第9話「PK許可区域(キルゾーン)」
ぼろぼろになったコンクリートのビルが立ち並ぶ。窓はガラスがなくなり、内部はどんな部屋だったのかわからないぐらい風化した家具とゴミが残されているのみ。
人がすまなければ住居は傷むというが、人が住まなくなった街は、傷みを通り越し、死んでしまうのだろうか。
暗く、どんよりした雲。明るさが足りない街には、終末的な雰囲気がそこには漂っていた。
PK許可区域<ブルックス旧市街地>。
そこに僕とシャルケは立っていた。
「疑問に思ったんだけど、聞いていい?」
「なんだい、ユニくん」
「いや、PK可能なのはいいんだけど、それだと高レベルプレイヤーが殺し続けたり、ずっと罠を張って待ち続けたりするプレイヤーが出てきて、過疎フィールドになるんじゃないかな」
「んー、まあ、似たようなことは聞くけどね。まず第一に経験値ボーナスと、ドロップがレアになる確率が上がってるから、それにね――」
シャルケは言葉を切ると、路地の奥を指さした。そこには右腕がキャノンになっている人型機甲兵器がゆっくりと歩いているところだった。僕は思わずバックステップで距離を取りながら武器を抜いた。
【無人機防御】のスキルを使用。すぐさま一メートル四方の青色のエネルギーバリアが発生する。
だが、僕の緊張を無視するかのように、人型機甲兵器は脚部シリンダーを上下させながら悠然と歩いていた。
「襲ってこない……?」
「ユニくん攻略サイトもちょっとは見ようよ。あれは<パニッシャー>。このマップにインしてからのPK数が一定になると攻性化して襲ってくるんだよ。攻撃しても攻性になるね」
攻性、非攻性。どちらも敵NPCの状態を表す言葉だ。
攻性なら、こちらが攻撃する前に、向こうから襲ってくる敵。
非攻性ならこちらが攻撃するまでは、一定のルーチンに従って行動して攻撃してこない敵。
そのうちこの人型機甲兵器は、PKしまくった人だけを襲う粛清モンスターというわけか。
たぶんものすごい強さに設定されているんだろうな。僕から攻撃する意味はないな。
うん、ないな。ないよ? やらないよ?
「いやあ、一度手を出したんだけど、もう一瞬で消し炭にされちゃったよ! いひひひ!」
すでに馬鹿が一名存在していた。僕はあきれた顔でシャルケを見る。てへへ、と照れた顔でシャルケがほほを掻いた。
「とりあえず、いきますか。無理はしない。危ない要素があったらすぐに戻るからね」
「いえっさー!」
シャルケがゆるい敬礼で返事する。
僕とシャルケはマガジンの残弾数を確認すると、狩りを開始した。
<ブルックス旧市街地>の敵機甲兵器は人型を中心とした配置がされているようだった。
大人くらいのサイズの、赤のモノアイが光る人型ロボット<プロウラー>。プレイヤーのようにアサルトライフルやサブマシンガンを持ち、こちらを襲ってくる。動きは素早いが、プレイヤーのような駆け引きがない分戦いやすい。
他にはなぜか人型なのに四つんばいで走ってくる機甲兵器<クロウラー>。ホラー映画のワンシーンみたいで見た目はかなり怖い。しかも姿勢が低いため当てづらい。まあ、攻撃モーションは口からのエネルギービーム、通称ナイアガラだけなので、ジャンプして上を取れる僕にとっては倒しやすい敵だ。
僕とシャルケは休憩をしていた。ビルとビルにはさまれた行き止まりの路地だ。ここならば一方向からしか敵が来ないため、すぐに対応できると考えたからだ。
行き止まりには何かのガラクタが転がっている。緑色のカーソルが出ているところを見ると、廃棄機械
「いやあ、意外とやれるもんだね」
「うん。楽勝だね!」
「もっとプレイヤーに遭遇するかと思ったけど……」
僕は手元のドローン操作ウィンドウを眺める。カメラ操作で送られてくる映像を見ているのだ。
【無人機索敵】では機甲兵器は表示できても、プレイヤーは表示されない。【観測手】に照準されるか、ドローンに対人レーダーなどの特殊兵装をつけないと表示されないのだ。
対人レーダーも欲しいけど、高い上にかなりドローンの機能が制限されちゃうしなあ。
こうやってカメラで見ていると、ぽつぽつと遠くにプレイヤーの姿を確認できる。多くが三人から五人のパーティを組んでいて、慎重に旧市街の幹線道路を進んでいる。お、横の路地で待ち伏せの別パーティ発見。このまま進むと十字路で撃ちあいになりそう。
見ていると十字路に入った瞬間に爆発が起きて先頭が吹っ飛んだ。【狙撃手】の仕掛けた地雷だろう。重装備の【機甲兵】が空高く飛んでいく。
