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第29話「煽動」

 バレットパンツァーオンラインにも昼夜の概念がある。夜の時間になれば、辺りは暗くなり、空には星が瞬き始める。

 夜間戦闘では暗視ゴーグルや照明弾などの装備も活用するのが戦闘のコツだ。突撃兵(アサルト)などはフラッシュライトを着装することで、明るく照らしながら探索することができる。


 <トリニオン居住区>。


 居住区の外周を、三人一組のチームが巡回をしていた。突撃兵(アサルト)が一人、あと二人はNPCの住人だ。ライトがあたりを照らしながら、不審者や侵入者がいないか調べながら警邏する。


 トリニオン居住区内は、一種の前線基地と化していた。

 集められた銃や弾薬などのアイテムは、コンテナに詰められて置かれている。住民によって修理(リペア)された機甲兵器もいくつか駐められていた。

 

 トリニオン居住区には、プレイヤーによってひどい目にあわされたNPC達が、武装して集まっていた。


 居住区の大通りを突っ切って、一人の男が仮設住宅に入ってきた。中では何人かが近辺の地図を見ながら話している。


「伝令! 資材、武器、機甲兵器の搬入が終了しました!」

「ごくろう」


 髭を蓄えた長老風の男が、威厳のある声で言った。伝令の男が敬礼をする。

 手を軽く上げて応えたこの長老風の男こそが、このトリニオン居住区の長ネイベンだ。


「人員の方はどうじゃ?」

「滞りなく! 先ほどの通信によれば、ギルーガ居住区、ステイオン居住区から夜明け前には到着する模様です!」


 問うたのは若い少女の声だった。

 紅髪ツインテールの少女の言葉に、伝令の男は丁寧に答えた。それも、上官に対する態度で。


 ニレは伝令の言葉を聞いて、にやりと笑った。


「それは重畳。長旅ごくろうじゃった。ゆっくり休むといい」

「はっ!」


 伝令の男が出ていく。その後ろ姿を見送る。

 完全に聞こえない場所まで離れたのを感じてから、ネイベンが口を開いた。


「……我々は、勝てますでしょうか。英雄様」

「勝つとも。そうでなければ、いつまでも危険を感じながら暮らさねばならぬぞ?」

「しかし、本当に成功するか、心配なのです。我々が――――」


 ジジ、と卓上ライトの光が揺れる。




「――――ホームタウンを襲撃するなど」




 テーブルの上に置かれた地図には、何パターンもの作戦を吟味した後が見受けられた。今回の作戦は大きなものになる。各地から集められた住民(NPC)が参加している。


 ネイベンは一度目をつむった。家族のことを思い、居住区のみんなのことを思った。

 やるしかない。

 英雄が居れば、勝てる。


「信じましょう。夜明けに作戦を開始します」

「うむ。ワシはそれまで一休みしておく。何かあればすぐに報せるのじゃぞ」

「わかりました……」


 ネイベンは、自分よりはるかに小さな戦士を見送った。

 期待と、一抹の畏れを含んだ目で。




 ニレは紅い髪のツインテールを夜気に流しながら指令室を出た。

 その顔には、抑えきれぬ笑いが張り付いている。


 アップデートの後、NPCに変化が現れたことは気付いていた。

 賢くなったというべきか。言ってみれば、より人間くさくなったのだ。


 歳を取り、思うように身体が動かなくなったあたりから、VR空間の中がニレにとって生きる場になった。思い通りに、慣性や力学をねじ伏せて動く自分の身体は、たいそう気持ちが良い。

 故に。


 ――――(いくさ)を起こす。


 喧嘩や世間話のみならず、問答や交渉まで可能。それほど高度なNPCならば、できるのではないかと考えたのだ。NPC達は、家族のため、みなのために戦うのだ。本気でないわけがなかろう。

 多くの人と人とがぶつかり合う。クラン戦というお遊びとは違った、骨肉まで潰し合うような戦いの予感に、全身が歓喜に震えていた。


 ニレは手始めにNPC達の不安をあおることから始めた。

 その圧倒的な強さでいくつかのクランを掌握。そのクランを手足にNPCや居住区を狩る行為を繰り返した。とりもなおさず、NPCのプレイヤーへの不満を蓄積させるためだ。

 手足としたクランも、NPCに対してそういったことをできそうな集団を見定め、選んでいた。

 強きになびき、弱きをくじくふるまいを、みっともないとも思わない連中を。


 実質金や資源も稼げるので、嬉々としてヤツらはやった。それも、手際よく。


 あとは自作自演だ。

 NPC達の前で『わるもの』から守ってやり、『英雄』として認められる。

 『わるもの』だったクランは、『英雄』の手によって改心させられたことになって、味方となっていた。


「ふふ……。くふふふ……」


 笑みが漏れる。


 ニレはふとその笑みを消した。

 あれからユニオンの動向が掴めないことが気になっていた。自分という戦力に対抗するのは、弟子であるユニオンくらいと思っていた。

 ユニオンは、あの移住区の戦いから、姿を見せない。


 どれほどの脅威となるか、品定めをしておくためにも戦ったのだが。


 あれで心折れたか?


「いや、ありえんじゃろ」


 ニレは否定した。あの弟子は、図太い。



「まあ、こちらには切り札があるしの……。のう? シャルケや」


 ニレが声をかけた先に、シャルケが膝を抱えて座っていた。




 夜明け前が近付いていた。

 ホームタウンのプレイヤーは、いまだ誰も異変に気付いていない。

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