第2話「持ち越しスキル」
「ところで、ユニくんはどんなスキルを持ってきたの?」
「……へ?」
変人にして長身美女シャルケが爆弾発言したのは、僕が初心者の平原でレベル上げをしている時だった。
はじめは楽しそうに周りを犬みたいに走り回っていたシャルケだったが、やがて飽きたのかそのへんで寝転がってみたり、素手でバルーンをつついて遊んだりしていたのだ。
僕より先にバレットパンツァーオンラインをやっていたらしく、レベル差はだいぶ開いていると見える。シャルケはバルーンに反撃されても痛くも痒くもないらしい。
バルーンは申し訳程度に射程の短い弾丸を放つ攻撃を持っているらしい。さっき一度近付きすぎて食らった。
僕がハンドガンに慣れて、楽々バルーンを倒せるようになると、当然レベルアップが発生する。レベルアップでは身体能力を補佐するステータスポイントと、スキルを習得するために必要なスキルポイントが獲得できる。
僕がレベルアップをしたとき、シャルケがそんな爆弾発言をしたのだ。
「……スキルを持ってくるって、どういうこと?」
「あれ? 知らなかった? ティターニアオンラインからスキルをひとつ持ってこれるんだよ。運営からのお知らせにあったでしょ」
「おお! それはすごいね! 古参プレイヤーとのスキル格差をなくすためかな。けっこう思い切ったことするなあ」
「だよね。でもこっちこようって思えたよ!」
僕の心は浮かび上がった。それはとてもよい。
なるほど、誘致するための特別措置がとられているわけだ。
【武器攻撃力マスタリー】などのパッシブスキルや、【遠距離ダメージ軽減】とかのスキルはかなり使えるんじゃじゃないのか。いや、ここは【命中精度マスタリー】や【射程増加】、【武器重量軽減】なども良いな。
いや、待って待って。
「それって、ティターニアオンラインの魔法や剣技も使えるってこと?」
「うん。魔法じゃなくてバレットパンツァーオンライン用にコンバートされてるけどね」
シャルケが腰に手を当てて自慢げに言う。たぶん調査したんだろうな。
「【ファイアボルト】なら、火炎属性付与弾が弾無くても撃てるとか。ただ、剣術は死にスキルらしいよ。ほら、ナイフは射程がさ。一部は銃撃に対応しているらしいけどね」
「あーあーあー。なるほどね……。それで、シャルケは何のスキルをもってきたの?」
「私? 【遠距離ダメージ軽減】だよ。もう生半可な攻撃で倒れる気がしないね!」
えっへんと胸を張ってピースをするシャルケ。
さすが壁タイプ。やっぱり防御重視の選択だね。
僕は頭の中で思考を転がす。
アクティブスキルは意外性がありそうだが、やはりここはどんな状況でも効果があるパッシブスキルを取得しておくのが得だろう。個人的には【跳躍マスタリ】だ。
「よし、決めた。それで、どうやってスキルを持ってくるのか教えてよ」
「え、もう選んでるんじゃないの? ほら、お知らせウィンドウにスキル選択用のウィンドウがくっついてたじゃん」
あったっけ……?
スキルウィンドウ?
あれかああああああああ!!
僕の脳裏に、ティターニアオンライン終了時のことが思い出される。これまでの冒険を振り返るスキルウィンドウ……じゃなかったのかアレ!
待て、待ってくれ! 僕は何を選んだことになってるんだ!?
あわててスキル欄を呼び出すと、入念に見ていく。
【片手銃マスタリ】や【両手銃マスタリ】など基本のスキルツリーが並ぶなか、その端っこのほうにそのスキルは鎮座していた。
【巨人滅者】
効果:おびただしい数の巨人を殺したものは、その吐息に至るまで巨人に仇なす巨人族の天敵となる。その身による攻撃は、巨人を死に至らしめる威力となる。
(巨人族との相対中に限り、全ステータス上昇)
「シャルケ……。このゲームに霜の巨人やサイクロプスみたいな巨人族って出てきたりする……?」
「出ないヨ? あたりまえじゃん。擬人型は小型、中型まで。大型はせいぜいでかくても機械戦車くらい。ユニくん、それがどしたの?」
僕は顔面を両手で覆うと、深く重い息を吐いた。
「僕のスキル、【巨人滅者】だ」
「あはははははははははははは!! 死にスキル! 巨人いないのに!!」
シャルケが涙すら浮かべながら爆笑する。ここまで精緻に表現できるVR技術に僕は嫉妬する。数世代前の表情が変わらないMMOなら、ここまで僕が傷つくこともなかったのに。
「何で取得できるんだよ……。いや、もしかしたら大型の敵とかには効果があるのかもしれない……!」
ちょいちょい、とシャルケが僕の肩をつつく。なんだよ、と半眼で振り向く。シャルケの指差す先にコンテナに短い四本足がついた機械兵器が通り過ぎようとしているのが見えた。戦闘用というよりは輸送用の機械兵。
ここは、初心者用フィールドだ。たぶん、そんなに手ごわくないレベルで、大型、中型、小型と相手できるようになっているのだろう。
僕は一抹の期待を抱きながら、距離を詰めて戦闘状態に入る。熱線銃による射撃。ハンドガンよりちょっとだけ威力が高いかわりに、連射ができない。
トリガーを引き、射撃する。心地よい反動が手に伝わる。的は大きく、外す心配はない。
一撃ではしとめきれず、何度も熱線を叩き込む。十回を越えたあたりで、ようやくポリゴン片となって爆散した。
駄目だ!
