第15話「試し斬り」
訓練や特訓というものは、誰にも見られずにするものだ。
とりあえず僕は「ブラストソード」の試し斬りにやってきた。
<ウィンダネス渓谷>
ポータルと無人移動車を乗りついで行ける狩場だ。
視界を悪くする霧と煙。切り立った崖。ごろごろと存在している大きな岩。ここは資源を取り出す採掘場なのだ。
資源を掘り出すための工作機械が今でも自律稼働している。背中に大岩を積んだ作業ロボットや、腕がドリルやアームになっているロボットたちだ。一部の〝暴走した”と名前が付いている機械以外はこちらから攻撃するまでは攻撃してこない。作業機械だからか、防御力や耐久力が高いのも試し斬りにはいい。
何より、ここは霧と煙が蔓延しているため、空からの無人機カメラが無効化できることが強みだ。
「一応センサーだけは出しておこうか」
僕は無人機を展開すると、【無人機索敵】をオンにしておく。誰かプレイヤーキャラクターが接近したらアラームで知らせてくれるように設定。
これで心おきなく「ブラストソード」を試すことができる。
僕はブラストソードを装備欄に入れる。顕在化されたブラストソードは、手にしっくりと馴染む。うーん。未来的なメカメカしい装飾がされているけれど、こういうのもいいなあ。
僕はしげしげと色んな方向から眺めてみる。
ティターニアオンラインの時には〝伝説の”とか〝古の”といった形容詞がしっくりくるような形状の武器が多かった。
「しかしこの形……。ソードブレイカーかな?」
音叉型の刃は、真ん中にスリットが入っている。ティターニアオンラインの時では、このスリットで相手の剣を受け、へし折ることができた。武器破壊武器として存在していた。
だけど、このバレットパンツァーオンラインじゃどれほどの意味があるのか。このゲームでは、ナイフで対人戦をすること自体そうそうあることじゃない。
「ナイフしか使えないフィールドとか、そういう特殊な状況の時だけだよなあ」
自分で言っておきながらそんな場所あるわけないよなあ、と胡乱な気持ちになる。
気を取り直して、ブラストソードを試すことにする。
ブラストソードは光の剣だった。
結果から言うと、おかしい武器だということが判明した。
刃の攻撃力は高く、簡単に耐久力を減らすことができた。攻撃力は申し分ない。
問題はそこじゃない。ブラストソードについていた特殊機能の方だ。セットできるエネルギーパックを使用すると、十秒間エネルギーの刀身が展開されるのだ。
ソードブレイカーのスリットじゃなくて、エネルギーブレイドが噴き出すための溝だったのか、これ。
見た目はまさにレーザーブレイド。振ってみるとヴォンヴォンと特徴的な音が楽しい。
試しに岩石を運ぶ工作機械兵をぶった斬ってみる。
バターのようにさっくりと装甲が切断できた。斬った僕の方が驚く。何これ。完全にオーバーキルだよ。
僕はにんまりと笑顔になった。まさかこんな隠し玉が用意されていたなんて。
僕は鞘にブラストソードを収めると、にんまりと上から撫でた。
「あ……! 使いすぎた……」
好き放題ブラストソードを使っているとすぐにエネルギーパックが底をついた。インベントリに一本も残っていない。
僕は困った顔で頭を掻いた。
まあ、楽しくなりすぎて何体倒したか覚えていないほどだ。ぶっ続けで三時間以上は走り回って斬っていたのだ。このマップでここまでの長時間訓練は初めてだ。
その時、展開させていた無人機がアラームを鳴らした。誰かが接近してきている。
僕はひとまず武器を収めた。ここはPK許可区域ではないが、獲物を横から叩いてしまうことは避けたい。
