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第28話「目には目を」

 目覚ましの音で、僕は目を覚ました。


 機械的な音声を出す目覚まし時計のボタンを押し込んで音を止める。

 布団からのそのそと身体を起こすと、僕はベッドの上に身を起こした。今日は大学に行く日だ。

 用事が特になくても、大学に行く日だ。


 今日で何日だっけ……?


 あれから僕は、一度もバレットパンツァーオンラインにログインをしていなかった。

 しかし、ほかのVRオンラインゲームをやる気にもなれず、VRデバイスに触れさえしない日々が続いている。

 そしてこうした空いた時間で大学に行くのだ。大学生としてなんだか間違っている気がしなくともないが、これまでVRオンラインゲームが中心で回ってきた生活なのだ。急にそこだけを避けた生活を始めたものだから、僕の中のバランスは狂いっぱなしだった。


 適当に選んだ服を着て、適当に大学に到着する。

 講義は進級できる最低限のものしかとっていない。こうして朝から来ても空き時間ができるだけで、ものすごく退屈だ。

 やることもなく、学食でジュースを目の前に過ごす。


 なんなんだろう、僕は。



「いや、マジでやべえんだよ! マジで!」

「へえ、それは知らんかったな。まだ出会ったことないわ」


 後ろあたりの席に座っている学生の声が、退屈にしていた僕の耳に入ってくる。

 突撃兵(アサルト)工兵(エンジニア)などの単語から、バレットパンツァーオンラインの話だと気付く。シェア率のだいぶ高いゲームだ。学生の中でプレイしている人もいて当然だろう。


