行させています」
俺
「引き続き探せ。
この国、鍛冶屋はいくらいても足りん」
九島
「それともう一人。
若様の“商品開発”を手伝えそうな男を
連れて来ました。偏屈ですが腕は確かです 」
九島
「名を、新田次郎と申します。」
俺は言う。
俺
「新田。
まずは化粧品を作れ」
新田
「……嫌です」
空気が凍った。
今日、安田がいなくて本当に良かった。
いたら首が飛んでいる。
九島
「わ、若様、申し訳ございません!
この者は――」
俺
「いい。新田」
俺は新田を見る。
俺
「お前は、何を作りたい?」
新田
「武器です。
世界を変える武器を作りたい。
若様が“世界を変える人”だと聞いて来ました。
化粧品は、その……」
俺
「なら話は早い」
俺は一歩踏み出す。
俺
「馬の蹄鉄だ」
新田が目を見開く。
俺
「馬の爪は割れる。
蹄鉄があれば、機動力も耐久も上がる」
俺
「やってほしいのは三つ。
一、蹄の形を分類し、“大枠”を見つけろ。
二、その枠ごとに百、二百の標準型を作れ。
三、現場で微調整できる仕組みを作れ」
俺
「量産できなきゃ意味がない。
簡単だと思ったら、必ず失敗するぞ」
俺
「一か月ごとに報告に来い。
出来なければ、別の仕事を回す」
新田は、呆然としたまま頭を下げた。
新田
「……承知いたしました」
その後、
新しく来た商人十八人、鍛冶屋五人を集める。
俺
「言っておく。
ここでは“一つしか出来ない”奴は儲からない」
俺
「商人なら船も。
鍛冶屋なら複数の製品を。
変化に対応できる者が、生き残る」
俺
「それと牧場を作る。
土地交渉が出来る者はいるか?」
数人が手を挙げた。
俺
「明日、新田と一緒に野馬川の所へ行け。
ついでに新田の面倒も見てやれ」
九島に向き直る。
俺
「春には蝦夷地だ。
準備を進めろ」
皆が下がった後、九島と二人になる。
話は自然と蝦夷地に行き着いた。
――蝦夷地さえ押さえれば、
堺、明、高麗、南蛮、すべてと繋がる。
俺
「九島。
お前の兄弟が蝦夷地で頑張ってくれている。
本当に感謝している」
九島
「……恐れ入ります」
安田は、きっと付いて来ると言うだろう。
だが今回は無理だ。
船酔いで死ぬ。
どう説得するか――
それが次の課題だな。
流通が回れば、国は強くなる。
だが、それを支えるのは結局「人」だ。
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