第17話「アップデート」
何気なくつけたテレビに、それが映っていた。
ほとんどの時間フルダイブ型MMORPGをやっている僕にとって、テレビを見るなんてごはんの時間くらいだ。行儀が悪いが、幸いそれを注意する人物はいない。一人暮らしの利点だね。
今僕が見ているのはゲーム関連の情報を集めるチャンネルだ。ゲームの紹介やアップデート情報などを素早く提供してくれるのでよく見ている。トップランカーのゲーマーやゲーム会社の役員などが宣伝のために出演していることもあって、なかなか面白いのだ。
そのチャンネルに、一人の男が映っていた。
髪に白いものが混ざり始めているが、全身から漲る気合と力は年齢を感じさせない。技術者というよりは、武芸者と言ったほうがいいくらいの強面。
芳武ナオアキ。株式会社GCIテクノロジーの社長、つまりティターニアオンライン、バレットパンツァーオンラインを開発している会社の親玉だ。その芳武社長がインタビュアーの質問に答えているのだ。
「そうです。大型アップデートです」
「この時期にアップデートとは驚きです。前情報もほとんど流れてこなかったという噂ですが」
「そうですね。できる限り情報には細心の注意を払いました」
「アップデート内容もほとんど公開されていないということですが。それで大丈夫なのでしょうか?」
大丈夫なわけがない。
だが、この会社はやるのだ。
画面の中の芳武社長が背筋を伸ばす。その姿は自信にあふれ、画面のこちら側にまでその存在感が伝わるようだ。
僕はごくりと唾を飲み込む。いつしかごはんを食べる手は止まっていた。
「ええ。私はね、プレイヤーの皆さんに冒険をしてほしいと思うのです」
冒険を。
「新しいフィールドを歩き、いろんな物や文化に触れ、知っていく。そんな冒険ですよ。失敗してもいいのです。様々なことに挑戦し、可能性を拡げてほしいのです」
可能性を――――拡げる。
僕は急いでごはんをかきこむと、すぐにバレットパンツァーオンラインにログインすることにした。
ホームタウンはかなりの賑わいを見せていた。
僕はがやがやと声が飛び交う通りを抜けると、クラン<キャリバー>のたまり場へと向かう。
キャリバーのたまり場ではすでにクランメンバーが集結しており、それぞれが情報交換をしているようだた。
でも、僕はキャリバーのメンバーじゃないんだよなあ。前はコンクエストのために一時的に加入させてもらっただけで、今はフリーに戻っているし。
微妙な距離をおいて見つめていると、なぜかシャルケが僕に気付いた。すぐに立ちあがると寄ってくる。
レーダーもないのにどうして気付く。フレンド設定でもパーティ組むまではマップに表示されないはずなんだけどなあ。
「やっほ。ユニくんも情報交換かな。みんないろいろ調べたみたいだけど、よくわからないみたい。ユニくんも聞く?」
「い、いや。僕メンバーじゃないし。どうかなあ?」
「気にしない気にしない!」
シャルケは僕の腕をひっつかむとずるずると引きずってキャリバーの輪の中に入れてしまう。
ある程度はこの展開を期待していたので、出ていけと言われるまでは情報集中させてもらうことにしよう。
「つまり、アップデート内容はNPCが増えた、というわけだな」
「そうなんだよ。街の中にも増えてるし、何より、フィールドにもたくさん配置されているわ」
「公式では新要素と連動してイベントも用意したということらしいが」
「まだまだ情報が足りないな」
サクヤさんが腕を組んでクランメンバーの顔を見渡す。
「まずは情報収集だ! それぞれフィールドを調査すること。既存エリアも逃さずチェックだ」
クランメンバー達は一斉に頷く。僕もあわてて頷いておく。
そこでサクヤさんは一度言葉を切る。少し考えたのち、真剣な顔で付け加えた。
「PK許可区域についても変更があるかもしれん。最低二人一組で行くように」
そうか。そういう可能性もあるのか。
僕は以前襲われたことを思い出した。まさか、全エリアがPK許可区域になっている、とかはないよね。
僕はシャルケが組んで情報収集をすることにした。シャルケが何故か誰とも組まず、僕と組みたがったからだ。
「僕はクランメンバーじゃないんだけど?」
「うーん。連携するならユニくんとの方が慣れてるし、いいでしょ」
「まあ、いいけどさ」
僕も一人より二人の方が心強い。
僕とシャルケは移動ポータルを使い、<マルオカ機械研究所>へと向かうことにした。
ここはPK許可区域じゃないらしい。ちょっと安心する。
「とりあえず索敵してみよう」
スキルを操作して無人機を展開する。ふよふよと重力を感じさせない動きで浮かびあがると、ゆっくりとした速度で上空を旋回しはじめる。【無人機索敵】のスキルを使うと、マップに機甲兵器やプレイヤーの情報が表示された。
NPCを示す光点もいくつか表示されていた。以前はこのフィールドにはNPCが居なかったはず。やはり増えている。
「確かに増えてる。ちょっと見てみようか」
「わかった」
マップを頼りにNPCに接近していく。
通路をいくつか曲がると、NPCと出会うことができた。
そこにいたのは、簡素なライトプロテクター四十代くらいのおっちゃんだった。サブマシンガンらしき装備もきっちりしている。あたりを警戒しながら、瓦礫を探っているようだった。
とりあえず話しかけてみる。
「ええと、何をされているんですか?」
「おお、ホームの方ですか。いやなに、このあたりの資源調査をしておるのです」
受け答えはなめらか。まるで本当に人間と話しているような気分だ。
おっちゃんはそれだけ言うと再び瓦礫を探り始める。このあたりの動きはNPCだなあ。
一応シャルケも話しかけてみたが、同じセリフを繰りかえすのみ。
「おっ! ユニくん、敵だよ!」
シャルケの声に振り返ると、向こうから<ガーダー>が歩いてくるところだった。
それぞれの装備を構える僕たちを無視して、<ガーダー>はおっちゃんをロックオンした。
おっちゃんもロックオンされたのに反応して、動きながらサブマシンガンを構えた。おお、そうなるのか!
