第25話「征服戦(防衛)」
表に飛び出した僕はすぐさま無人機を展開する。空へ舞い上がった無人機は【無人機索敵】で敵プレイヤーの位置をマップに浮かび上がらせる。
マップを凝視しながら、敵プレイヤーの位置を頭に叩き込む。
「シャルケ、敵の位置は見えてる?」
『おっけおっけ。見えてるよー!』
「よし、じゃあ囲まれないように遊撃。混乱させてって」
『らじゃ』
シャルケが表に出て来ると、ウィンクをひとつ飛ばしてくる。すぐに装甲を展開すると、エネルギーキャノンを抱えて走り出す。ちょっと離れている敵プレイヤーを目指す。おそらく狙撃手。
狙撃銃ほどの射程はないが、エネルギーキャノンはかなり射程が長い。距離を詰めて潰しておくつもりだろう。
『……私は?』
「フェリンは……」
地雷だからなあ。相手の数からして、突撃兵も多そうだし、とりあえず防衛かな。
「フェリンは地雷でこのあたりをガードしておいて」
『……了解』
じゃあ、僕は。
「とりあえず手近なやつから狩らせてもらうよ……!」
僕は壁を蹴ると屋根に飛びついた。身体を振り回して屋根の上に着地する。箱型の家は移動しやすい。
屋根の上を移動していると、すぐに敵プレイヤーを見つける。
突撃兵。二人一組。アサルトライフルとショットガン装備。
そこまで見切ったところで、僕は跳躍した。背後に着地。ブラストソードの抜き打ち。一人目の首を刈った直後に、二人目の心臓に刃を突き立てる。
ナイフによる攻撃はマップ上に射撃反応を残さない。無音キル。
「お……!?」
「ぅえ……!?」
そんな声だけを残し、ポリゴンになって消える。
まず、二人。
征服戦のルールで、この二人はもう戻ってこれない。次だ。
一人にならないように巡回しているようだが、屋根の上を移動するこちらに機動力で追いつけていない。さらに三人を屠る。
ウィンドウがポップした。
<ヘンリーが死亡しました>
背筋が冷えた。
ヘンリーはフラオン移住区の住民だ。おっちゃんのお隣に住んでいて、ランニングで身体を鍛えるのが好きだった。
ノイズ交じりの拡声器の音がフラオン居住区を貫く。
『悠長にしてていいのか? ほらほら、どんどん死んでくぜ!』
爆発が起きた。設置爆弾か、エネルギーキャノンか。何かに引火したのか、建物が炎上を始める。
<パティが死亡しました>
<ブレオンが死亡しました>
<ノリーが死亡しました>
「僕を……!」
体中が粟立つ。ここまでやるか。ここまでやるのか!?
「僕を狙えよッ!」
屋根から飛び降りる。住民を狙っていた機甲兵に、ブラストソードで攻撃する。エネルギーブレイドがやすやすと装甲ごとHPをゼロにする。
近くの突撃兵数人が銃口を向けてくる。高速で移動しながら回避。熱線銃を連射しながら、ブラストソードを振るう。
銃弾を受ければ僕の少ないHPはすぐに吹き飛ぶ。頭の中の冷静な部分が残りのHPと残弾をカウントしている。
『……ユニオン』
フェリンからの通信。ハッとしてマップを見ると、フェリンのマーカーの近くには、多くの敵プレイヤーが表示されている。
囲まれている。
『……ごめん』
通信が消失した。同時にフェリンのマーカーと、敵マーカーが一気に消滅する。
最終手段として、自爆したのだ。おっちゃんの家の周辺には、もう何のマーカーもない。住民マーカーもだ。
どうして――――!
