第18話「フラオン移住区」
おっちゃんの後についていく。<マルオカ研究所>を抜け、外のフィールドへ。
普通、NPCというものはエリアで管理していると思うのだけど、エリアをまたいでもおっちゃんの挙動におかしいところはない。
おっちゃんと最近弾丸の値段が上がったことや、ポータルが解放されてきて便利になってきたことを世間話をしながら歩くうちに、村が見えてきた。
簡易補修材を利用して作られた家が何件も見えて来る。村に入る前から忙しそうに働く人たちが見える。ちらりとマップを確認して確かめる。あの村人たちも全てNPCだ。プレイヤーはいない。
「ユニくん……ワクワクするね!」
「まあ、何かのイベントだと思うよ。たぶん」
シャルケが楽しそうに言うのに僕は答えた。シャルケは能天気でいいな。僕なんて何が起こるかちょっと不安なところもあるのに。
おっちゃんは村の入り口に着くと、僕たちを振り返る。
「ここが私たちが住んでいる村です! どうぞどうぞ」
そういいながらずんずん村に入っていくおっちゃん。おっちゃんが通りかかるたびに、近くの人たちが挨拶をしていく。遠くから僕たちをこっそり眺めている人たちもいるのがわかる。走り回る子供たち。それを追いかけて叱る親。
どのNPCも、まるで人間みたいだ。
それにしても、この人たち、なんだかどこかで見たことあるような気がする。
おっちゃんはとある家の扉を開けると、僕たちを中に招く。立方体型をした飾りも何もない外壁の家だが、内部は結構調度品がそろっていた。部屋が三つにキッチンとリビングという簡素な家だ。
キッチンでは三つ編みの中学生くらいの女の子が何やら鍋をかき混ぜていた。
「おぉい、帰ったぞう」
「あ、お父さん。なぁに? その人たち」
「いやあ、危ないところを助けてくださったんだ」
「えぇッ!? もう! だからいつも危ないことしなくてもいいって言ってるのに!」
三つ編みの女の子はたぶん娘さんだろう。利発そうだ。お玉を手にしたままパタパタ走ってくると、勢いよく僕たちに頭を下げた。
「ありがとうございます! いつもお父さん無茶ばっかするんだから」
「まあ、こっちに移ってきたからにはたくさん稼がないといけないじゃないか」
おっちゃんは銃を壁にかけ、上着を脱ぐとリビングの椅子に座る。
「オトウサンはどこから移住してきたんです?」
「ああ、フラオン村っていうところからです。知ってますかな。のどかなところだったんですよ。村のみんなで移住してきたもんで、ここも同じ村の名前にしています」
「フラオン……村?」
僕とシャルケは息を詰めた。
その村は知っている。忘れられる名前では、ない。
ティターニアオンラインに存在した村の名前だ。希少鉱石が生産されることで有名で、武器を作るために何度も立ち寄った。
僕は思わず外に飛び出した。あたりを見渡す。村人たちの顔、見覚えがあって当然だ。あの村人の顔のままなのだ!
「ユニくん、どうしたの?」
「シャルケは気付かない? この人たち、ティターニアオンラインのフラオン村と一緒だよ」
当然着ている衣服や装備品などはバレットパンツァーオンラインに合わせたものになっている。だが、間違いない。このNPCたちは、ティターニアオンラインから移住してきた人たちだ。
「でも、どうしてわざわざそんなことをしたんだろ」
「NPCの行動パターン処理に、ティターニアオンラインのサーバーも使ってるとか? 推測にしかならないけどね」
NPCの異常なまでの人間くささもそうなら納得がいく。ティターニアオンラインでプレイヤーたちに鍛えられたAI。様々な状況に対応できる巨大なプログラムを処理できるサーバー。そのためにティターニアオンラインを潰したのではないか。
いや、もうそんなことを考えるのはやめよう。
この人たちはNPCだけど、村人だ。愛すべきキャラクター達だ。
「うん。この人たちも、僕たちと同じ、移住民なんだよ」
僕はNPCだとか、プログラムだとか、そういうふうに考えるのをやめることにした。新しい世界に来た一人の移住者として、この世界を楽しまなければもったいないじゃないか。
不思議そうな顔をしたおっちゃんと娘さんが僕たちを呼ぶ。僕たちはおっちゃんの家に引き返していった。
おっちゃんからお礼として素材パーツをもらった。フラチウム鋼というパーツ名も、ティターニアオンラインからの移住者だ。思わず笑みが浮かぶ。ありがたくインベントリにしまう。
まだお礼を言うおっちゃんと娘さんに別れを告げ、村の中をシャルケと見て回る。やはり以前と変わっていないのか、希少鉱石を扱っているようだった。
僕は持てるお金を使ってフラチウム鋼を買いあさる。観察したところによると、このフラオン移住区には他のプレイヤーはまだ誰も来ていないようだ。ならば在庫の量が一番多い今のうちに買い占める。
持っているお金のギリギリでフラオン移住区中のフラチウム鋼を買うことができた。
これで何が作れるのかわからないが、いいものが作れるはずだ。武器屋に持って行くのが楽しみだ。
フラオン移住区の人たちと話していると、いくつかのクエストを発見することができた。近くの<マルオカ機械研究所>に関するクエストが多い。
僕とシャルケはフラオン移住区の場所をマップにポイントして、一度ホームタウンに戻ることにした。
フラオン移住区から出るときには、おっちゃん――キルゴという名前だった――の家族が手を振って見送ってくれた。シャルケの表情を見るに、なんだかくすぐったい感じがしたのは僕だけじゃなかったはずだ。
ホームタウンに戻ってきた僕たちはキャリバーのたまり場に向かう。そこにはすでに何人かが戻ってきているのが見えた。
狙撃兵の森造さんと馬の被り物のニグティさんが話している。僕たちに気付いた森造さんが首尾を聞いてきた。
「お、ユニオン君にシャルケ。どうだったね」
「ユニくんと移住区っていう村を発見したよ。フィールドだけじゃなくてダンジョンにもNPCが増えていてビックリ!」
「クエストやイベントも増えそうで楽しみだな」
「それにしても、どれくらい増えたんだろうな。NPC」
僕はちょっと離れてその会話を聞いていた。
新しいNPCがどれくらい増えたのか。
もしティターニアオンラインのNPC達が全て移住してきたとするなら、かなりの数が増えていることになるだろう。
ふとそこで、僕は疑問に思った。キャラクターが移住しているなら、モンスターはどうなってるんだろうか。<マルオカ機械研究所>では新しい機甲兵器が追加されている様子はなかった。
新しいフィールドやダンジョンが追加されている可能性の方が濃厚かな。これも調べないといけないな。
気が付くとサクヤさんやブルームさん、ヨシモさんにミミルさんも戻ってきて、興奮しながら自分が発見したことをしゃべっていた。
白熱しながら情報交換をしているシャルケをそっと置いて、僕は武器屋に向かうことにした。




