第31話「チェックメイト」
そこに立っていたのは、やはりシャルケだった。
「シャルケ……」
僕は体勢を立て直した。立ち上がるが、力が入らない。
シャルケを前に、胸の中が詰まって言葉が出てこない。
「ユニくん」
シャルケは装甲を解除した状態で、僕の前に立ちふさがっていた。そこに立たれると、師匠の下へとたどり着くことができない。
「シャルケ、そこをどいて。師匠のところに行かないと」
かすれた声しか出ない。言わなければならないのはそんなことじゃないはずなのに。
爆発音が遠く聞こえる。霞むような視界に、今の状況を忘れそうになる。
「ううん。ユニくんは、ここで待っててほしい。終わるまで」
「何を……」
シャルケはうつむいた。その表情が前髪で隠れ、見えなくなる。
その言葉に、にわかに身体に力が戻ってくる。
「シャルケ、今がどんな状況かわかってる? このままじゃホームタウンが大変なことになる。ここに住んでる人だって、どんどん……死んでる」
最後の一言は言いよどんだ。吹き飛んだNPC店員の姿がフラッシュバックする。
「どうやったかわからないけど、たぶん師匠が原因に違いないよ。だから、止めにいかないと!」
動き出そうとした僕に、シャルケの構えたエネルギーキャノンの砲口が向けられる。
シャルケはうつむいたままだ。
「ううん。行かせない」
「どうして邪魔をするのかわからない。でも、通してもらうよ」
このままじゃらちが明かない。ホームタウン内で他人を攻撃することはできない。ここは無理矢理に突破することが可能のはずだ。シャルケが何をしたいのか、わからない。
ホームタウンを攻めているNPCの勢いはすごい。撤退しているプレイヤーもでてきているらしいのが、ソローからの音声でわかる。だからこそ、急がなくては。
いきなり、僕の目の前にウィンドウが浮かび上がってきた。
シャルケからの試合申請だ。
「どういうつもり?」
「師匠はこれから、王手をかけるって言ってた。さらに策があるって」
「……何をするつもりなんだよ」
「ホームタウンに、征服戦を仕掛けるって」
僕は空いた口がふさがらなくなる。まさか、そんなことが可能なのか。
ホームタウンに征服戦を仕掛ける?
「あ、ありえない!!」
略奪サイドを選択した場合は、住民および防衛プレイヤーを一定数まで減らすことで勝利。
防衛サイドを選択した場合は、略奪サイドの全員をキルするか、エリア外まで逃亡させることで勝利となる。普通ならホームタウンには大量にプレイヤーが存在している。いかにNPCを使うにしても、勝てるわけが――――。
「そうか……」
――――繋がった。
そのためのNPCによる先制攻撃。建物の被害も考えない苛烈な砲撃だ。今このエリアには何人のプレイヤーが残っているんだ。
攻撃側のプレイヤーはまるまる温存されている。それが今から攻撃に加わるのだ。今までのNPC達と連携しながら。
「私と戦って、ユニくん。負けたら私を手伝う」
「……シャルケは、師匠の側なんだな」
「……」
返事は無かった。
「僕は認めない。街に仕掛ける征服戦なんて! あの時のシャルケが、正しいと思ったんだ。僕らは死なない。でも、街のみんなは死ぬんだ!!」
こんなことをやっている暇はない状況だと思う。だけど、シャルケは放っておけない。彼女がこんなことをしているということ自体が信じられないんだ。
僕は『YES』と書かれたボタンを思いっきり押し込む。カウントダウンタイマーが表示された。同時に、試合のためのフィールドが青い円で指定される。
「シャルケ! 僕が勝ったら言うこと聞いてもらうからね!!」
僕は強く武装を握った。ブラストソード、熱線銃の重みを手に感じる。
「…………ユニくんの、ためなんだから」
シャルケの声が聞こえた気がした。聞き返す前に、シャルケの全身が機甲鎧に包まれていく。戦闘状態にモードが変わっていく。
いつもの機械的な機甲鎧ではない。豹を思わせるシルエットの機甲鎧だ。スマートなイメージは、防御力よりもスピードに重きを置いているように見える。
カウント、ゼロ。
「――――っ!!」
全力で斜め上へ。シャルケの砲口が火を噴く。溜めなしのエネルギーキャノンが先制攻撃を狙って吐き出されるのを間一髪回避。
空中から熱線銃で狙う。だが、砲口がこちらを向く方が早い。パターンを読まれている。慌てて壁を蹴って軌道を変える。再びエネルギーキャノンを回避する。
「やり……づらいっ!!」
なんとか隙を突いて熱線銃を放つ。当てるつもりはない。エネルギー弾の光で視界がふさぐことができれば、接近できる。
地面をけって、残像ができるほどの速度でシャルケに迫る。ブラストソードのスイッチを押し込み、一気に振り抜いた。
「くぅッ!?」
シャルケのうめき声が聞こえた。
斬った、と思ったが甘かった。斬れたのは武器のエネルギーキャノンだけだ。細かいポリゴン片になって消えゆく。その僕の目の前に、三角形の銃口が突き付けられた。一瞬で血の気が引く。
武器を放棄して、斬らせたのか。
バックステップで距離を離すのと、シャルケの新武装が射撃するのと、どちらが早かったか。
回避なんてもんじゃなかった。網のように広がったエネルギー弾が拡散しながら僕の身を打ちすえる。い吹っ飛ぶ視界。一気に体力が削られる。何とか姿勢を立て直して、地面を滑りながら勢いを殺す。
ガキャン、と音を立てて、シャルケの腕から自動で薬莢が排出された。
「何だよソレ……。エネルギーショットガン……!?」
そうとしか言いようがない。範囲攻撃を仕掛けられる以上、多少照準が甘くても命中する。僕にとって相性が悪すぎる。
「くっ!」
狙われないようにかなり大き目に動く。だが、その動きにシャルケはついてきた。新しい機甲鎧のおかげか、移動するたびにブーストがかかっているかのようにこちらに追いつく。
落雷のような音を立てて、シャルケのエネルギーショットガンが発射された。
僕の身を守って、無人機が弾除けになる。耐久力を越えたのか、一発でポリゴン片になって消えていく。
僕はシャルケを睨んだ。
完全に、僕を狙っていたわけだ。
僕の速度、跳躍に追いつくアシスト鎧。僕の回避を予測した範囲武装。さらには僕の攻撃パターンや攻撃嗜好すら読む変態的な読みが加わる。心の中を読まれているも同然だ。
――――どうすれば勝てる?