「僕は――――ここだッ!!」
銀閃が燃える居住区を横切った。
唸りを上げて飛ぶ狙撃弾を、【無人機防御】のシールドが防ぐ。さらに送られる弾丸をシールドがなんとか防いでいく。威力の高い狙撃弾を数発受けたところで、シールドの耐久値が尽きた。最後は無人機本体が盾となり、銃弾を受ける。煙を吹いて小爆発。
『ユニくん! 狙撃兵排除したよ!』
あれだけ撃てば場所を晒す。シャルケが排除。こちらは【無人機索敵】を失った。だが、乱戦による突発的な遭遇戦なら、ティターニアオンラインの時に腐るほどやっている。
僕はわざわざ自分の位置を示しながら、突き進む。向こうから寄ってくるなら、それを叩き潰すだけだ。
<サーシャが死亡しました>
「――――!」
無慈悲なアナウンスが表示される。
一瞬僕は足を止めた。
アナウンスを否定していしても、意味がない。
サーシャはおっちゃんの奥さんだ。
奥さんの顔が浮かぶ。おっちゃんと娘ちゃんの顔も。
「シャルケ! おっちゃんの家に向かって!」
『う、うん。おっけ!!』
割り切れ!
NPCだ。NPCだから。
「割り切れるもんかァ!!」
<鉄血>のメンバーを見つけた。僕を警戒してか四人組。構うものか。
獣のような姿勢で疾走した。射殺すつもりで視線を投げる。銃弾を撃つ前に、目が動く、指が動く。
あとは銃弾が届く前に射線から身体を外すだけ。ストライドは短く、前へ。
突撃兵に噛み付くように飛びついた。立てるのはブラストソードという牙。
死体が消える前に近くにいた工兵らしき男を盾にする。引鉄を迷っている間に工兵を後ろから刺す。
死亡時の爆散エフェクトに紛れて、スライディング。機甲兵の股下を通りすぎながら、伸ばしたエネルギーブレイドで股間から真っ二つにする。
「……ば、化け物!!」
「人聞きが悪いなぁ。さっきまで喋ったり笑ったりしてた人たちを、略奪で殺していく君たちも同類だよね?」
「ひっ、ヒィ!?」
おびえたように、残された突撃兵が尻もちをついた。手に持つマシンガンの銃口が震えて、うまくポイントできない。
「たす、助け――――!」
「…………」
真っ二つに斬った。ブラストソードのエネルギーブレイドは、抵抗なく身体を断ち割る。
『この野郎……! なんで……! なんでそんなに強いんだよ!』
ブリッツの声は近くから聞こえた。
燃え盛るフラオン居住区、その大通りで僕はブリッツと向き合った。
ブリッツは前面がトゲ付きシールドでカバーされた装甲車に乗っていた。もとになった車自体はこの居住区にあったものだ。見覚えがある。そこに持ってきたシールドを追加したのだろう。
窓から身体を出した突撃兵がロケットランチャーを持っているのが見える。
『轢き殺せッ!』
アクセルを吹かす音。一気に加速した装甲車が突っ込んでくる。
ぬるい。まだミミルさんのほうがいい運転をするよ。
跳躍する。ステータスを強化した脚力が装甲車の上を取る。ブラストソードが装甲車の屋根を切り裂いて開いていく。屋根ごしに運転手の顔面に命中。ポリゴンになって爆散する。
通り過ぎた装甲車が、運転手を失って横倒しになる。
今の一撃でブリッツをやれなかったのが残念だけど、これで邪魔な装甲車は動かない。
わたわたと飛び出してくるブリッツと<鉄血>のメンバー。
僕が一歩踏み出すと、一歩下がる。
「復讐しに来たんじゃないの? やろうよ」
<トームスが死亡しました>
住民の死亡ログがまだ流れている。<鉄血>のメンバーはまだ残っているみたいだ。
こいつらを速くやってしまわないと。
「ふむふむふむ……。仕上がってるのお?」
いつの間にか、横倒しになった装甲車の上に紅い髪のツインテールの女の子が座っていた。髪と同色のバトルスーツ。その小さな身体からは、プレッシャーを感じる。
ニレ師匠はぴょん、と装甲車から飛び降りる。
「……師匠」
「今のワシ、略奪サイドじゃぞ?」
「――――!」
その一言で理解した。どうしてブリッツがここに居るのか。どうして師匠がここに居るのか。
戦闘狂。戦うためだけに、舞台を用意したんだ。
僕は無言でブラストソードと熱線銃を構える。もうブリッツなど意識に入らない。
ニレ師匠が両腿のホルスターから拳銃を抜く。銃剣が着いた二刀流。
その二刀流は、僕がこの世界で欲しかったものだ。どうして、僕にはないんだろう。
師匠の裂けるような笑み。心底楽しそうな表情が、そこにはあった。