<ガーダー>は容赦ない。おっちゃんに向かって背中に設置された機関銃を連射する。ダメージエフェクトが連続して飛沫をあげた。
あ、やばい。このままだとおっちゃん死ぬ。
「シャルケ、助けるよ!」
「おっけーい!」
シャルケがエネルギーキャノンを発射。チャージしなくても一発で<ガーダー>の姿勢がよろめく。だが、執拗に機関銃はおっちゃんを狙う。
「喰らえ!」
即座に<ガーダー>に接近。僕はスイッチを押し込んでブラストソードのエネルギーブレイドを伸ばした。
一撃で脚を切断。胴体が落ちる前にカメラユニットにエネルギーブレイドを突き刺す。<ガーダー>はポリゴンになって爆散した。
「うっわ、なにそれズルい! ユニくんズルい!」
「いいだろ、ブラストソード。あげないからな!」
「いいもん! 近接戦闘なんてしないし! きぃー!」
地団太を踏んで悔しがるシャルケ。そうそう。そういう反応が見たかった。
「たぶん、こういったNPCが各地に増えてるんじゃないかな」
「ふぅん。なんだかおもしろいね」
確かに。こういったキャラクターが居るだけで、なんだか雰囲気が違うように感じる。
「今、クラン通信が入ったんだけど、だいたいどこの狩場にもいるそうだよ。オープンフィールドマップには村みたいな集落もあるって」
「ティターニアオンラインの時だと、そういう小さな集落でよくクエストあったよな」
「だよね! シナリオ担当さんが頑張ったのかやたら数だけは豊富だったよね」
なるほど、これがアップデートか。
僕はうきうきしながら次にどこに行こうか考えはじめた。
「あの、先ほどはありがとうございます」
……え?
気が付くと、おっちゃんNPCが僕たちの近くにやってきていた。ぺこぺこと頭を下げながらお礼を言ってくる。
「いやあ、探索は危ないっていつも言われてるんですけどね。さっきのは本当に死ぬかと思いました。助けてくださって本当に感謝しています」
こんなふうにNPCが話しかけてくることって、あるのか?
何かイベントが始まったのかと僕は訝しむ。シャルケは気にしていないようだった。おっちゃんと話しはじめる。
「いえいえ! 気にしないでね! それにしても、おっちゃんは何を探しているの?」
「ええ。このあたりにはまだお金になる制御機械が残っていると聞いてやってきたんです」
たしかに、たまに通路に落ちている宝箱コンテナの中からは売ってお金にする換金アイテムや素材パーツが入っていることがある。そのことを言っているのだろう。
それにしても、気になる。NPCがこれほどなめらかに受け答えするものだろうか。
「いやあ、村には女房も娘も待っているんでね。稼がないと」
「オトウサンは大変だね」
シャルケと会話する様子はとてもNPCには思えない。キャラクター識別はNPCの反応を示しているし。これが、新しいNPCっていうやつなのだろうか。それとも、何かのイベントが始まっている可能性もある。
おっちゃんは妙案を思いついた顔をすると、手を大きく打ち鳴らした。
「そうだ! せっかくですからうちの家まで来てくださいよ。たいしたことはできませんがお礼をさせてください」
シャルケが僕に振り返る。その表情でわかった。どうやらいろいろ世間話をしていたのは、NPCの反応を試していたらしい。
「どうする? ユニくん」
村か。
行ってみれば何かわかるかもしれない。
「行ってみよう」




