第36話 1535年 5歳 よし、柿崎景家に会いに行くぞ
前回、龍義は越後の農村を見て“農具改革”に乗り出し、備中鍬から唐箕まで四種の農具を作り上げた。
そして今回は、いよいよ上杉家を支える武将たち——四天王との関係を深める時が来る。
転生前、父から何度も聞かされてきた。
――上杉四天王。
柿崎景家(二十一)、甘粕景持(二十七)、直江景綱(十六)、宇佐美定満(四十七)。
面識はある。だが、信頼関係と呼べるほどではない。
会いに行く理由は三つ。
一つ、四天王と信頼関係を築くこと。
二つ、武芸大会の告知。
三つ、新しい農具や越乃柿酒、枇杷酒、石けんを米と交換すること。
これから俺は、募兵によって五千人の軍団を作る。
給金は――米だ。
この時代、貨幣はまだ弱い。米の方が、誰にとっても確実だった。
まずは柿崎景家のいる猿毛城へ。
供は安田、風馬、水斗、真田、それに荷物持ち数名。
城では、柿崎景家が兵の訓練をしていた。
「若様、ご無沙汰しております。さ、こちらへ」
通された部屋に入るなり、柿崎は食い気味に聞いてきた。
「新しい弓や槍、盾を作られたと聞きましたが……本当ですか」
「本当だ」
俺は簡単にだけ説明する。
・半弓
・長弓
・片手十字槍
・鋼の盾
その瞬間、柿崎の目が完全に少年のそれになった。
「……ぜひ、見せていただきたい」
やっぱり武器オタクだ、この人。
水斗に合図を送り、すぐに五組を持って来させた。
まずは半弓。
柿崎が弓の形を見て、首を傾げる。
「……短い、ですね」
撃ち方を教える。
リリーサーを手首に装着し、照準の取り方だけ簡単に伝える。
「いつもの位置から、十五歩下がってください」
「これ以上は……」
「そこまででいいです」
柿崎が弦を引き絞った瞬間、少し驚いた顔をした。
「……軽いぞ?」
次の瞬間。
――シュッ。
「……届いた?」
ざわ、と周囲がどよめく。
しかも、いつもより遠い。
「もう一度いいですか」
二射目も、正確に的へ。
「これは……」
次は長弓。
「ここでは距離が足りませんが、引くだけでも」
「……いや、撃ちたいです」
「しょうがない」
――ドン。
矢は的に、ほぼめり込んだ。
柿崎、完全に言葉を失う。
続いて片手槍と盾。
柿崎に十字槍と盾。
家臣二人に刀型の竹刀。
「一人を盾で防ぎ、もう一人を突け」
開始。
――バシン、ゴン、スパッ。
前に風馬たちとやった時と同じ展開で、柿崎が難なく勝利した。
「……戦が、変わります」
興奮が止まらない柿崎をいったん部屋に戻す。
「この部隊で、まず五千人を作る。
柿崎殿には、軍監として見てほしい」
「謹んでお受けします。
……その代わり、この弓と槍と盾、五組ほど」
――来たな。
俺を試している。
「城外に持ち出さないこと。
信頼できる者以外、触れさせないこと。
その条件でなら」
「感謝します」
信頼関係、ひとつ目クリア。
次は農具だ。
「では次に、こちらを」
備中鍬、千歯扱き、唐箕、唐棹。
使い方を実演する。
農具に詳しい家臣の目がキラキラしていく。
「……これは凄い」
「作業が半分になりますぞ!」
一方。
柿崎景家――完全に無言。
テンション、激下がりだ。
(……ダメだ、完全に外した)
部屋に戻り、本来の目的を告げる。
「これらの農具と、越乃柿酒、石けん、蜂蜜を米と交換してほしい」
「構いません。細かい話は、この者と」
――キラキラしていた家臣に丸投げ。
柿崎本人は、もう武器のことしか見ていない。
だが、まだ切り札がある。
「甲斐で、石を投げて戦う戦法は?」
「知っています」
「その石、三倍飛んだら?」
――柿崎の目が、再点火。
俺は、一メートルほどの長さの爪付きシャモジを取り出した。
水斗を呼ぶ。
まず普通に石を投げる。
次にシャモジで――
――ビュンッ!
飛距離、まるで別物。
「……やらせてください」
最初は失敗。
スッポ抜け、暴投。
だが数投で、完全にコツを掴んだ。
そこからは――
止まらない。
延々と投げ続ける柿崎。
いつも投げたい高校球児か
「……俺たちは、そろそろ帰るぞ」
「はっ!」
ようやく我に返る柿崎。
「噂通り、若様は……いや、噂以上です。
柿崎家は、若様について行きます」
俺はその手を取り、静かに言った。
「俺は若輩者だ。
だから、皆の力が必要だ。
柿崎、力を貸してくれるか」
「命に代えましても」
「――これから一生、よろしく頼む」
こうして、当初の目的はすべて果たした。
帰り道、反省会。
「国人衆は、どんなに凄い農具でも、価値が分からない」
結論。
各村で実演して、直接米と交換する方式に変更。
……また人材が必要だな。
今度、春日山商店で聞いてみるか。
ようやく四天王との関係構築がスタート。
武器に燃え、農具で沈み、石投げで再点火する柿崎——いいキャラしてますね。
龍義の改革は、こうして一歩ずつ地盤を固めていきます。
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