第7話「毒針」
鈍い衝撃と共に、身体がひっくり返る。
ブリッツは無様に地面に倒れこんだ。
――――撃たれたのだ。
そのことを理解したブリッツの身体が震える。VRオンラインゲームであるがゆえ、現実で死ぬということはない。だが、その恐怖はホンモノのように感じていた。
とある廃墟宇宙船フィールド。プレイヤーキルが許可されているゾーンだ。三方を背の高い廃墟にかこまれた薄暗い空間に、何人かが集まっていた。レベルの高い装備に身を包み、剣呑な雰囲気を発散する集団の真ん中に、ブリッツは居た。
誰が撃ったかわからない銃弾を身体にうけ、地面で震えていた。
「……やめろ」
なおもブリッツに詰め寄ろうとした男を、別の男の低い声が止める。
「昇格したいというから、重要な任務を任せたつもりだったんだがな……」
「ま、待ってください! 必ず! 必ずなんとかしますから!」
男の名前の横には、蠍の尻尾を模したクランマークが浮いていた。ブリッツとはちがうクランマーク。男たちがブリッツを見下した目で見ている。とても友好的な視線に見えない。
クラン『スティンガー』。
BPOにおいて武闘派として有名なクランだ。同時に、プレイヤーを殺して資金やアイテムを奪うPKクランとしても有名だった。
バトルパンツァーオンラインには、何種類かのフィールド設定がある。ホームタウンに近いフィールドは、プレイヤーキルを禁じる設定になっており、街から離れるほどプレイヤーキルが解禁されたフィールドが増えてくる。
同時にかなり稼げるフィールドほど、そういったプレイヤーキル解禁のフィールドになっていたりする。機甲兵器と襲い来るプレイヤーを撃退するために知恵を振り絞るのだ。殺伐としているようだが、プレイヤー達には受け入れられている。
自分たちの儲けを守るためにパーティを組んだり、時には護衛役のプレイヤーを雇うなどのコミュニケーションプレイを行っているのだ。
その中でも『スティンガー』は有名だ。出会ったらまず死ぬ。そう言われるほどであった。
忌み嫌われているギルドだが、その強さは折り紙つきだ。そして、強いクランに入っていることは一種のステータスとなる。
ブリッツはあまりレベルの高くないプレイヤーだ。装備もあまりいいとはいえない。だが、彼は『鉄血』の一員だった。『鉄血』は『スティンガー』の下部組織だ。ここでふるいにかけられた一部が、『スティンガー』クラン入りを果たせる。
ブリッツは、金の力でクラン入りを果たしていた。莫大なまでの資金を『スティンガー』に収める代わりに、クランのネームパワーを得ようとしていたのだ。
「『スティンガー』に入りたいというのなら、かならずアレを取り戻せ」
ブリッツは地面に座りこむと何度も頷いた。
金はどうでもいい、あのときまさかアレが奪われるなんて。
ブリッツの心中では、嵐が吹き荒れていた。
ブリッツはアイテムを運ぶ仕事を任され、その遂行中だった。最近新しいコンクエストのために【工兵】に声をかけて勧誘できれば、さらに自分の株が上がると考えたのが間違いだった。あんな結果になるなんて。
うつむいてるブリッツを見て、男がため息をついた。
「ヴァルツ、灯花、力を貸してやれ」
「あー……。ボス、本気です?」
「そうだ」
男の呼びかけにこたえて、ヴァルツがのっそりと一歩前に出た。無精ひげが生えたさえないおじさん、というのが第一印象のプレイヤーだ。襟付きシャツにタクティカルベスト、手にはアサルトライフルを両手で保持していた。
灯花と呼ばれた女性プレイヤーは、大きなスナイパーライフルを抱くようにして座っている。冷たい目線でブリッツを見たあと、興味をなくしたように目をつむった。
「準備が整いしだいはじめますわ。あー、ブリッツ君、だっけ?」
「……はい」
「ユニオン、だっけ? そいつのストーキングよろしくね」
無精ひげのおじさん、ヴァルツがブリッツの肩をぽんぽんと叩いて去っていく。おそらく準備を始めるのだろう。灯花も立ち上がるとヴァルツのあとを無言で追いかけていった。後ろでみつあみにしている髪が揺れる。
二人の姿はすぐに見えなくなった。
一人、また一人とエリア移動していく。
ブリッツは最後まで、そこにうなだれたままだった。
心の中を失敗の後悔が塗りつぶしている。
だが、ブリッツは自己中心的で感情的な人間だった。
「……あの工兵やろうのせいで!」
後悔の気持ちは、瞬時にユニオンに対する憎悪となってブリッツを焼いた。取られたアイテムを、プレイヤーキルによるアイテムドロップで狙う。
プレイヤーキルが成立すると、やられた死体の横にお金とアイテムがドロップする。お金は全財産からルーレットで決められた倍率分がドロップする。また、アイテム欄の中から何かひとつをドロップしてしまうのだ。これは機甲兵器にやられた時も同様だ。
このゲーム内には、死んだあとのアイテムを回収する。回収屋、と呼ばれるプレイヤーがいるほどだ。敵とは戦わず、敵と戦って死んだ人や、対人戦で死んだ人のアイテムを返却し、代わりに何パーセントかの代金をいただくロールプレイだ。凄腕の回収屋だと、対人戦で死亡したアイテムすら確保してくれる。
ただ、倉庫や銀行に預けているアイテムやお金はドロップしない。
(だが……)
ブリッツの顔がにやりと歪んだ。
ヴァルツと灯花。『スティンガー』でも指折りの殺し屋だ。きっとあの【工兵】は、山鳥や鴨のように簡単に殺されていくだろう。何度も、何度も。
そこまですれば、交渉がやりやすくなる。死にたくなければ、アイテムを返せ、と。
「アイテムを返すか……、さもなけりゃ出るまで殺すまでだ」
ブリッツはふらりと立ち上がると、よろよろしながらフィールドを出て行く。
あの【工兵】に気づかれないように後をつける必要があった。
PKできるようになるまで、ずっと動向を探る必要があるのだ。




