第30話「ホームタウン襲撃」
ログインした僕を出迎えたのは、廃墟だった。
燃え尽きた家々。散らばって片付けられない瓦礫。そこかしこにヤドカリに似た巨大生物がごそごそと動いていた。夜明け前の薄明りの中、死んだ居住区が浮かび上がる。
人の気配がない。
みんな、死んだんだ。
僕は奥歯を噛みしめた。この結果は、僕の責任だ。
とにかく、まずはNPCのことについて確かめないといけない。
ウィンドウを呼び出すとフレンドリストを開く。シャルケはログインしている。フェリンはログアウト中だ。
シャルケに個人通信を送ろうとして、僕の指が止まった。
――――押せない。
できない。
『二刀流の可能性を潰したのは、シャルケじゃないか』
『私は……』
僕自身の言葉が、僕に深く突き刺さる。
ログアウト際のシャルケの表情が浮かんできた。きっと傷つけた。どの面をさげて連絡など取れるのか。 しばらく空中をうろうろとした指は、そのままフレンドリストのウィンドウを消去した。
僕にできることをしていこう。
一度ホームタウンに戻ることにして、僕は転移球が使える地域まで移動するとすぐに帰還した。
ホームタウンは異常事態になっていた。
ざわめく街角はいつもの光景だ。だが、その雰囲気がおかしい。ざわめきの内容も焦燥感の滲んだものだ。
「……やっぱり」
情報を集めたいところだけど、まずは武器屋に向かおう。
前回のコンクエスト使った弾薬は減ったままだ。とりあえずいつものようには弾薬を補給する。無人機も即時修理をしておく。
販売武器欄もちらりと見た。ハンドガンと銃剣が目に入る。
僕は手元のブラストソードに目を落とした。胸がずきりと痛む。師匠の顔を思い出しそうになったので、思いっきり自分自身の顔を殴りつけた。自分で自分を傷つけることはできない。システムが自傷行為を阻む。
僕はため息を吐いた。
思い出さないようにするためにも、別のことで気を紛らわせた方がいい。情報を集めよう。
大通りを歩きながら考える。クラン<キャリバー>のたまり場に顔を出すのは気が引ける。シャルケに会うかもしれないからだ。
そうなると、どうやって情報を集めたものか。
情報を知ってそうな知り合いというのに心当たりがない。詳しそうと言えば、DAIZOこと孝久義兄さんだが、バレットパンツァーオンライン内でのキャラ名を教えてもらえうのを忘れていた。
手詰まりだ。ソロプレイのハンデがここで出るとは思わなかった。
「とりあえず、その辺の人に聞いてみよう」
カフェエリアには何人ものプレイヤーが席について会話していた。その一つに近付いていく。
「あの、すみません。……すみません!」
完全に無視された。がっくりと肩を落とす。
どうやらパーティかクラン専用回線で会話しているらしく、こちらの動きにすら反応がない。表示でカットアウトされているのか、それとも会話に集中しているのか。
周りを見渡せばそのように見えるプレイヤーが多い。僕は途方にくれた。街の外で狩りをしているプレイヤーの方がまだ話ができるだろうか。
「おお、ユニオンじゃねェか」
「その聞き覚えのある声は、ソローさん!」
孤独の寂しさに涙が出そうになった僕に声をかけたのは、見覚えのあるバンダナ装備の無精髭突撃兵だった。<アンガーマインマスター>の時に共闘したソローだ。
ソローはくわえたタバコを口元で揺らしながら、困った顔をする。
「オマエも聞いたか、NPCの話」
「とうとうプレイヤーを攻撃し始めたってきいたけど」
「一部ではそうらしいな。他にも色々なヤバイことが起こってンだよ」
ソローが手招きする。どうやらオープン会話でするような話じゃないらしい。パーティ参加申請をソローに飛ばすと、パーティしか聞こえないパーティ会話で話し始めた。
「村や居住区からNPCが消えてンだよ」
「どういうこと?」
「ボス狩りには準備が必要だからな。あまり人が寄らねェような村や居住区にも補給のために寄る。そこにNPCがいねェんだよ。まるでどっかに行っちまったみたいにな」
ソローはタバコを手に持つと宙に放る。手元から離れたからか、空中で顕在化が解け、ソローのインベントリへと戻っていく。
NPCがいない?
