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第26話「ボス:ニレ」

 フラオン移住区は炎の明かりに照らされていた。

 たなびく黒煙が時折視界をかすめる。ボンと低い爆発音がして、どこかの家の窓が吹き飛んだ。

 窓ガラスが割れる音がする。炎が燃える低い唸り声のような音が聞こえてくる。


 熱さは感じない。これはゲームだからだ。


 だが、この身を内側から焼く怒りは、本物だ。


「師匠オオオオオオ!!」


 ――――叩き斬る。


 この人は放っておけば後ろから斬られる。だからこそ先に叩く。


 ニレが両手を広げた。僕を迎えるように。その姿は炎の照り返しを受けて深紅に輝く。両の手には銃剣を着装した拳銃が握られている。

 【着装】。ライフルに銃剣、グレネード発射装置、フラッシュライトなどを取り付ける突撃兵(アサルト)のスキルだ。

 【二丁拳銃】と組み合わせることで、こんなことも可能なのか。


 ニレは銃剣の刃と刃を交錯させる。シャイイインと甲高い音が、炎の音を圧して耳に響いた。


「殺す気で来い、小僧」


 僕は弾丸のように飛び出した。一歩目から最高速度に達する。前に向かってのショートジャンプを併用した特殊な移動術。

 正面からと見せかけて、ニレの直前に一度左に折れ曲がりフェイントをかける。


 ぐるんとニレの顔がついてくる。両の刃も。

 振り回したブラストソードが、銃剣で逸らされる。二刀の軌跡は、ティターニアオンラインの師匠と変わりない。高速で振るわれる刃を、かろうじて受け、(かわ)す。


「くっ……!?」


 ニレの二刀流は以前と遜色ない。相対するには手数が足りない。

 右の刃を弾いたと思ったら、すでに左から刃が来る。回転する動きは、次の剣戟につながっている。

 熱線銃(ブラスター)を撃つことで、回避する隙を奪いとっている。だが、それもエネルギーパックが尽きたら終わりだ。


「そうじゃ、もっと楽しませるんじゃぞ?」


 ニレの突きをスレスレで避け、ブラストソードを振るう。

 ブラストソードの刃の間のスリットに銃剣を差し込まれた。ニレがぐぅんと腕を振ると、僕の腕まで誘導されてしまう。


 やばい。どうする!?

 熱線銃(ブラスター)? 跳躍で逃げる? ブラストソードで打って出る?


 迷っている間に、顔面に蹴りを叩き込まれた。身体が勢いよく転がされる。


「なんじゃ、はよう本気を見せい。それとも、先に住民を全滅させたほうがやる気が出るかの?」


 ニレはからかいを含んだ口調で言う。だが、それは冗談でも何でもない。この人がやるといったらやってのけるだろう。それだけの強さを持っている。


「だめだ……」


 このままじゃ、勝てない。


「集中しなきゃ……」


 熱線銃(ブラスター)を投げ捨てる。

 ブラストソードを両手で構える。そうだ。銃などに頼るから迷いが出る。


 ほう、とニレが面白がるような顔をする。


 僕は息を吸い込むと、ゆっくりと細く長く吐き出した。


 ――――跳ぶ。


 短い助走距離から、猛獣が飛びかかるが如く。

 一撃で首を刈れ。牙を突き立てろ。


 鋭い一撃を、ニレはかろうじて銃剣で受けた。全身の力をもって押し込むブラストソードはその程度では防げない。

 ニレは新体操のように身体を柔らかく動かすと、ブラストソードの勢いを逃がす。


 着地、密着距離からブラストソードを振るう。エネルギーブレイドを起動。エネルギーの刃は機甲兵器の装甲すら切り裂く代物だ。

 ニレの顔に初めて驚きが浮かんだ。受けようとした銃剣を斬り飛ばして破壊ブレイクした。


 よし、これで二刀は使えない!

 

 のけぞったニレの顔スレスレをエネルギーの刃が過ぎる。避けられた。横薙ぎ、振り上げとさらに繰り出すが、紙一重で回避される。おそるべき体術。


 簡単に当てさせてはくれないか!


 低い姿勢で後ろへ跳ぶ。外したからには反撃が来る。暴風のような剣閃が目の前で吹き荒れる。

 エネルギーブレイドの刃が消える。十秒。


「面白い手を使うもんじゃのお。鋼をも斬る刃、といったところじゃの」


 ニレはそう言って笑うと、インベントリから銃剣を取り出して装着する。さきほど二刀を奪った喜びが、一転して絶望に変わる。


「これでロボを斬ってるとな、すぐに耐久切れになってしまうんじゃ」


 つまり、交換用の刃はまだまだあるということだ。


「くそおおおっ!!」


 全速で突撃する。ブラストソードにエネルギーパックを叩き込み、エネルギーブレイドを伸ばす。

 足を狙う一撃。ジャンプで回避される。回転からの兜割。身体を開いて回避される。かすりもしない。

 だが、銃剣はエネルギーブレイドの射程内。破壊(ブレイク)を狙う。


 ズドンという音は、重く響いた。

 ニレの銃口から煙が出ている。撃たれた。


 太ももに当たった弾はヒットストップ効果で、今まさに跳ぼうとした僕を地上に縫いとめる。

 二発目は足の甲。被弾エフェクトが飛び散る。HPゲージが削れる。


「小僧、見えとらんなあ」


「――――!?」


 ニレの顔が間近にあった。あっ、と思った時には、すでに銃剣は振るわれていた。

 喉に灼熱感。HPゲージが一撃で消し飛ぶのがわかった。


 待って! 僕はまだ――――!


 僕の身体がポリゴンになって爆散する。視界が完全に白く染まった。

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