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第9.5話「ヴァルツと灯花」

 ビルの六階。廃墟となった部屋にヴァルツと灯花の二人は潜んでいた。

 ヴァルツが双眼鏡を当てて、十字路を観察している。咥えているタバコの火がほの暗い室内に蛍のような光を生んでいた。


「――ヒット」


 ヴァルツの落ち着いた声が灯花の耳に届いた。

 灯花が覗いているスコープにも、その様子は見えた。かわいらしい顔立ちをした男の子プレイヤーが膝をついてから横倒しに倒れる。クリティカルヒットだろう。


 灯花は長大なスナイパーライフルを伏せ撃ちの姿勢で構えている。即座にレバーを操作。薬莢をイジェクトして新しい弾丸を装填する。

 この装填の音が灯花は好きだった。


「次弾待て。ブリッツのボウズが交渉に入るはずだ」


 面倒くさい、と灯花は思った。油断をしていたターゲットなど、灯花の技術だと一撃で脳天をぶち抜く自信があった。今も装甲の継ぎ目を狙ってのピンポイントショットだ。クリティカルヒットしたのでしばらくはディレイで倒れているだろう。死に体だ。


 考えごとをしていても、身体は集中している。

 照準はぶれない。


 あいかわらずヴァルツは双眼鏡で観察している。双眼鏡は消費アイテムであり、一時的に【|観測手】のスキルが使えるようになる。本職には負けるが、灯花の技術があれば十分すぎるほどのサポートになる。使い続けるには高いCCRを必要とするが、ヴァルツが吸っているタバコは集中力(CCR)をブーストする消費アイテムだ。併用することでかなりの照準・命中率向上を上げている。


「照準変更。【機甲兵(パンツァー)】女。――――ファイア」


 灯花は少しだけ銃身を動かして照準を整えると、引き金を引いた。

 初撃は機甲兵の女の背中に命中した。硬い。

 突き出されたエネルギーキャノンにあたると爆発ダメージで殺しかねない。それを嫌って頭から狙いを外したのがまずかったのだろう。HPを削りきれなかった。

 灯花は弾丸を再装填。


「リトライ。――――ファイア」


 引き金を再度引く。機甲兵の女に命中し、その機甲装甲を解除させる。次は生身だ。一撃で仕留められる。

 だが、そこで機甲兵の女とターゲットは行き止まりの路地にひっこんでしまった。射線から外れる。


「ま、後はヤツの仕事だろうよ」


 ヴァルツは双眼鏡から目を離さずに、新しいタバコに火をつける。


「一体、どんなアイテムにご執心なんだか、うちのマスターは」

「……次のコンクエストに必要だと言っていた」


 灯花はぼそりと答える。

 スナイパーライフルを構えて気を張り続けていると集中力が切れてしまう。それを防ぐためにヴァルツは話題を振ってきているのだろう。

 灯花にしても、直接話してもらったわけではない。ギルドのたまり場にいるときは、ライフルを抱えてぼうっとしていることが多いので、置物のような扱いになっている。マスターが何かアイテムを欲しがっているというんも、会話ログから知っただけなのだ。


「コンクエかあ。まだ攻略クランが出てないってやつだな」

「……たぶん」


 ヴァルツはそっけない灯花のしゃべり方を気にした様子もなくつぶやいた。

 会話が途切れた空間に、甲高い独特の飛行音が聞こえてくる。無人機(ドローン)だ。

 すぐにヴァルツが空中を飛ぶドローンを発見する。


「見つけた。あの様子じゃ帰還させてるだけだな。撃ち落とせるか?」


 灯花はスコープを覗きなおし、緊張感なく飛んでいるドローンに照準を合わせた。


「……当然」


 銃口から放たれた銃弾は、狙いたがわずドローンにめいちゅうした。ドローンの耐久値を完全に吹き飛ばし、ポリゴンの欠片に変える。

 ドローンを失うと、新しいドローンを装備しなおすか、復活時間を過ぎるまで再使用ができなくなる。ホームタウンに戻ればNPCが復活させてくれるが、今この場ではドローンの復活はない。


「お、ようやく動いたか」


 どうやらブリッツが動いたようだ。行き止まりに向かって銃を構えたまま走っていく。取り返しの交渉に入るんだろう。


「よぉーし、撤収な。おじさん疲れちゃったよ」


 目的達成だ。

 ターゲットを瀕死の状態にすること。


 見ればヴァルツはすでに双眼鏡を外し、腰を叩くおじさんくさい動作をしながら立ち上がるところだった。VRの身体は腰痛などは訴えないはずだが、なんともその動きが似合っている。

 灯花はすぐさまスナイパーライフルを分解すると、顕在化(アクチュアライズ)させたケースに放り込んでく。緊急時にはライフルを担いだまま移動することもできるが、その場合は移動マイナス効果が発生してしまう。こうしてケースに入れることで、移動にマイナス効果がつかなくなるのだ。

 普通【狙撃手(スナイパー)】はケース入りのスナイパーライフルと、サブウェポンの軽量サブマシンガンを二つ使い分けて行動するプレイヤーが多い。だが、灯花はスナイパーライフルだけを使い続けてきた異端児だ。誰かに守ってもらわねばやられてしまう代わりに、遠距離狙撃の熟練度は並の狙撃手(スナイパー)など足元にも及ばない。


 灯花が撤収準備を終えると、ヴァルツはよどみない動きでアサルトライフルを構えながら階下に下りていくところだった。

 灯花はケースを抱えて後を追った。


 

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