 一瞬耳を塞ごうと思ったが、それをするのも変人に見られる気がして、そのままにしておいた。

 どうしてだか、席を立とうという気にはならなかった。


「いや、なんだかわかんねぇんだけど、NPCがおかしくなってんだよ」

「ホームタウンとかじゃ変わりないんだけどな」

「お前、ダンジョンしか行かねぇからなぁ」

「違いねえ」


 楽しそうに笑う彼らの声が、うらやましい。

 僕は二人に気付かれないようにそっと席を立った。



 バレットパンツァーオンラインは、ゲームである。

 だから、楽しむためにするのが普通だ。NPCがいかに高度とは言え、やはりNPCには変わりない。

 フラオン村の住民を失ったことも、お気に入りの道具を失ったようなものなのだ。


 そのはずなのに、娘ちゃんの虚ろな瞳が忘れられない。


 傷つけてしまったシャルケのことを、どうしていいかわからない。


「帰ろう……」


 このまま大学に居ても面白くない。何かゲームでも買って帰ることにしよう。

 久しぶりに据え置き機で遊ぶのも面白そうじゃないか。長時間やりこめるタイトルが、いくつか出ているはずだ。


 そんなことを考えていた僕の携帯がなった。

 着信画面を見る。その通知を見て、僕は電話を取ることすら忘れてしまっていた。

 通知画面には『DAIZOさん』と記されていた。


 ティターニアオンラインの時のギルドメンバーであり、唯一僕が連絡先を知っている人物。

 魔法使いのDAIZOさんだった。


 辛抱強くなる着信音に、僕は我に返る。慌てて電話を取る。携帯の架空通信ラインがこめかみに伸び、周りには聞こえない通話状態を確保した。


『ヨォ。久しぶりだな。軽業士(タンブラー)、元気してたか?』

「あ、お久しぶりです。孝久(たかひさ)義兄さん」


 DAIZOさんは姉の旦那だ。そして、僕をティターニアオンラインに導いてくれた人だ。

 変人が集まるわれらがギルドにおいて、かなりのこだわりを見せる人なんだよなあ。

 まあ、見た目はカッコイイし、稼げる職業についているし、言動がおかしいところは実生活では見せないから、いい人なんだろうけど。


『オウ。今BPOが面白いことになってんな』

「知りませんよ……。僕、やってませんし」

『アレ? ちょっと前にやり始めたって言ってなかったっけ?』


 孝久義兄さんには言ってなかったはずだけどな。

 誰だ、僕の情報を流している奴は。


「今はちょっと休止状態です」

「フゥン。オマエのことだから、シャルケと喧嘩したんじゃねえのか?」

「…………」


 喧嘩、ではないな。

 こういうのは、どういうことになるんだろう。


『謝っておけよ? 夫婦喧嘩なんて犬も食わねぇ』

「シャルケとは夫婦じゃありません。リアルでは会ったこともありませんし」

『いいからよ。喧嘩なんてだいたい男が謝っちまえばすむもんさ。気合いれてドーンと謝ってこいや』


 思わず頭を抱える。

 いつも通り話が通用しない。何の話をしていたんだっけ。

 孝久義兄さんと話している時は、いつもいつも軌道修正は周りの役目だ。

 そう、バレットパンツァーオンラインの話だ。


 まだ薄く張ったかさぶたのような話題だが、無視するわけにもいかないだろう。

 今日電話してきたのは、相談でも何でもない。

 孝久義兄さんは僕に『この話題を言いたい』から電話してきたのだ。話を一通り聞くまで満足はしないだろう。


「それで、BPOがどうしたんです? 面白いことって?」

『オウオウ。忘れるところだった。その話だった。BPOのNPCのことだ。すげえことやってんじゃないか、アレ』

「……?」


 意味がわからない。確かに高度なNPCを使っているのはわかる。

 すごいこと?


『まずすごいのはNPCの高度化だ。ティターニアオンラインの膨大なデータをもとにして、NPCのシステム自体を変えたのは知ってるよな?』

「うん。噂にもなってたよ」

『オウ。会話パターンの蓄積と、行動パターンの蓄積。あとはリソース確保のためにティターニアオンラインの全てが投入されてる』


 相変わらず確定情報のように孝久義兄さんは話す。運営に知り合いでもいるのだろうか。いつも孝久義兄さんは詳しい。

 もし、その話が本当なら、やはりバレットパンツァーオンラインのNPCは、ティターニアオンラインからの移住民となる。


『目的は――――世界の創造だ』


 世界?

 すでにVR世界は作られてるじゃないか。


『世界というより、社会というべきだな。NPCを高度化することによって、NPC自身が社会を作っていくようにしているんだよ。その社会にプレイヤーが介入できるところに、面白みがある』


 熱っぽく語る孝久義兄さんの言葉を、僕は黙って聞いていた。


『見せかけでもAIでも高度化されてるでも何でもいいが、その動きは生きて、動いて、考えている人間と同じだ。ヤツらが作りだす歴史に、オレ達プレイヤーは介入できるんだ』


 ここではできない体験を。

 これまでにない新しい経験の獲得を。

 芳武社長の仕掛けは、ここまで大きなものだった。


『これだけすげえものに、参加しないとかもったいないだろ。またログイン中にあったらよろしくな!』


 孝久義兄さんは言うだけ言うと通話を切った。

 ツー、ツーという通話音を聞こえる中で、僕は考え込んでいた。孝久義兄さんの言葉がリフレインする。


「その動きは生きて、動いて、考えている人間と同じ……」




 僕は踵を返すと、食堂へ走った。

 まださっきの二人はいるはずだ。


 食堂についたころには、息が上がって苦しくなっていた。なんとか心臓を落ち着かせながら、さっきの二人を探す。

 幸い二人はまだ席で会話していた。

 僕はそこに勢いよく近寄っていく。いきなり横に立った僕に、二人が不審なものを見る目を向けてきた。悲しいかな小さな僕は、こういう時に威圧感とかは出せない。


「さっき、BPOのこと話してたよね?」

「……それがなんだよ」

「NPCがどうって話し、してたよね?」

「お? あんたもプレイヤー?」


 僕は頷いた。二人が納得した顔になる。情報が少ないBPOだ、こういった情報交換が大切なことを、二人は理解している。


突撃兵(アサルト)で遊んでた時なんだけどさ。フィールドでいきなりNPCに襲われたんだよ。話しかけてもいないのにいきなり撃ってきてさ。不意打ちだったからホームタウン行きだぜ」

「おかしいだろ? NPC、おかしくなってるだろ?」


 僕はそれを聞いて、呆然と立っていた。

 これまでの情報がつながっていく。


 NPCの高度化。蓄積される記憶メモリ。

 

 プレイヤーによるNPC狩り。

 

 その動きは生きて、動いて、考えている人間と同じ。


 やったら、やりかえされる。どの歴史にも繰り返されてきたものだ。弾圧され、搾取されていた者は、いつかはじける。その段階まできたのだ。


 NPCが襲ってきたということ――――NPCによる反乱だ。

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