第32話「防衛戦力」
<征服戦>を示すタイマーと、陣営選択のウィンドウがポップアップする。
僕とシャルケは思わず目を見合わせた。あわてて立ち上がると、二人ともウィンドウを読み込んでいく。
<征服戦コンクエスト(都市略奪戦)>。
クランが村や移住区、居住地帯に対して宣言することが可能。征服戦コンクエストに勝利することで村の人材や資金、都市機能を利用することができるようになる。
「……こんなの、あり?」
「ユニくん、信じられないけど、ウィンドウが出てる以上は、できるんだよ」
「ここまで自由とか……」
僕はさらにウィンドウを流し読む。
宣言時にエリア内に居るプレイヤーには、陣営選択権が与えられるのは同じだ。
略奪サイドを選択した場合は、住民および防衛プレイヤーを一定数まで減らすことで勝利。
防衛サイドを選択した場合は、略奪サイドの全員をキルするか、エリア外まで逃亡させることで勝利となる。
ただし、防衛プレイヤーが少数の場合は、第三勢力としての都市防衛NPCが投入される。
「……どういうこと?」
すぐわかった。
いきなり緊急を示すサイレンが響き渡り、赤ランプが点灯した。緊張感が増した都市の中に、都市全体に響き渡るような拡声器の声が流れた。
「こちらは都市管理管制室。一定数以上の反乱を確認した。これより防衛のための戦力を投入する」
僕は頷いた。
なるほど。そりゃあ都市の防衛戦だ。プレイヤーが少なくて一般市民NPCだけだと戦いにもならない。そのために防衛戦力が投入されるのは当たり前か。
地下から地上へ出るシャッターが開き、続々と機甲兵が出て来る。どうやらこれが防衛戦力ということらしい。
地下から大量に吐き出されるのは、五本足の蜘蛛型機甲兵器。<ファイブテンタクル>。
「ユニくん、あれ、どこかで見たことあるような」
「うん。サクヤさんにつれていってもらったコンクエストで見た気が……」
修理、改装したということなのだろう。カラーリングは変わっていたが、機体の形は変わらない。
このあたりの使いまわしはゲームだから、ということなのだろうか。
強さは大したことないが、数は脅威だ。これが味方になるなら心強い。
「ただし、敵と味方の判別が難しいため、全てのプレイヤーを敵性とみなす」
「……へ!?」
「あぇッ!?」
続けて流された拡声器の声に、僕とシャルケは変な声を出した。
<ファイブテンタクル>は一斉に赤いアイランプを灯すとガシャガシャと動いて僕とシャルケを包囲する。カウントダウンタイマーはまだ残っている。<征服戦>は始まっていない。
今は攻撃されることはなくても、タイマーがゼロになると同時に襲われるということだ。
僕とシャルケは顔を見合わせた。考えることは同じ。
「シャルケ、とりあえず離脱するよ!」
「りょーかい!」
僕は跳躍力にものを言わせ、壁を三角蹴りの応用で上っていく。シャルケも速度、跳躍強化のアーマーだ。僕とは別のルートで上へ。
<ファイブテンタクル>は垂直縦方向への移動もできる。ヤモリのように壁を伝いながら僕たちのほうへ向かってきている。
「速度を出せば振り切れる。シャルケ、いける?」
「もちろんだよ!」
カウントダウンタイマーがゼロになる前に、シャルケにパーティ申請を送る。いけた。
シャルケがパーティに参加する。
僕はそこで、パーティ欄が四人になっていることに気が付いた。
僕、シャルケ、ソロー、そしてフェリンだ。僕はすぐにパーティ通信を飛ばした。
「フェリン! いつログインを!?」
『……ついさっき。これ、何が起こってるの?』
「一度合流しよう。今どこに?」
『……座標S202-M39』
僕はすぐにマップを確認する。ここからならそう遠くない。
『おォい。オレもそこに行きゃいいんだな?』
「ソローさん! 無事だったんですね!?」
『いや、放っておいてその言いぐさはねェだろうよ。あれくらいじゃ死なねェよ』
