第27話「喪失」
<コンクエスト待機エリア>。
暗い。
上下左右、床も天井もない真っ暗な空間が広がっていた。
僕の姿だけが、その空間の中で色彩を放っている。
死後の世界があるとしたら、こんなものだろうか。
いちおうログアウトを使えばホームタウンまで戻ることができる。だが、このままこのエリアで待っていれば、征服戦が終了次第、元の場所まで戻されるのだ。
僕はゆっくり待つことにした。
真っ暗な空間の中で、座り込むとあぐらをかく。
さっきの戦いが頭の中を占めていた。
ティターニアオンラインからバレットパンツァーオンラインにやってきてから、初めて燃え上がるような近接戦闘ができたのだ。夢中になってさっきの戦いを思い返していた。
さっきの敗因は何だ。師匠は確かに強い。バレットパンツァーオンライン来てもその剣閃は変わらず。まさかの手段で二刀流までそろえてきた。
だけど、ブラストソードの攻撃力は一発で戦況をひっくり返す可能性を持っていた。当たれば一撃で決着をつけることができたはずだ。
「せめて師匠みたいに両手に装備できればなあ」
それは今更言ってもしょうがないことだ。
だけど、もし師匠のようにできることを知っていたら、と思わないでもない。
僕はそのことでシャルケを思い出した。
この待機エリアはパーソナルエリアのため、他の人が入れない。最初に倒されたフェリンの姿も当然ない。
やられたかどうかもわからない中、終了まで待つしかないのだ。
「シャルケ、無茶してないといいけどなぁ」
師匠の強さはシャルケも十分知っているはずだ。威力が高い代わりに動きが遅いシャルケとは相性がわるい。残念だけど、やられている可能性が高い。
降参するか、エリア外まで逃げてくれればいいんだけど。
<征服戦に敗北しました>
結果ウィンドウが表示される。負けてしまった。一瞬何かが胸をよぎる。
僕はしょうがない、という気持ちと共にため息を吐いた。
転送のために、再び視界が白く染まっていった。
「何……これ……?」
戻ってきた瞬間に、胸をよぎったのものの正体と直面した。
フラオン移住区は、焼け跡と化していた。
えぐれた地面。砲撃で壊れた家屋。瓦礫の山から突き出ているのは、誰の腕だろうか。
なんだこれ。
征服戦が終わったら、元に戻るんじゃないの?
「なんで、そのままなのさ……!」
ブリッツが乗り込んできた装甲車も、そのまま横倒しになっていた。嫌な黒い煙が上がっている。
征服戦で敗北したから、こんな状態に変化したのだろうか。
みんなが暮らす移住区から、略奪されつくされ、放棄されている移住区に。
みんなは、住民たちは、どうなった?
ぽつりと泡のように浮かんできた思いが弾けた。ぞっと全身が粟立つ。
何故かはわからない。わかれば理解してしまいそうで、考えないようにした。
「探さなきゃ……」
死体がいくつも転がっていた。征服戦で死亡ログが流れなかった人たちだ。
僕が確認すると、死亡確認がなされてポリゴンの粒子となって消えていく。
生きてる人は、いないのか?
心臓がバクバクと強く打ち、苦しい気がする。ぎゅううっと胸が締め付けられるような感覚は、おさまらない。
生存者を探すために無人機を展開しようとした。失敗する。
さっきの戦いで破壊されている。修復まで時間がまだかかる。
「ユニくん……!」
シャルケだ。光と共に出現したということは、ここに戻ってくるまでパーソナルエリアで待っていたのか。僕とおんなじだ。
この光景を見て、シャルケは息を吞んだ。
「シャルケもやられちゃった?」
「紅いツインテールの子が……」
シャルケは、師匠と気付かなかったのかな?
