第20話「マインレイヤー」
何があったのか聞くためにも、一度場所を変えることにした。ホームタウンに戻ろうと思ったが、どうやらガスマスクの人はホームタウンに入れなくなっているという。しょうがなく近くの村を拠点にしているらしい。
道路傍の古い倉庫らしき場所に入る。転がっている大きな石に
僕は無人機を飛ばすと、【無人機索敵】を再度発動する。設定を変えて、近付く機甲兵器やプレイヤーが居ればアラートが鳴るように設定しておく。
襲われても先に動けるようにしておきたい。
「ぼくはユニオン、んで、こっちがシャルケ。君は?」
「…………」
「うーん。僕たち一応あなたを助けたんだけどな。自己紹介くらいはしようよ」
「……フェリン」
あまりしゃべるのは得意じゃないのかな。
名前を名乗ると同時、ガスマスクの人――フェリンの頭上に名前が表示される。やはりプレイヤーだ。
ガスマスクの人は迷っていた様子を見せたが、やがて意を決したのかガスマスクを外した。
思わず息をのむ。かなりのクール系美少女だったのだ。全体のパーツがかわいらしくできており、黒髪のショートカットが似合っている。まさにお人形さんというところ。シャルケも同じ感想だったのか、ピューと口笛を鳴らした。
「それで、どうしてプレイヤーが賞金首になっているの?」
「……わからない。アップデートの後、しばらくしたらホームタウンに入れなくなって。それからいろんな人が追いかけてくるようになって……」
フェリンは一度そこで切った。たくさんしゃべって疲れたような顔で、ぼそりと言う。
「それで、今まで逃げ続けてた……」
「一度もやられずに?」
フェリンがこくりと頷く。その様子はかわいい。だが、かわいい子と侮ってはいけないかもしれない。
どれくらいのプレイヤーから逃げ続けたのかはわからないが、逃げ切るだけのプレイヤースキルを持っているのだ。
フェリンが嘘をついているかどうかはわからない。ただ、アップデートの中に懸賞金をかけるようなシステムはなかったはずだ。
「シャルケ、情報屋に連絡が取れる?」
その一言でシャルケもわかったらしい。ビッと親指を立てると、すぐに個人通信ウィンドウを開いて何やら話しだした。
この賞金首は情報屋から高額で買った情報だ。ならば賞金首に関する情報は、そいつが知っているに決まっている。
シャルケが個人通信をしている間に、フェリンのことを観察する。小さな身体、大き目のレインコートのだぼだぼした感じがさらに幼い感じを出している。
僕がじっと見ていることに気が付いたのか、
「……なに?」
「フェリンさんは何の職業なの?」
僕はそこで不思議なことに気付いた。フェリンは銃を持っていない。
普通、どの職業でもマシンガンなりハンドガンなりを持っているのが普通だと思うけど。フェリンは一体何の職業なんだろう?
「……狙撃兵」
狙撃兵か。収納されているだけで、コンテナの中身は狙撃銃か何かなのだろうか。
再び黙ったままじっと見ている僕を、フェリンが不審げな顔で見る。
「いや、そのコンテナってなんだろって思って」
「地雷」
「地雷……?」
「わたし……マインレイヤーだから」
マインレイヤーってなんだろう?
「うん……、うん。ありがと。え? それはフレンド価格ってことで、サービスしといて。おっけ……わかったよ」
フェリンにもっと話しかけようとしたところで、シャルケが個人通信を切った。
シャルケは、少し興奮気味に僕とフェリンに言った。
「懸賞金をかけられるのは――――〝村人”なんだって」
はい? 村人?
プレイヤーが村人に困ることをする。
村人、そのプレイヤーに対して懸賞金をかける。
シャルケが得た情報をまとめるとこういうことだ。
どうやらNPCに攻撃をしかけることができるようになっているのが問題みたいだ。
アップデートで各地に増えたNPCだが、そのNPCに対して乱暴行為を働いたり、マナーの悪い行動をしたりすると、NPC達が自発的に懸賞金をかけるようになっているらしい。その村人からクエストの形で受注すると、賞金首ウィンドウを獲得できるシステムだという。
村人を攻撃する、か。
そんな弱い者いじめみたいなことをして楽しいのかな?
