第29話 1535年 5歳 長男は堺へ。そして兄妹は蝦夷地へ行くぞ
西洋帆船を得た龍義は、ついに海へと打って出る。
堺への航路、そして蝦夷地開拓――。
小さな兄妹達の旅が、やがて天下を揺るがす。
次に俺は、八坂に会わせたい人物がいると言って九島弥太郎を紹介した。
越乃柿酒を十倍の値で売り切った男だ。
九島には西洋帆船に乗ってもらい、舟に関する要望を八坂正宗へ直接伝える必要がある。
そのための面通しだった。
九島
「西洋帆船は、和船と比べて何が優れているのですか」
八坂
「まず速さ、波への強さ、そして向かい風への耐性がまるで違う。
ただし浅瀬では、和船のほうが圧倒的に有利だ」
俺
「それでだ、九島。
お前の最初の仕事は――」
俺は地図を指で叩いた。
俺
「帆船二隻で、日本海から九州、瀬戸内を抜けて堺へ行く航路だ。
何を積めば利益が最大化するかはお前に任せる。
それと“人”も運べ。詳細は後で指示する」
俺
「小西には俺が手紙を書く。それを持って行け」
九島
「承知しました」
陸路なら関所、税、強盗が待っている。
俺自身、すでに痛い目に遭っている。
だが海路なら、堺港で税を払うだけで済む。
俺
「とにかく、利益を最大化してこい」
九島
「必ず」
俺
「それともう一つだ。
半年以内に蝦夷地と取引を開始したい。
先に現地へ入り、信用を築ける者はいるか?」
九島はしばし考え込んだ。
九島
「若様、蝦夷地はアイヌが支配する土地です。
言葉は通じるのですか?」
俺
「通じない」
即答した。
九島
「……それでは、私の兄弟を派遣してもよろしいでしょうか」
俺
「助かるが……本当にいいのか?」
九島
「今、近くにおります。すぐ連れて参ります」
十五分後。
九島は八人の兄弟姉妹を連れて戻ってきた。
九島
「若様、ご紹介します。
次男・二郎。体力自慢、二十四歳。
三男・三朗。頭脳派、二十三歳。
四男・四郎。機転が利きます、二十二歳。
五男・五郎。事務担当、二十一歳。
六男・六郎。人たらし、二十歳。
七男・七郎。とにかく運がいい、十九歳。
長女・逸香。世話好き、二十六歳。
次女・時香。四歳です」
……年子で何年続いたんだ、これ。
俺
「時香だけ年齢が離れているな?」
九島
「捨て子だったのを、我々が拾いました」
俺
「蝦夷地の冬は、想像以上に厳しい。大丈夫か?」
逸香
「私達は皆、我慢強い兄弟です。大丈夫です」
俺
「ならば教える。
俺が知っている最低限のアイヌ語だ」
俺
「こんにちは=イランカラプテ
ありがとう=イヤイライケレ
食べ物=アエ
美味しい=ヒンナ
長老=エカシ
鮭=カムイチェ
昆布=コンブ
酒=トノト」
俺
「これだけ覚えろ。
あとは身振り手振りでいい。
信用は、言葉と態度で勝ち取れ」
――漫画の知識が、また役に立った。
俺は蝦夷地の簡易地図と寄港地を書き込み、二郎に渡す。
俺
「現地の領主は蠣崎氏だ。
どこまで信用できるかは分からん」
俺
「話すときは
『長尾家の名』を必ず出せ。
お前達に手を出せば損をする、そう思わせろ」
俺
「正装と刀も、後で届ける」
俺
「家は必ず暖炉付きを選べ。
なければ建てろ。
床下の空気の流れを考えろ。
夜は絶対に火を消すな。
薪は命だ」
简易な家の構造図を描き、二郎に渡す。
俺
「半年から一年以内。
俺達が到着するまでに
アイヌとの信用を作り切れ」
弁才舟二隻が用意された。
守役の安田に命じ、
寒さに強い足軽十人を護衛として付ける。
戦になった時の保険だ。
九島兄妹は、越後に着く間もなく出発した。
兄の弥太郎は――堺へ。
残る兄弟姉妹八人は――蝦夷地へ。
蝦夷地は、
俺が天下を獲るために欠かせない場所だ。
この小さな兄妹の旅が、
やがて国の運命を動かす事になる。
俺は、まだ誰も知らないその未来を思いながら、
静かに彼らの背中を見送った。
小さな一歩が、歴史を動かす。
蝦夷地は静かに、しかし確実に物語の中心へと近づいていきます。