焦った獲物パーティがおろおろしている間に、横合いから銃撃。盾になるはずの【機甲兵】がすでに排除されてしまっているので、結果は見えたものだろう。
シャルケがどれどれ、と僕の横からウィンドウをのぞき見る。僕は少しウィンドウを大きくすると、シャルケに見やすいように少しずれた。
「お……!」
獲物パーティの【突撃兵】が一か八かで突撃をした。さすがというべき突進速度。やっぱ移動ボーナスがあるジョブはいいな。死を賭した突撃にひるんだのか、何発かいいのをもらって、一人が沈んだ。その【突撃兵】も直後に銃弾しこたまもらって爆散していたが。
死んだプレイヤーは一時的に幽霊になる。ピンク色のクリスタルの形をしている状態でその場で動けなくなって浮遊。もとのホームタウンに戻るか、誰かに蘇生アイテムで復活させてもらわなければ戦線に復帰できないシステムだ。
今まで説明していなかったが、ソロプレイの僕には必要なかったからね! 変な戦闘スタイルだし、人目につかないところで狩っていたために、死んだら即ホームタウン確定だったのだ。
まあ、今はシャルケと狩りにいけるので、たしなみとして蘇生アイテムを持っている。
ウィンドウを覗き込むシャルケの綺麗な横顔を眺める。シャルケと目線が合いそうになったので何でもないように目をそらした。わざとらしかったかな。
PKのドロップアイテムを拾うパーティをこれ以上見てもしょうがない。ドローンを帰還コースに乗せ、オートで戻ってくるようにしておく。
「よし、そろそろホームタウンに戻ろうか」
「わかったよー」
僕は立ち上がると、シャルケに手を貸して立ち上がらせる。このPK許可区域は帰還球が使えない。一度隣接するフィールドマップに出てからじゃないと即戻りはできないわけだ。たぶん撃ち逃げとかを防ぐための措置だと思うのだが、やっかいなことこの上ない。
僕は装備を点検し終えると、シャルケのほうを見る。シャルケは重そうなエネルギーキャノンを構える。僕と目が合うと、にんまりと笑った。あいかわらずゴツイ武器が好きだなコイツは。
一度裏路地から通りを覗き込む。<プロウラー>の姿はない。通りに出る。
――――僕の胴体が吹っ飛んだ。
「あガ――――ッ!?」
何だ。
何が起きたんだ。
今僕の目の前には地面がある。倒れている。お腹に穴があいた気がしたがそんなものはなかった。被弾エフェクトがあるのみだ。
被弾!?
このゲームでは傷みではなく被弾は衝撃として感じる。意識外からの一撃とは言え、どれほどの勢いがあったのか。クリティカルダメージによるディレイで身体が動かない。
「――――――!」
何事かを叫びながらシャルケが走ってくる。背筋に寒気。本能で失敗を悟る。出ちゃだめだ。
「来るなシャルケ! これは――」
シャルケがごついエネルギーキャノンを盾のように構えながら、僕に覆いかぶさる。シャルケの背中に着弾。被弾エフェクトが飛沫を散らす。
何を、と思ったが、すぐに僕は引きずられるようにして運搬される。シャルケは元の行き止まりを目指しているようだった。
「いひひひ。来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないよシャルケの馬鹿。これは狙撃だ」
シャルケはエネルギーキャノンを手放し、僕を運ぶのに集中しているようだった。もう一撃シャルケが被弾する。機甲装甲の耐久が消滅したのか、破片を撒き散らしながら解除されていく。
そこで、僕たちはようやくもとの行き止まりに戻ることができた。
「ピンチだね、ユニくん!」
「嬉しそうに言わない! 本気ならすぐに別働隊が来るよ」
魔法で足止め、しかるのちに剣士部隊が突撃。ティターニアオンラインの対人戦では基本的な戦術だ。となると、すぐにここにも何人かが駆け込んでくるに違いない。
「だけど……助かったよ。ありがと」
「うん!」
シャルケがにへっと笑う。こうしているのを見るとただのかわいい子なんだけどな。
僕はようやくクリティカルヒットディレイから脱した手足を動かす。ぎゅっと、五指を握りこんで感覚を確かめた。
よし、やれる。
どう考えても相手はPKに手馴れている。でも、あきらめるつもりはない。ティターニア民の意地を見せてやろうじゃないか。
<ステータス・スキル>
名前:ユニオン
ジョブ:【工兵】
勢力:なし
レベル:34>36 未使用ポイント2
スキル:【片手銃マスタリー】10 【近接武器マスタリー】10
【二丁拳銃】10 【装備重量軽減】4
【修理】1 【操縦手】0>1
【観測手】3>5
【無人機マスタリー】1>7 【無人機防御】0>4 【無人機索敵】0>1