襲われて廃墟になったのかとも思ったが、ソローの話を聞くかぎりそうでもないらしい。
じゃあいったいどこへ。
――――夜明けの時間を知らせる音が、ホームタウンに響き渡った。
何かが揺れた気がした。
悲鳴が――――。
「ソローさん。今、悲鳴が聞こえなかった?」
「ァア? そんなもん……」
今度は確実に耳に聞こえる音量で悲鳴が起こった。どこからか、ホームタウンの入り口の方から聞こえる。次いで、ひゅるひゅるという甲高い砲撃音も耳に届く。放物線を描いて飛来するのは、巨大なミサイル状の弾頭だ。
カフェエリアにいた全員が、ぽかんとしてその光景を見ていた。
直後、カフェが客席ごと爆発に飲まれて消滅した。
「……は?」
何が?
疑問がスパークするが、身体は動かない。
「嘘だろ。ホームタウンは攻撃不可のはずじ――」
何かをしゃべろうとした機甲兵は最後まで言い切ることができなかった。グレネードパルスに巻き込まれて黒焦げになる。
「ユニオン! 逃げるぞ!」
ソローに肩を叩かれて、ようやく腕の感覚が戻ってくる。ソローが叩いた肩には、攻撃不許可のシステム表示。じゃあ、いったいなんなんだ、この攻撃。
怒声と悲鳴はまだ連続して聞こえてくる。
僕はぞっとした。
このホームタウンでは、攻撃不許可ということもあり、外見的特徴があるだけで防御力がない装備を着けているプレイヤーも多い。いつもなら耐えられる攻撃でもやられてしまう。
ソローがイラついたように叫ぶ。
「ユニオン! 死にてェのか!」
「待って。プレイヤーの僕たちは死んでも復活するはず。ホームタウンに復活するかはわからないけどね。だから、今は冷静になって原因を探るべきだよ」
砲撃の弾速は遅い。きちんと着弾点を見極めればそうやられることはない。今は、相手に攻撃をさせて居場所を割り出すのが優先だ。
そう考えた僕の目の前で、ぽかんとしていたNPC店員が爆発に吞まれた。
――――彼に復活は無い。
冷静になって原因を探る? 違う。今すぐブチのめすべきなんだ。
僕の中の何かに火が付いた。
「ソローさん! 一足先に行きます!!」
僕の両手には、ブラストソードと熱線銃が握られていた。即座に無人機を顕在化。
カフェテリアの椅子からテーブルに跳ねあがり、そこから壁を蹴ってさらに上へ。鍛え上げた跳躍力を発揮して上へ。
「ちょっ――!? くそっ! オマエ!」
ソローの声を後ろに、どんどん前へ進む。建物の屋上を飛ぶように跳ねていく。無人機も利用すれば、空中移動は難しくない。
上からならホームタウンの様子がよく見えた。砲撃だけでなく、機甲兵器すらホームタウンに侵入してきているらしい。修理成功した時によく見る多脚戦車や移動砲台がそこかしこに見える。
そして、それを援護するように大量のプレイヤーとNPCが侵入してきている。
そいつらがホームタウンを襲撃しているのだ。
手に持つ銃が火を噴き、浮足立ったプレイヤー達をなぎ倒していく。
阿鼻叫喚の光景だが、僕はその中であることに気付く。
襲撃しているプレイヤーの攻撃は、効果をあげていない。攻撃不可のシステム表示と共に無効化されている。ただ、その勢いに煽られたNPCの攻撃が街や人々にダメージを与えているのだ。
まるで濁った洪水のように侵入する敵軍の中で、幹部級のNPCやプレイヤーに囲まれた人物が悠然と歩いてくるのが見えた。
ツインテールの少女の姿にして、その実最悪の戦鬼。
ここまでやるのか、あんたは!
「師匠オオオオオオオ!!!!」
ぶつけた叫びに、師匠が顔をあげた。
ニヤリと笑うと、僕を無視して街の中心に向けて進んでいく。
勝率なんてどうでもいい。壁を蹴る。師匠に向けて一直線に突き進んだ。周りを囲む幹部級が誰も反応できない速度。銃を上げるより、一刀を振るう方が早い!
僕の身体が、壁にぶつかった。
「ッああああああ!?」
いきなり速度を失い、バランスが崩れた身体がきりもみしながら落下する。
目の前にあるのは攻撃不可のシステム表示。誰かが空中の僕に攻撃を仕掛けたのだ。
ありえない!
このタイミング、この速度の僕に攻撃を当てられるはずがない。まるで攻撃を読まれたかのような迎撃。
そんなことをできるプレイヤーなんて――――。
いや、一人だけそんな奴がいた。
僕の行動すべて、あますことなくカバーしている変な奴が。
どこだかわからない路地に落ちた僕の目の前に、よく知った顔が立ちふさがった。




