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第23話「師匠」

 なんだか最近羽振りがいい人が増えた気がする。

 ホームタウンを見渡しても、高級装備を身に着けた人が増えてきている。前みた時に安いハンドガンの装備だった人が、今は高級なレアアサルトライフルを装備している。


 それと……。なんだかホームタウンの雰囲気が悪い。こう、ガラが悪くなったというか。

 見た目はいつものホームタウンなんだけどな。


「おい、小僧」


 そんなことを考えながら歩いていたら、急に呼び止められた。しかもいきなり小僧呼ばわり。

 慌てて振り返ると、ツインテールの紅い髪の女の子が立っていた。背は僕と同じくらいか。もちろん知らない子だ。

 髪と同じ紅い色でカラーリングされたバトルスーツを着ている。身体にフィットする素材のスーツの要所にプロテクターを埋め込むタイプだ。


「そういう呼ばれ方をされるいわれはないと思うけどな」


 はっ、と鼻で笑われた。


「お前、馬鹿じゃろ。小僧だから小僧と呼んで何が悪い」

「いいかげんにしないと怒るよ!」

「お? やるか?」


 ツインテールちゃんが獲物を見つけたような顔でにたりと笑う。しかも試合ウィンドウを送ってよこしてきた。決闘とは違い、アイテムを取られることはない。

 ウィンドウにはキャラクター名が記されている。〝ニレ”という名前らしい。


 こういうちょっとマナーが足りない子は、おしおきされてもしょうがないと思う。

 僕は苦い顔を作りながら試合の承諾ボタンを押した。


 レベルが上がったステータスはやはり素早さ(AGI)跳躍力(JPG)に振っている。今の僕の速度は、熟練のプレイヤーでないと照準も難しいレベルに達している。

 僕はいつもの熱線銃(ブラスター)とブラストソードを抜き放つ。ニレはまだ得物を抜かない。


 カウントダウンが始まる。

 ゼロになる直前に、ニレが得物を顕在化(アクチュアライズ)させた。


 その両手には、銃剣を取り付けた拳銃が。


 僕は地を蹴ると八割くらいの速度で距離を詰める。熱線銃(ブラスター)の銃口を囮に、フェイントを入れて直前で左へ。ニレの顔は付いてこれていない。そのままブラストソードを振るう。これで終わりだ。


「小僧、フェイントが甘い」


 ニレが動いた。

 僕を見もせずにブラストソードを銃剣で弾く。こちらが刃を振り直す前に、ニレの姿が消えたように見えた。瞬時に僕の横に回り込んだニレが、銃剣を振るう。

 瞬間に三閃。左に回避。


 この剣閃は――――!?


「そこで左に避ける癖、どうにかせえよ」


 銃剣が肩からめり込む。斬られたとわかった瞬間に銃弾が連続してめり込む。

 背中側に回り込んだニレは、容赦なく銃剣を突き立てた。

 僕の体力があっけなくゼロになる。


 僕は倒れてうつ伏せになったまま、しばらく呆然としていた。僕の動きを知り尽くされている。それも当然だ。この人は。


「…………男じゃなかったんですか、師匠」


 ティターニアオンラインの時に、僕に二刀流を伝授してくれた師匠だ。


「女キャラにしたんじゃ。かわいいじゃろ?」


 そうやって笑うニレ師匠は、ティターニアオンラインの時に見覚えのある笑みを見せた。

 たしかに師匠なら僕を〝小僧”と呼ぶだろうね。いつも自由奔放で、上から目線で、そして戦闘狂(バトルジャンキー)のこの人なら。


 僕はぐったりした顔で起き上がると、ニレ師匠を睨みつけた。


 一度場所を変え、カフェっぽいスペースの椅子に座る。ニレ師匠は深く椅子に腰かけ、両足を組んでいる。偉そうな態度が似合うというか年季が入っている。


「それで、師匠。いつの間にこっちにコンバートしてきたんですか?」

「おうおう。ちょっと前にな」

「名前まで変えて……。ティターニアオンラインんの時は白樺でしたっけ?」


 その時の師匠はおじいちゃんの外見をしていた。言葉遣いもぴったりだったのだが、今のこれは何なんだろう。じいさん言葉を使う紅髪ツインテールの少女とか。


「しかし、何だ小僧、その変な装備は。二刀じゃないのか?」

「いろいろありまして。こうなってるんですよ。ほっといてください」


 ニレ師匠の装備を見る。今は顕在化(アクチュアライズ)したままの二丁拳銃が腰に収められている。銃剣を着装したままでも収められる特注のホルスターだ。

 拳銃も銃剣もホームタウンの武器屋では見たことのない形をしている。もちろん、紅いバトルスーツもだ。


「師匠、最近やってきたわりに装備がそろってますね?」

「貢がせた。見た目がおなごというのはおもしろいもんじゃ。ワシが男だとわかっていても気にしないみたいじゃなぁ」


 なんとも言い難い。そういう趣味の人もいるということだろうか。


「貢いだ人もどれくらい出したんだか。よく稼いでますね、その人」

「お? まあ、そうさな。今、かなり稼げる手段があるからの」


 興味がない素振りで、思い出したようにニレ師匠は言う。


「フィールドやダンジョンでNPCが出るようになったじゃろ? そのNPCを倒して装備を剥ぎ取るのが儲かるそうじゃぞ?」


「…………は?」


 何を……?

 そんなことが、可能なのか?


 可能かもしれない。

 フェリンはフィールドでコンテナを爆破して賞金首になった。NPCのコンテナだったからアイテムを盗る発想はなかったみたいだけど、もしそのアイテムも取得できるとしたら。

 懸賞金をかけられることをいとわなければ、NPCからレアリティの高い装備やアイテムを強奪することができる……?


 まさか!


 そんなことをするプレイヤーがいること自体が信じられない。

 ニレ師匠はにやにやと笑っているだけで、真偽のほどは定かじゃない。師匠は対プレイヤー戦(PvP)を容認どころか歓迎派だ。NPCじゃなくてプレイヤーから強奪していても認めるだろう。


 ふと、脳裏をいろんな顔をかすめた。

 そういえば最近行ってない。


 ――――フラオン移住区の人たちは、どうなってる?


「師匠、すみません。ちょっと用事ができました!」


 僕は椅子を蹴立てて立ち上がると、転送ゲートに向かって走り出していた。

 あとには、静かに笑うニレ師匠だけが残されていた。

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