第5話「PvP」
昼過ぎ、僕はログインをする。
加速ゲートを抜ける、ホームタウン中央塔のメインホールに出る。
拠点となるホームタウンはいくつか存在している。だが、人数の多さと利便性から、レベルが低いうちはこの始まりの街がとても良い。
僕は多国籍・多種族な格好を雑踏を見ながら足を進める。
あっちでは人型ロボっぽい人が背の小さな猫耳の女の子と談笑している。あの猫耳、課金装備だろう。
むこうでは機甲装備に身を固めた機甲兵の青年が、歴戦の猛者っぽい髭のおじさんグループとダンディーに会話してたりする。
こういうごちゃまぜでいて、当たり前のような感じが好きなんだよなあ。
「ちょっと、ちょっとそこの君!」
どこかで誰かを呼び止める声がする。
「君だよ! 背のちっちゃな君!」
僕の前に突撃兵の青年が飛び出してきた。どうやら呼び止めていたのは僕のことだったらしい。
「ええと、何か御用ですか」
「君、【工兵】だよね? オレ、ブリッツて言うんだけど、クランに入らない?」
クラン……たしかティターニアオンラインではギルドだったな。パーティよりもっと大きな仲間作りの枠。時に一緒に冒険し、時には喧嘩したり。
確かに今の僕はクランには入っていない。そもそも入るつもりがない。入っても迷惑かけるだけだろうし。
「いや、悪いですけど、今はどこにも入る気がないので」
「そう言うなよ。【工兵】なんてソロじゃやっていけないだろ? な、レベル上げ手伝ってやるし、入れよ」
僕は思わずカチンとくる。どうしてコイツは上から目線なのだろうか。僕のキャラクターがちょっと背が低いからか?
こういう手合いは相手しないに限る。
僕は無視することにして、ブリッツなにがしとかいう人の横を歩き去ろうとする。
「お、待てよ。ほら、悪いこたぁ言わねえからよ。入れよ。な。オレを助けると思って」
「…………」
僕は鬱陶しい気持ちを隠さず、半眼でコイツを睨んだ。
このしつこさ、たぶんあれだ。クランの加入者勧誘にノルマがあるタイプだな。
ここまでしつこいということは、かなり嫌な感じしか受けない。
「先を急ぎますので」
「てめ、こっちが下手に出てりゃなめやがって! オレのクランは『鉄血』だぞ!?」
知らないよ。
僕がどんどん速度をあげて歩いているというのに、いつまで着いてくる気だろうか。こういったよくわからない手合いは、いつの時代はいるものだ。
現実世界と違い、オンラインゲームだから街中で直接手を出すことはできない。そのぶん脅しもものすごくチープに感じる。
着いて来てほしくないので、街中のよくわからない路地を曲がる。普段誰も通らないエリアなのか、人気がまばらになっていく。
「てめええ! 無視しやがって! オレたち突撃兵や機甲兵が盾になってやらねえと何もできねえくせによ! ァア? 一度決闘でボコボコにしてやろうか!」
たぶん、コイツの脅しの手なのだろう。一対一の決闘申請ウィンドウが送られてくる。
フィールドではプレイヤーを殺すPKが可能なこのゲーム、決闘も二種類存在する。一つは勝っても負けても何も失わない試合、もう一つは勝てば持ち金が半分と、インベントリ欄からランダムで一つアイテムが手に入る決闘の二種類だ。もちろん試合も決闘も両者の同意がなければ成立しない。
コイツは僕が決闘を受けないと思って脅してきているのだ。【工兵】は弱くて戦うことができない、と馬鹿にしたいのだ。
僕は躊躇なくYESと書かれた承認ボタンを押し込んだ。
何とかサンはあんぐりと口をあけていた。顔が青くなったり赤くなったりしていたが。やがて落ち着いたようだ。ちょっと動揺が見えるけど、どうやら相手は支援職とたかをくくったらしい。ちょっと元気を取り戻した。
路地裏の地面に大きめの光のサークルが出現する。これが決闘範囲だ。この中で戦うことになるのだ。決闘開始までのカウントダウンが表示される。開始十秒前から武器が顕在化される。
「てめえ、後悔させてやるからな」
あなたの思い通りならいいですね。
僕は答えない。精神を集中させて時間を待つ。
――十秒前。
僕はの胸元にナイフが、そして腰には熱線銃とナイフがホルスターに収まって顕在化される。同時に宙に浮かぶ球形ドローンも顕在化。スキルを取得したので装備できるようになっているのだ。
<ブリッツ【レベル18】【突撃兵】 VS ユニオン【レベル17】【工兵】>
相手は【|突撃兵】。レベル差はほとんどない。そうなると後は相手の武器性能と力量次第。
ブリッツはガチャガチャとアサルトライフルを構えだしている。マガジンを今更取り替えているのは、対人に効果がある弾丸に変えようとしているのか。緊張してもたもたしているように見えるのは、対人戦の経験が少ないからか。
ティターニアオンラインの時にはギルドの仲間うちでよく対人戦を行ったものだ。自分の動きを確かめたり、高めたりするのにはけっこう有効だったと感じている。対人度胸はついている。
では、ここまで高めた技術が通用するか、試させてもらおう。
笑みが、漏れる。
――――狩りの時間だ。
残り一秒で熱線銃とナイフを抜き放つ。ぐっと全身に力を込める。
< 開始 >
ブリッツがアサルトライフルのトリガーを絞る。地面を這うような姿勢で斜め前に疾走で回避。ブリッツが銃身をこちらに振る前にハイジャンプで急激に角度を変える。ブリッツの虚をついて、上へ。
ブリッツが追いすがるように銃身を天に向けて持ち上げる。
その時にはすでに、僕は路地裏の壁を蹴って反対側へ。着地と同時にブリッツに肉薄。
僕の牙が一閃。背後に抜けると、後頭部を狙って熱線銃を射撃。
クリティカルエフェクトが飛沫をあげた。
このまま秒間一発の熱線銃を放ちながら離脱する予定だったが、ナイフの攻撃とヘッドショットですでにブリッツの体力ゲージは消し飛んでいた。奥の手も使うまでもなく戦闘終了。
倒れたブリッツの死体がポリゴン片になって爆散する。リザルトがウィンドウで表示された。
< ユニオン WIN。 獲得>2409580c 獲得>Iキー >
「うわっ! あの人どんだけお金持ちなんだよ!?」
僕の所持金欄が見たことのない額になっていた。
「人は見かけによらないって言うけど、あの人すごい人だったのかもしれないなあ」
手に入ったアイテムも今の僕のレベルではいけないダンジョンのドロップだし。儲けものだ。もしかしたらブリッツはセカンドキャラだったのかな?
僕はほくほくとしながらウィンドウを確認していた。
「やっぱりユニくん強いなぁ」
かけられた声に、僕は弾かれるように振り向いた。
そこに立っていたのは、バトルスーツ姿の長身美女。困ったような複雑な顔をしたシャルケだった。