いや、楽しいと思う奴もいるんだろう。だから、こんな事態になる。
「ということは、フェリンさんも……?」
フェリンも村人に対して攻撃を繰り返したりしたのだろうか?
「してない! そんなことしてない!」
フェリンは両手をブンブン振って否定した。
「んー。それじゃあ、懸賞金かけた人のところ、行ってみる?」
シャルケが賞金首ウィンドウを拡大しながら言った。確かに、賞金首をキルした場合、クエスト完了を報告しないと懸賞金はもらえない。
ウインドウには、懸賞金をかけたNPCの名前と村の位置が記されていた。
<ベルシム居住区>。
大きなコンテナがそこかしこに置かれ、運搬ロボットが資材や建築材を運んでいる。工事の音がそこかしこから聞こえてくるのが、少しやかましい。エリアもかなり大きく、村というより町に近い規模だ。
この<ベルシム居住区>は居住エリアを増築している途中らしい。
僕とシャルケとフェリンは、その中央通りをゆっくりと進んでいた。フェリンはガスマスクを外している。賞金首ウィンドウにガスマスクがあったのなら、外してしまった方がカモフラージュになるだろう。
「そのレインコートも脱ごうよ」
「……いやです」
レインコートを脱ぐのは断固拒否されたのでそのままだが、フードは外してもらう。顔が出るだけで印象は変わるものだ。
居住区の中で一番豪華な家にその人はいた。ギドマンという名前のそいつは、階級でいうと町長あたりだろうか。太った身体で服がぱつおぱつになっている。栄養環境が豊かということが、かなりの資産持ちなんだろう。
これだけ豊かに考え、動く住人たちだ。〝交渉で懸賞金を取り下げる”ことも可能なはず。
「……なので、フェリンさんの懸賞金を取り下げてもらえませんか?」
「懸賞金の解除ォ?」
「そうです。お願いできませんか?」
「フェリンとかいう奴のせいでだな、ワシはだいぶ損害を被ったんだよ」
フェリンがぴくりと身体を動かす。
「……どうして?」
あっと思った時には、フェリンが声をあげていた。先頭に居る僕の後ろに隠れるようにだが、はっきりと言った。
一瞬冷や汗をかくが、どうやらギドマンは目の間にいる女の子こそがフェリンだと気付いた様子はない。
「あー……。フェリンという人は、いったい何をしたんですか?」
「このベルシム居住区はいま拡大中でな。ホームタウンから資材を運ばせている。そのコンテナを輸送中に吹き飛ばしてくれよって! 資材は何も取られておらんのが不思議だが、何回か起こるもんでな」
僕は思わずフェリンを見る。フェリンはあさってのほうを向いていた。地雷か、地雷だな。
そういえばあのエリアは一定ルートを輸送ロボが動くだけだ。地雷をしかけてゆっくり待つ戦法なら、経験値を稼ぎやすいのだろう。
まさかその中にギドマンのコンテナがあるとはだれも思うまい。今までフィールドやダンジョンには敵である機甲兵器しかいなかったのだから。
ギドマンはしばらく思案顔をしていたが、太く短い指を組み合わせると、僕たちを見てニヤリと笑った。
「それじゃあ、ひとつ、頼まれごとをこなしてくれるかね? そうすれば取り消そうじゃないか」
ギドマンのクエストは、<ベルシム居住区>の近くに出る大型機甲兵器を破壊してほしい、というものだ。
クリアすると懸賞金の取り消しがされるからか、フェリンが張り切っているのが見てわかる。
ギドマンがマップにマーキングしてくれた場所は、開発途中で放棄された現場だった。広い空間には、破壊された資材やクレーン機材などが横たわっている。
その真ん中に、小さな山があった。
<ジェルクロウラー>。
ゴツゴツした岩のような甲殻を持つ、芋虫型機甲兵器だ。僕らが近付いたからか、ぬめぬめした液体を撒き始めた。 うわあ、触れたくない。
<ジェルクロウラー>の名前の前には、クエストマーカーがついていた。
「きっとあれがギドマンが言ってたやつだよ!」
「よし、シャルケ! 撃て!」
「がってん!」
シャルケの装甲が展開、キャノンにエネルギーがチャージされ、最大威力で発射された。
その瞬間、<ジェルクロウラー>が体中からジェルを噴出させる。霧のように細かく噴出したジェルは、特殊効果なのかエネルギー弾を分解、霧散させてしまう。
「うっそぉ……」
「なら……っ!」
僕は熱線銃を発射した。オレンジ色の線が空中に描かれ――――ジェルで反射した。
「エネルギー弾無効、熱線銃無効!?」
ならば切るしかない。僕は近付こうと足を踏み出し、地面に撒かれたジェルを踏んだ。
移動阻害デバフのアイコンがポップアップ。移動速度がかなり遅くなる。<ジェルクロウラー>は何本もある脚を使って、こちらが進むより速い速度で移動できる。正直接近戦でも勝ち目がない。
この機甲兵器、実弾系じゃないと攻略できない!!