モンスターを引き連れてなすりつけてプレイヤーを殺す〝トレイン”や、人が戦っている横から横取りするように攻撃する〝横殴り”など、オンラインゲームにおいてマナー無い行動と言われている。悪用するようなやつはいずれ他のプレイヤーからも嫌われ、やっていけなくなるだろう。下手をすると運営からアカウントを削除されてしまうことも。
採掘穴から姿を現したのは一人の男性プレイヤーだった。精悍な顔つき、ちょっと残した無精ひげがハードボイルドさを演出している。頭にはヘルメットではなくバンダナを装備していた。確かあれば移動速度が上がる突撃兵専用装備。プロテクターもかなりレアリティの高いものだ。このあたりの狩場で見かけるレベルではない。
突撃兵の男はアサルトライフルを構え、油断なく辺りを見回している。
僕は突っ立っていただけなのだが、僕の姿を発見した瞬間、一瞬で銃口を向けた。ものすごい照準速度。かなり慣れている。
「撃たないでください、プレイヤーです!」
彼はプレイヤーとわかったのか安心したように銃口を下ろした。キルゾーンでないところでプレイヤーに撃ったところで、ノーダメージになって弾の無駄だ。とはいえ、撃たれるのはあまり気持ちのいいものではない。先に声をかけておく。
「こんなところで何をしてんだァ?」
「ちょっと自主訓練を」
「自主訓練? こんな辺鄙なところにいるなんて、お仲間かと思ったぜェ」
「お仲間?」
ちょっとしわがれた声は彼自身のものだろう。彼は断りを入れてからインベントリからタバコを顕在化させると火をつけた。
「オウよ。オマエ、ここのボスを狩りに来たんじゃねえのか?」
ボス狩り専門の人か。
ダンジョンのボス以外にも、もちろんフィールドに出て来るフィールドボスというものも存在する。しかし、うまみのあるボスや有名なボスは再出現時間も完全に把握されていて、ボス狩りギルドによって常時監視されている。
一度こっそり見に行ったが、ボス再出現と同時にどことなくログインして、一瞬でピラニアのように食い尽くすその姿は、割って入れるようなものはないと感じさせられた。
でも、このマップってボスいたっけな。よくここで訓練しているけどボスに出会ったことなど一度もない。
僕は突撃兵の彼に聞いてみることにした。
「ここってボス出ましたっけ」
「お? オマエ知らねェのか。ここの作業機械兵を延々倒してるとなァ、ボスが出るんだよ。条件ボスだ」
彼の言葉に応えるかのように、ウィンダネス渓谷一帯に響き渡る叫び声が聞こえた。
霧や煙を震わせるその声は、このマップで初めて聞く。
「お出ましだァ」
口元でタバコを揺らし、彼は呟いた。アサルトライフルを構えなおすと、周りを警戒する。
まだ突っ立っていた僕に気が付くと、呆れた視線を向けてきた。
「オウ、オマエもヤるんだろ? 準備しとかねェと、死ぬぜ?」
直後、採掘穴が爆発した。
中から大型の人型機甲兵がのっそりと姿を現した。<アンガーマインマスター>と頭の上に表示されている。どうやらここの機械兵の親玉らしい。落盤や落石に耐えるためにか、上半身の装甲はかなり厚い。両肩にはエネルギーキャノン砲。両腕は大きな岩なら破壊できそうなドリルが装備されていた。
<アンガーマインマスター>は両目を光らせると、大ジャンプで僕たちの前に着地した。どうみても僕と彼がロックオンされている。両肩のキャノンがチャージの光を輝かせる。
今からだと背中を見せた瞬間に撃たれそう。これは逃げられない。
僕は武器を抜く。左手に熱線銃、右手にブラストソード。今更ながらエネルギーパックを切らしていることが悔やまれる。
僕の装備を見て、突撃兵の彼が口笛を吹いた。
「イカしてんね、オマエ。まァ、仲良くやろうや。俺ァ、ソローって名前だ」
「僕はユニオン」
挨拶できたのはそこまでだ。
<アンガーマインマスター>が両肩のエネルギーキャノンを発射し始めた。