「さすがです。ではフェリンのところで!」
ガシャガシャと上ってくる<ファイブテンタクル>。ちらりと下を見れば、<フォースタートル>や<トライポッド>の姿まで見える。
「ユニくん……」
「わかってる……!」
僕とシャルケはビルの上を行く。その速度を上げ、ぐんぐんと目的地に向かっていく。
シャルケの言いたいことはよくわかる。
<ファイブテンタクル>、<フォースタートル>、<トライポッド>。これらの機甲兵器が出てきたということは、最後に待ち構えているのはあの悪魔のボス<モノヴェノム>だ。
そもそも、この雑魚を掃討するのにも修理した兵器<アーマードライオネル>が必要だっていうのに。
移動しながら僕はきょろきょろと辺りを見渡す。この<征服戦>のために、どこかに残骸が配置されているのかもしれない。見れば、見たことのない小型の修理可能な残骸が増えているのがわかった。
「ユニくん、カウントがゼロになるよ!」
「時間切れ……! まずは合流まで生き残ること! いいね!」
「りょう、かい!!」
<征服戦を開始します>
カウントダウンがゼロになり、無慈悲なアナウンスが流れた。
ウィンドウが自動で消えるのと同時、後ろから強烈な気配がした。
「――――――ッ!?」
振り返る余裕もない。ビルの屋上にいきなり伏せた。その頭上を無数のエネルギー弾が通過する。
屋上までのぼってきた<ファイブテンタクル>だ。移動してきたのに、そこかしこに出ているらしい。
「ユニくん!!」
シャルケのエネルギーショットガンが火を噴いた。群がろうとする<ファイブテンタクル>が宙を舞う。
範囲攻撃ができる武器で助かった。
僕はすぐに立ちあがるとビルとビルの隙間に身を滑らせる。目的地までは、もう少しなのだ。
できるだけ交戦は避け、どうしても戦わなければならないときだけ、短時間で決着を付ける。そうすることでなんとか大きな痛手もなくフェリンの下に辿りつくことができた。
とあるビルの地下階。銀行の大金庫のような円形の扉が待っていた。
どうやら核シェルターか何からしい。
重々しい音を立てて扉が開いていく。扉の分厚さを見ても、エネルギーキャノンの直撃を受けても大丈夫そうだ。
「……やっときた」
すでに中にはフェリンとソローが待っていた。フェリンはいつものレインコート姿にガスマスク完備だ。戦闘も予想していたのか、地雷がいっぱい積まれたバックパックをすでに背負っていた。
僕とシャルケは、二人が無事なことを安心した表情になった。
対するソローは苦い顔をする。
「まさか<征服戦>とはなァ。何考えてやがるんだ、アイツら」
「……師匠は、戦いたいだけなんだと思う。勝つとか、負けるとか、気にしてない気がする」
「師匠ォ!?」
「ツインテールの二丁着剣拳銃使いだよ。出会ったら逃げたほうがいいね」
「そりゃァ、また……」
ソローが僕とシャルケの説明を聞き、絶句する。フェリンはいつものようにガスマスクでいまいち表情がわからないが、驚いているはずだ。
「ユニくん、ここもそう長くはいられないよ?」
「……頑丈だよ?」
「たしかに頑丈だけどね、中に閉じ込もったままだと、<征服戦>には勝てない」
「……むぅ」
僕は考えた。僕が【工兵】だからできること。
まずは、機甲兵器を突破できる移動力と戦力を手に入れることだ。
「<アーマードライオネル>を確保する。そうすればこの中も抜けられるはずだよ」
「……どこにあるか、わかる?」
「たぶん師匠が知ってるはず。あの人のことだ、きっと準備してきてるに違いない」
「んで、残弾数も大してねェ。NPCを盾にしてたから、敵さんはまだ余裕あるンだ。――――どうする?」
僕はにやりと笑った。ろくでもないことを思いついたからだ。
「普段はやらないんだけどね。マナーのない行為をさせてもらおう」
「……?」
疑問符を浮かべるみんなに、僕は聞こえるように言う。
「――――トレインだよ」