諦めそうになる心を叱咤する。師匠は征服戦をする気だろう。ここで僕がやられていたら、何にもならない!
僕は覚悟を決めた。
ブラストソードのスイッチを入れる。エネルギーの刃が伸びた。
「シャルケ、信じてるよ……!」
瞬発。一気にシャルケに向かって駆け出す。わき目も振らず、一直線に。シャルケが僕に銃口を向ける。
僕はシャルケの必中射程に入る直前で、右に跳――――ばなかった。目をつぶってそのまま直進、構えた刃ごと体当たりする。
「え……?」
ぶつかる衝撃は軽いものだった。シャルケの気の抜けた声が聞こえる。
僕のブラストソードの刃は、シャルケの胸元を貫通していた。
何のことはない。僕がしたのは、全ての意思を総動員して、回避しそうになる身体をそのまま突撃させたのだ。いつもの僕を思い描いていたシャルケはそれに対応しきれず、胸元に一刀を喰らうことになった。
ブラストソードの威力は凄まじい。一撃で決着が付く。リザルト画面に勝者の表示が現れた。
「負けちゃった……」
座り込んだシャルケが、ぽつりと呟いた。機甲鎧は解除されている。
僕は、身体の力を抜くと、シャルケに問いかけた。
「なんで、師匠の側に? シャルケ、移住区の人たちのこと、親身に思ってたじゃん」
「……ホームタウンを占拠したら、職業変更の機能を解放するって、師匠が言ってたから」
やっぱり、僕の言ってたことを気にしてたのだ。
シャルケの気持ちを、ざっくりと切り裂いていたのだ。それが、シャルケの気持ちをも曲げさせて、師匠の側に参加させていたのだ。
「シャルケ、ごめんね。僕も言い過ぎた」
「だって……!」
「僕は、これでよかったって思ってる。気休めじゃなくってね」
「なんで? そんなわけ、ないよね?」
「確かに突撃兵だと、二刀ができたかもしれない。でも、それだと師匠とおんなじになるからさ」
「一から自分のスタイル探してくの、楽しんでるよ」
僕は笑う。心の底から。
僕はシャルケの頭に手を置いた。シャルケの顔がふにゃりとゆがむ。
「ユニくぅん……!」
「うわっ!」
泣き顔でいきなり抱き着いてきたシャルケに倒され、二人して地面に転がる。シャルケと僕とでは身長差があるのだから当然か。こういうところは物理エンジンがそのままなのはどうなんだろう。
だが、ほんわかしていたのはそこまでだった。僕たちの前にいきなりウィンドウが出現する。
それは、恐れていた事態だった。
閃くレーザー光。火線が宙に描かれていく。弾丸が壁を穿ち、砲撃が建物を壊す。
ホームタウンの中で、激戦が繰り広げられていた。
NPCの強さはそれほどではない。一人のプレイヤーで数人のNPCを撃破することが可能だ。
その戦力差を覆しているのが、NPCが使う機甲兵器だった。歩兵役のNPCと連動して行動する機甲兵器。いつもなら大きな隙を見せた攻撃の後を狙うのが定石なのだが、そこに援護が入る。飛び出したプレイヤーは狙い撃たれ、待ちすぎたプレイヤーは機甲兵器の主砲で跡形もなく吹き飛ぶ。
「あんなのどうしろってんだ!」
「逃げろ! 街から出りゃ追って来ねえらしい!!」
誰が言ったのか、叫び声に背中を押されるようにして、一斉にプレイヤーが撤退を始める。何人かの熱狂的なプレイヤーは撤退に賛同せず抗戦を続ける。
だが、ホームタウンの中のプレイヤーはどんどん減っていく。
「そろそろかのう?」
接続情報を見ながら、ニレは罠にかかる獲物を見ていた。そして、目標値に達したと感じたニレは、手元にウィンドウを呼び出すと操作する。
ホームタウン内に存在するプレイヤーの前に、そのウィンドウは浮かび上がった。
<クラン<解放軍>による征服戦(都市占拠戦)が開始されます。陣営を選択してください>




