第23話「収穫の時期」
走り去るユニオンを、ニレは冷たい目で見ていた。その速度、身体の使い方、ステータスの振り方を把握する。
なかなか面白く育ってるじゃないか。
舌なめずりすると、思わず出ていた獰猛な笑みを意識して消す。
手元のウィンドウを操作すると、個人通信ウィンドウを展開する。
「あの勢いでは懇意にしておる村にすぐ向かうはずじゃろ。後をつけろ。気付かれるなよ」
『情報はありがたいが……、オマエ、本当にあの野郎の師匠なのか?』
個人通信から聞こえてくる声はブリッツのものだ。音声のみのため顔は見えないが、その声からは少しの動揺が伝わってくる。
「どういうことじゃ? 小僧の弱みを知りたがったのはおぬしじゃろう?」
ニレに装備や金を与えていたのは、ブリッツだった。初めてニレと出会った時から、その強さは群を抜いていた。機甲兵器の群れに囲まれて、嬉々として跳ねまわるあの姿。
不用意に近付いた<鉄血>のクランメンバーが一瞬で屠られたのも衝撃だった。
ユニオンの名前がニレの口から出たことにも、ブリッツは衝撃を受けた。
そこで、ブリッツは交渉することにした。
金を与える代わりに、働いてくれないか、と。
さっきのユニオンとの会話ではあえて言わなかったことがある。フィールドやダンジョンのNPCを狙って装備品を強奪するより、はるかに稼げる方法があるのだ。より多くのNPCが集まり、資材や財宝が一ヶ所に集められている。つまり。
――――村を、襲えばいい。
村には資材があり、装備をつけたNPCがいる。その村からクエストが受けられなくなる難点はあるが。瞬間的な利益はかなりのものなのだ。
ブリッツたち<鉄血>は、村を襲う行為を繰り返し、莫大な資産を手に入れているのだ。懸賞金をかけられないように、村人は子供NPCでさえ皆殺しにする。
それが、可能なのだ。
「おぬしこそしっかりやるんじゃぞ? なけなしのプライドの仇討ちじゃろ?」
『…………』
ブリッツは沈黙する。自分もかなりあくどいことをやっている。今更〝裏切りがいけない”とか言えた口は持たない。
それほどまでに、知り合いのはずなのに、師匠のはずなのにニレの態度は軽い。
ブリッツは歯噛みした。自分の仇討ちのはずが、なんだか気味が悪いと感じていた。
『あの野郎を襲う時に、殺しちまっても文句言うんじゃねえぞ』
「おうおう。意気がええの。その調子で頑張れよ?」
ニレがにたりと笑う。かわいらしい顔が浮かべる類のものではない。ちぐはぐさが、不気味さを増加させている。
ブリッツはおそらく勝てない。ニレはそう考えていた。
それでもユニオンの怒りを煽ることくらいはできるだろうと踏んでいる。
(見たか、あの装いを。銃と剣とは、いったいどんな修練を積んできたのやら。楽しみすぎるわい)
ユニオンはニレが教えた中で、トップクラスに出来がいい。柔軟に受け止め、自分なりに戦い方を進化させていくからだ。
ニレが教えたのは二刀の使い方まで、それを跳躍と高速移動を併用して【軽業士】まで昇華させたのは、ユニオンの地力なのだ。
故に、ニレは待った。ユニオンが強くなるのを。
試しにしかけてみたが、やはりお遊びでは本気を出さない。
「今のあやつは、どこまでのものなのか。本気を出してもらわぬと面白くない」
ニレが戦い方を教えるのは、何も慈善事業ではない。ましてや、技を後世に残したいからなどでもない。
強く育てて、よりよき殺し合いをするためなのだ。
それも、仲良しこよしの慣れ合いではなく、呪詛や怨嗟をぶつけあうような殺し合いがしたいのだ。
ニレは椅子から立ち上がる。いつでもやれる。装備にぬかりはない。
ユニオンがとある村を懇意にして、出入りしているという情報は、情報屋から買っている。
「ブリッツ、間違えるなよ? 狙うのは、村じゃ」
『わかってる。何回繰り返してると思ってるんだ』
追跡に専念するために、ブリッツが通信を切る。
あとはブリッツがユニオンの行き先を突き止めるのを待つだけだ。
――――収穫の時は来た。