言おうかとも思ったけど、シャルケの横顔を見て、今はやめておくことにした。
「とりあえず、あたりをまわってみよう」
「うん……」
僕は無人機はあきらめて、おっちゃんの家……の跡に向かうことにした。
「あ……!」
おっちゃんの家の前で、娘ちゃんがうずくまっていた。
「無事だったんだ! よかっ…………」
僕は言葉の後半を飲み込んだ。
娘ちゃんが顔を上げた。その瞳が光を失っている。虚ろな顔。
その腕には何かを抱えていた。
おっちゃんだ。
――すでにこと切れている。
僕の死亡確認と同時に、粒子になって消えていった。
娘ちゃんは、呆然と、遺体が消えた腕の中を見つめている。
「…………えと、その……」
何を話せばいいんだ。
「ど、どうやって助かったの?」
「……フェリンさんが囮になって逃がしてくれて……。パパが……」
娘ちゃんはハッとした顔で僕を見た。瞳に光が戻っている。
立ち上がると僕に詰め寄ってくる。胸元を掴む姿は、必死だ。
「ママは!? ユニオンさんが探しにいってくれたはずだよね!?」
おっちゃんの奥さんは、征服戦の途中で死んでいる。銃弾にやられたか、炎に巻かれたかはわからないが。
何も言えない僕を見て、娘ちゃんの目が見開かれる。
僕の胸元から手を放すと、よろよろとあとずさる。一度得た希望ほど、人を突き落すものはない。
「そんな……!」
娘ちゃんの押し殺したような叫びが、耳を打つ。
しゃがみ込んですすり泣く娘ちゃんの姿を見ながら、僕は考えていた。
住民たちは、本当に戻ってくるのかな……?
NPCだから、戻ってくると思っていたけど、あれからだいぶたつのにフラオン移住区は壊滅したままだ。
プレイヤーは死んでもホームタウンで復活する。NPCはどうなるのだろう。同じように、復活するのとは……。
違う……?
僕は、ぽっかりと胸に穴をあけそうな喪失感を感じてしまった。
重い感覚にふたをしなければ、自分を保てそうにない。
ゲームなんだ。失っても、たかがNPCなんだ。
大丈夫。そんなに深く、考えることは、ないんだ。
震える声で、思わず口に出した。
「でも惜しかった。もうちょっとで勝てたんだけど。惜しかったなあ。シャルケも無理せず一人になった時点で逃げればよかったんだよ」
「――――それ、本気で言ってる?」
シャルケが本気で怒っていた。
気付いた。目が覚めた。
「そうなら、ユニくん最悪だよ」
逃げれればなんて。
僕はどうして思い至らなかったんだろう。
僕たちが、何のために征服戦に参加したのか。すっかり忘れていた。
師匠との血が沸騰しそうなほどの戦いに、酔っていた。変わらぬ強さに、それに対抗する自分に酔っていた。その酔いは、麻薬にも似ている。何よりも戦いを至上とする、憑りつかれた人間。
「僕は――――」
それでは、師匠と同じではないか。
そもそも、勝てなかったのは僕に二刀がなかったからじゃないか?
二刀があれば師匠にひけをとらず、征服戦にも勝てたんじゃないか?
頭の中の冷静な部分が、やめておけと言っている。
だけど、沸騰した身体が止まらない。
「師匠は銃剣の二刀流だった」
やめたほうがいい。それ以上は言うべきじゃない。
「二刀流の可能性を潰したのは、シャルケじゃないか」
シャルケの表情がひび割れた。
シャルケはぎゅぅっと握った拳を、胸元に押し当てる。
どうして、こんなに精密に表現するんだ。
シャルケの傷ついた顔が、はっきりとわかる。わかってしまう。
「私は…………」
こんなの、八つ当たりだ。
失ったものは戻らない。傷つけてしまったことも、なかったことにはできない。
もうそれ以上は聞けなかった。
僕は逃げるようにログアウトした。
逃げるように、じゃない。逃げたんだ。
僕は、現実世界に、逃げた。




