第10話「交渉」
PK許可区域<ブルックス旧市街地>。左右をビルに囲まれた行き止まりに、僕とシャルケは押さえ込まれていた。
悔しいことにさっき僕の無人機が撃ち落されるのが見えた。ドローンも当たり判定があるのは知っていたが、まさかそれなりの速さで飛ぶ物体を狙撃されるとは。相手のレベルの高さに驚くばかりだ。
つまりは大通りに出ると狙撃される。ここで待ってても別働隊が来る。八方ふさがりなわけだ。
こちらは武装と操行を失ったシャルケ、武器はあるけど近距離戦しかできない僕。
大通りにはさっきシャルケが落としたエネルギーキャノンが見えている。だけど、あれは。
「あれは、罠だよね」
「拾いにいったら狙われるパターンだね」
予備武器である拳銃をホルスターから抜きながらシャルケが言う。その視線は落とした武器に向けられていて、とても悔しそうだ。
おそらくエネルギーキャノンが破壊されずに残っているのは、取りに出て行った獲物を狙撃するためだろう。迂闊に拾いにいくことはできない。
「うー……! こんなことならスモークグレネードを持ってくればよかった!」
「いや、【突撃兵】の【投擲】ないと遠くまで飛ばせないでしょ」
BPOには、もちろん投擲武器である手榴弾も存在している。爆薬で敵を吹き飛ばす普通の手榴弾から、レーダーを潰すEMPグレネード、視界を奪うスモークグレネードや閃光手榴弾など多彩な種類がある。どのジョブでも使えるのだが、【突撃兵】の【投擲】スキルがあれば照準を使って遠く、狙ったところまで投げることが可能だ。威力や効果にもボーナスが付く。スキルがない場合は、自分の素の力量で投げるしかない。
意外と狙ったところに投げる、というのは難しい。よく僕もゴミ箱を狙って投げる、なんとことをするが入った試しはない。
あてにならない装備はストレージの邪魔なので、持ってきていないのだ。レーダーを潰すEMPグレネードは持ってきているけど、これは対機甲兵器用だしね。
「とりあえず、できる準備はしよう」
僕はそういうと装備を修理銃に入れ替える。通路奥にあった廃棄機械を修理し始めた。青色の雷みたいなレーザーが少しずつ修理ゲージを溜めていく。
廃棄機械は大きく分けて三種類存在する。小型、中型、大型の三種類だ。
小型ジャンクは設置機銃や威力の高い特別武装。爆弾などの特殊な兵装になって出現する。威力は高いが一発使い捨てだったり、弾数制限ありで使い切りタイプだったりする。
中型ジャンクはこの前乗れなかったバギーやバイク、装甲車といった乗り物が多い。時折迫撃砲や対空エネルギーブラスターなどになる。
大型ジャンククラスになると多脚戦車や自律機甲兵器など、決戦級の機械兵器になるらしい。というのも大型クラスにはあまり出会ったことがないからだ。出現もレアであり、修理するにもかなりのゲージが必要になる。
小型ジャンクの修理が終了した。ポリゴンが一度バラバラになってから再び集まって顕在化する。
そこにあらわれたのは、機械で出来た一枚の薄いマットのような物体だった。なぜかどまんなかに矢印がデザインされている。
何だこれ?
僕はアイテム説明をポップアップさせる。
【トラップ:トランポリング】
反重力を利用した強制移動型の罠。かかったキャラクターを上空高く打ち上げる。
うーん。
とりあえず通路の通り道に仕掛けておこう。矢印マークが赤色に変化する。一度仕掛けると取り外しが出来なくなった。
これで……。
がん、ゴン、と重い音を立てて、四角い棒つきの物体――手榴弾が投げ込まれた。
背中が粟立つ。そりゃそうだ。こっちは行き止まりで追い詰められているわけだから、そこに投げ込まれるのは予想しておくべきだった。
死んだ、と思った僕の予想は外れた。手榴弾は何故か大量の煙を撒き始めた。すぐに視界が白い煙で埋まっていく。
「ユニくん!!」
「スモークグレネードだ! くそっ!」
「狙っているぜ! いつでも頭を撃ちぬけるぞ、【工兵】!」
どこかで聞いたことのある声。
こいつ、この前決闘で倒した突撃兵か!