「わたしが……やる」
フェリンが一歩前に出る。その両手には、大型のフリスビーを厚くしたような地雷が握られていた。
<ジェルクロウラー>が反応する前に、フェリンは地雷を投げる。投げた瞬間にコンテナからさらに地雷が補充され、すぐさま追加で投げる。
<ジェルクロウラー>が地雷を踏んだ。ズドッと重い音を立てて、小爆発が起こる。
フェリンは近付くと動きが鈍った<ジェルクロウラー>の近くに、さらに地雷を撒いていく。
地雷が爆発を起こすたびに、フェリンの顔が笑顔になっていく。ちょっと怖い。
しかしさっきから地雷しか出てこない。
まさかフェリン、地雷しか持ってない?
「……ねえ、シャルケ。マインレイヤーっていったい何のことかわかる?」
「地雷敷設士。地雷を撒くのを専門のプレイスタイルって聞いたことがある気が」
地雷を踏むたびよろけ、震える<ジェルクロウラー>。ジャンプもできず、地を這う芋虫は、呆気なく爆破されていく。
ギュイイイイイイイイイン!!
<ジェルクロウラー>が鳴いた。転送用のワープホールが開き、プロペラのついた樽みたいな機甲兵器を援軍として呼び出す。
僕とシャルケは顔を見合わせた。
あれなら僕らでもやれそうだ。
「飛んでるヤツは僕らが! ボスはフェリンさんに任せるよ!」
「……フェリンで、いい」
それを聞いてシャルケがにんまりと笑顔になる。エネルギーキャノンを構えながら叫ぶ。
「おっけ、やるよぉ! フェリンちゃん!」
「……むぅ」
お気に召さなかったのか、ちょっと不機嫌顔で地雷を撒くフェリン。
僕はそれを見て苦笑しながら、倒れたクレーンの上を走り始めた。
<ジェルクロウラー>を倒すまで、そう時間はかからなかった。
クエストは成功。無事にフェリンの懸賞金を取り下げる。
「二人とも……ありがとう」
「今回みたいに、機甲兵器以外も巻き込むかもしれないから、相手を見ながら地雷を設置しないとダメだね」
「……難しい」
「じゃあ、一緒に狩りとかに行けばいいんじゃない? 私たちとさ!」
フェリンはまじまじとシャルケを見つめた。言われたことがわからない、という顔。
あ、なんかわかる気がするなあ。
自分のプレイスタイルに文句はないけど、人と組むなんて考えられないほどの趣味ステータスだからね。
自分が入ることで効率が下がったり、いやな目にあったり、そういうのが不安なんだよなあ。
「……いいの?」
僕とシャルケは力強く頷いた。
やっぱり誰かと一緒がいい。楽しいことも、しんどいことも、分け合うことができるしね。
フェリンは花開くような笑顔で、大きく頷き返した。




