20. ルピナスのバラ庭
ドラゴン討伐の後処理のため、エリカは手が離せないということで、一旦城の中で自由にしていて欲しいと言われた。実家とはいえ、およそ七年ぶりの我が家だ。いきなり自由にしろと言われても困る。
とりあえず、離れに戻りアベルとシモンと合流した。せっかくだし、庭園を散策するか。庭は私がいたころとそんなに変わっていない。秋口にも咲く品種なのか、ガゼボの周りには赤、白、ピンクのバラが咲いていた。
「リリアーヌお嬢様、お久しぶりでございます。」
「ロジェ爺!」
ロジェ爺は実家の庭師だ。私の祖父の代からこの家に勤めている。多分勤務歴が一番長い使用人だ。
「爺は心配しておりましたぞ、リリアーヌお嬢様。そちらは。」
「爺も知っていると思うけど、婚約者のボナパルト侯爵令息のアベル、今はボナパルト大佐よ。それと私たちの息子のシモン。」
「シモンです。よろしくお願いします。」
「おお、きちんと挨拶できてえらいのう。リリアーヌお嬢様に似て利発じゃ。」
「ありがとうございます。」
他の使用人から既に聞いているのか、子どもの前で空気を読んだのか、シモンについての細かいことをロジェ爺は聞かなかった。
「爺は元気だった?病気はしていない?」
「わしは元気ですぞ。体が動くうちはルピナス様が愛したこの庭を守ろうと頑張っておりますのじゃ。」
そう言うとロジェ爺はどこか遠くを見つめた。ルピナスというのは私の祖母だ。私が産まれる前に亡くなったので、すべて人伝の話だが、母と同じで政略結婚でこの土地に嫁いできて、横暴で傲慢だった祖父を相手にとても手を焼いたそうだ。そういえば、花の中でもバラが好きで、庭園の真ん中のガゼボでよく読書をしていたと聞いた気もする。
「ガストン様も幼い頃はとてもお優しい方で、ルピナス様のこともとても大切にしておった。自分は父親と違う、こんな辺境に嫁いできてもらうんだから、自分の伴侶になる方には愛情をもって接していきたいとあれだけおっしゃっていたのに。ダリア様にあんな仕打ちをするなんて。」
ロジェ爺の声が少しかすれた。
「ロジェ爺...。」
ガストンというのは父のことだ。父には魔法学園時代から恋人がいた。義母のカサブランカだ。今では見る影もないが、若い頃のカサブランカは社交界の華と言われて、それはそれは美しかったそう。父ガストンはカサブランカと結婚したいと何度も何度も祖父に訴えたが、カサブランカの魔力が低すぎることを理由に拒絶された。最終的に魔力が並外れて高かった母ダリアと結婚し、ダリアの産んだ子を跡継ぎにするなら、愛妾としてカサブランカを囲っても構わないと祖父に言われて折れた。それで侯爵家の別邸の一つにカサブランカを住まわせた。結婚後そんなこととは知らない母は当然激怒した。それでも初めのうちは貴族として一応夫婦の形は保っていた。しかし母が第二子を流産した後、父が「お前は魔力が高いくせに子もろくに産めないのか」と言い放った。そしてその直後、愛人のカサブランカがエリカを産んだ。さらに他にも愛人ができて外泊することが増えた。その頃から母は狂ったように私を王太子妃にすべく英才教育を始め、私の魔法教育を口実に王都に移り住んだ。
結局父はカサブランカのことも大切にはできなかった。もちろん高いジュエリーやドレスを買い与えていたが、それらを身に着けるべき社交の場には父は母と参加しなければならなかった。辺境の地に囲われ、人に見られることがないと美貌というものはいとも簡単に失われる。カサブランカはエリカを出産後、その美しさを失った。父からの寵愛も失い孤独になった彼女は、若い絵師に言い寄られ、そのパトロンになり、彼に多額の投資をした。
エリカについてもそうだ。父はエリカをひどく甘やかした。私のことは跡継ぎにするつもりで厳しく接していたが、エリカは違う。たまに会う愛人の子の気をひくには物を買い与えるしかなかった。
母ダリアが死んでから、父はカサブランカを城に呼び寄せ、後妻にした。しかしちょうどそのころ隣国との抗争が始まり、ブロワ領から断続的に兵を出さないといけない状態になった。若い頃の美しさが失われたカサブランカに既に興味を持っていなかった父は、カサブランカの結婚後も家に関心を向けなかった。
「自分の人生のつけが回ってきたんじゃ。あの男は。」
ロジェ爺が、苦々しくつぶやいた。
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