「熱感知センサーでこっちからは丸見えだぜ」
たぶん狙われているんだろう。声は聞こえるが、こちらからは見えない。
だが、わざわざ声をかけてくる意味がわからない。僕はシャルケのそばに寄ると静かに、と身振りで指示する。
「探したぜえ。お前には用があるんだよ。あん時のアイテム、あれを返せ」
アイテム……。決闘で手に入れて倉庫に預けたあれか。
こっちをここで倒しても、手に入るのはストレージ内に入っているアイテムのみ。わざわざ声をかけてきた理由がわかった。交渉したいのだ。
「あれは決闘の報酬だよね。わざわざ返す必要がある?」
「あれはちょっと油断しただけだ! いいから返せよ」
「……」
どうする?
システム上決着がついて、所有権は移っているのだ。ここで返す必要はない。
だけど、気になることがある。僕はそれを聞くために見えない煙の向こうに声をかけた。
「狙撃してた人たち、あれは君の仲間?」
「……そうだ! 追い詰めるところまで手伝ってもらったんだが、すげえ腕だぜ」
シャルケが僕の腕をつかんでちょっと引っ張った。事情はなんとなく掴んだらしい、少し険しい顔をしている。
「……クロックマさんのこと覚えてる?」
その一言でシャルケはわかったらしい。
ティターニアオンラインで竜剣士をやっていたプレイヤーだ。いい人だったんだけど、臨時パーティを組んだ時にトラブルに巻き込まれた。出たドロップ品が超レアな一品だったらしく、分配に揉めに揉めたという。最終的にクロックマさんが手に入れることになったのだが、それを逆恨みした別のプレイヤーに粘着プレイをされたのだ。嫌がらせメールはもちろん、ゲーム内での付きまといなどだ。
人間、何をやるかわからんものだ。ゲームはゲームとして楽しみたい。
この何とかサンからもそんな嫌な雰囲気がする。できれば関わり合いになりたくない。
じゃり、とさらに踏み込む音がした。
「わかった! 降参。あのアイテムは返すよ。それでいいよね?」
ゆっくりとスモークグレネードの煙幕が晴れていく。染み出るように見えてきたのは、顔にゴテゴテしたゴーグルをつけた突撃兵。アサルトライフルはこっちをしっかりとポイントしていた。名前を確認するとブリッツと書いてある。確かにあの時戦ったプレイヤーだ。
僕は武器をホルスターに収めると、両手を上にあげた。降参のポーズだ。
ブリッツが嫌な笑みを浮かべる。口元しか見えないが。
「最初からそうすりゃいいんだよ。ったく……いらねえ手間をかけさせやがって」
アサルトライフルを構えたまま、ゆっくりと前進するブリッツ。
僕は両手を上にあげたまま後ろに下がる。
ブリッツは確実に殺せるようにするためか、さらに前進する。
前進して、トラップを踏んだ。
おおー。けっこう飛ぶなあ。
目測で十メートルほど空中に跳ねとばされるブリッツ。たぶん何が起こったかまったくわからなかっただろう。
手足をばたばたさせながら落下軌道に入る。そのまますごい痛そうな格好でブリッツは地面にたたきつけられた。落ちたところをシャルケと一緒に拳銃と熱線銃で撃ちまくる。すぐにピンク色のクリスタルになった。アイテムとお金がいくつかドロップする。
「ちゃんとアイテムは郵送しておくから、安心してね」
僕は笑顔でピンクのクリスタルに向かって話しかける。たぶん聞こえてるはずだ。また難癖つけられては面倒なので、ドロップには手をつけないでおく。
幽霊になったブリッツを放置して、僕たちは大通りを出る。
狙撃を警戒しながらだったが、撃たれることはなかった。どうやらもう狙撃手はいないようだった。
たぶん、ブリッツを突入させるまでの援護なんだろう。そうじゃないと初撃の時点で僕の頭は吹っ飛んでいてもおかしくない。
僕とシャルケはそのまま隣のフィールドまでダッシュで戻ると、すぐにホームタウンまで帰還した。
ブリッツぐらいの奴ならはどうとでもなりそうだけど、すごい人はいっぱいいるもんだなあ。
忘れないうちにこの前手に入れた<Iキー>というアイテムをブリッツ宛に郵送しておく。ついでに二度と会わないようにしたい、とメッセージを添えて。
相手にどこまでも反発してみせてもよかったんだ。でも、その場合はシャルケまで巻き込まれることになりそうで。嫌な芽は摘んでおくにこしたことはないよね。
<ステータス・スキル>
名前:ユニオン
ジョブ:【工兵】
勢力:なし
レベル:36 未使用ポイント2
スキル:【片手銃マスタリー】10 【近接武器マスタリー】10
【二丁拳銃】10 【装備重量軽減】4
【修理】1 【操縦手】0>1
【観測手】3>5
【無人機マスタリー】1>7 【無人機防御】0>4 【無人機索敵】0>1