ぜんぜん発動している気がしない!
僕は愕然とした。これは……死にスキルだ!
目の前が真っ暗になった気がする。
三角座りをしながら地面に「の」の字を書く僕を、シャルケが困った顔で見てるのがわかる。
「いいじゃん。記念と思えばさ」
「……。……それもそうだね」
僕はスキル欄に輝く【巨人滅者】のスキルアイコンを見つめた。
これはあの世界に僕が居た証。勲章のようなものだ。そう考えれば、気持ちにも整理がつく。
「っと、いろいろアドバイスしたいけど、用事があるから私はこのへんでログアウトするね! 次はもうちょっと遠出しようね!!」
シャルケが時計を見て僕にそう言った。僕に手を振るとログアウト操作をする。すぐに円形のワープゲートがシャルケの足元に開き、ポリゴン片となって消えていった。拠点宇宙船に帰還する、という設定だそうだ。
「僕はスキルでも取得するかなぁ」
僕はスキルウィンドウの両端を掴むと、引っ張った。こうすることでウィンドウが拡大されるのだ。
僕はスキルウィンドウを前に、両手をもみ合わる。表示されているスキルポイントは22。はじめから持っていた基礎スキルポイントと、レベルアップした分のポイントだろう。
スキルツリーというのは心がわくわくするものだ。
基礎的なスキルを元に、それに連なる系列のスキルが開放されていく。イベントで手に入る特別なスキルなども存在するし、VRMMOの会社によっては隠しスキルというものすら存在するのだ。
スキルを取得し、万能型の広く浅いキャラクターを作ることも出来るし、ひとつのことに特化したキャラクターを作ることもできる。
とりあえずはじめにもらえるスキルポイントがそれなりにあったので、僕は振り分けることにする。
武器に関するスキルは【片手銃マスタリー】、【両手銃マスタリー】、【近接武器マスタリー】、【投擲武器マスタリー】に分類されているようだ。
熟練度レベルを上げると攻撃力が上がったり、命中力が上がったり武器に対応した装備ボーナスが発生する。レベルを上げないと装備できない武器なども存在するようだ。
僕は基本であろう【片手銃マスタリー】に5ポイントを振る。ちなみに10が限界レベルのようだ。
僕はちょっとの間考えて、ちらっと左右を見渡すと、誰もいないのを確認してから【近接武器マスタリー】に10ポイントを振る。
――――これは自己満足だ。
別にナイフで戦おうなんて思ってない。ちょっとだけしか思ってない。ナイフの練習は大切だよね。近くに寄られた時の対策が必要だし。
「【両手装備】はないのかな……。ナイフ二刀流とかできれば攻撃力は高いと思うんだよね」
かつての栄光の姿が思い起こされる。
しばらくスキル欄を見つめるがそういったスキルは無い。【二丁拳銃】のスキルがあったので取得しておく。残りは【装備重量軽減】を取っておいた。僕のプレイスタイルだと重くなって速度が遅くなるのは避けたい。
現実ではありえないような速度と跳躍力でフィールドを疾走するのが大好きなのだ。
「武器に慣れる必要があるなあ」
僕は手元の熱線銃を見ながら呟いた。
この初心者武器は攻撃力が低い代わりに弾数が無限になっているのがありがたい。しばらくはこのフィールドにこもって、武器の取り扱いに慣れるとしよう。
僕はこういった反復練習が大好きなのだ。ティターニアオンラインの時も、剣を握って何百万回振ったことか。下手をすると一億は越えてるかもしれない、というのは言いすぎか。
「よおし、もう一息狩りますか!」
僕は右手に拳銃、左手に熱線銃を装備すると、森の中を駆け出した。
<ステータス・スキル>
名前:ユニオン
ジョブ:見習い兵
勢力:なし
レベル:1>3
スキル:【片手銃マスタリー】0>5 【近接武器マスタリー】0>10
【二丁拳銃】0>5
【装備重量軽減】0>2




