18. 異母妹エリカとの対面
名残惜しくもヴォルカンを後にし、ひたすら北へ北へと進む。比較的安全なルートを選んだはずだが、段々と森は鬱蒼として、いつ魔獣が出てもおかしくない雰囲気になった。ようやく森を抜けると前方に城壁がみえた。城門の関所を抜けるとそこにはブロワ城の城下町が広がっている。この城下町は冒険者と傭兵の街としても知られる。冒険者ギルドに鍛冶屋、酒場が軒を連ね、街には腕っぷしに自信のある荒くれものたちが集う。
ついに旅の最終目的地、ブロワ侯爵の居城までたどり着いた。ゴシックな古城で、戦闘に特化したタイプの城だ。すぐに中に通され、エントランスで三歳年下の異母妹のエリカに出迎えられた。
「お姉様、お久しぶりでございます。まさか生きていらっしゃるとは。」
「ええ、久しぶり。今更この家のことをどうにかしたいとは思っていないから安心して。これから五日間よろしくね。」
「はい。侯爵家一同しっかりおもてなし致しますわ。」
そういうと、エリカがシモンを一瞥した。
「で、そちらが例のお子様でしょうか?」
「シモンです。よろしくお願いします。」
シモンは年の割に気を遣う子だから、わざと明るく振舞っている。アベルが守るようにシモンの肩を抱き寄せた。
「エリカ嬢、子どもの前でそういうのはやめて。」
「もーこっちだって大変だったんだから、嫌味の一つや二つくらい言いたくってよ。」
そういうと、ぷくっとほっぺたを膨らませた。こういうところがこの人の憎めないところではある。
***
私たちはゲストルームがある城の離れに通され、荷解きをした。今は私たち以外の客人がいないから、離れの方は自由に使ってくれと言われた。アンヌは荷解きが終わると、昔馴染の使用人たちのところにいった。彼女も積もる話もあるのだろう。エリカが私と二人きりで話がしたいということだったので、アベルにシモンを預け、応接間に向かった。
「お姉様、案外元気でびっくりしたわ。アベル様とも仲直りしたのね。」
「ええ。案外元気にしているわ。そういえば遅くなっちゃったけど、魔法学園の卒業おめでとう。」
「学園は普通にしていれば卒業できるもの。精霊契約までできて卒業してない方がおかしいのよ。」
この子の母親のカサブランカは男爵令嬢で魔法学園にやっと入れるほどの魔力しかなかった。だからこの子も魔力が少なく、氷魔法が使えず水属性だ。私の魔法の才能を昔は妬んでたっけ。
「私、学園に行って気づいたの。お姉様がすごいのは、生まれもったものだけじゃなくて、ずっと努力してきたからだと。魔力があっても普通あんなに瞬時にそして的確に魔法を発動させることなんて芸当できないもの。」
「そうね。」
「勉強だってそう。学園を卒業して自分で領地経営の勉強を始めて、お姉様は人に見せない努力をたくさんしてきたんだってわかったの。以前はお姉様のこと、魔力が高いからって天才だ神童だってチヤホヤされてると思ってたの。全然そんなことなかった。昔の私の態度は最悪だったと思う。本当にごめんなさい。」
「いいのよ、別に謝らなくたって…。」
そのあと、私達はこの七年についてお互い報告しあった。父はスタンピードで負傷後、寝たきり状態が続いている。ここ半年は精神もかなり衰弱し、夢と現実の区別がつかなくなり、宙を見つめぼーっとしている時間が増えたそう。義母のカサブランカは、負傷後城に戻った父に、ほとんどの宝飾品をとりあげられ、離縁を言い渡された。若い絵師のパトロンになり、侯爵家の金を使い込んでいたことがばれたらしい。家を追い出され、あれだけ貢いできた絵師にも逃げられ、実家の男爵家に頼るわけにもいかず、かといって市井で生活できる術もない。やむを得ず自ら修道院に入った。しかし神に仕える身でありながら、今度はエリカから金を無心しようと手紙を送ってくるらしく、なんとか縁を切る方法はないか模索しているらしい。
「あの絵師のこと随分気に入っているなと思っていたけど、そんな関係だったのね。」
「学園に入学するまで、あの人の異常さに気づけなかったけど、貴族として責任を果たす気が全くないのよ。宝石と若い男にしか興味がなくて。」
そういうと、エリカが深いため息をついた。
「エリカも成長したのね。」
「成長というか、周りが見えるようになったと思うわ。学園に入る前はほとんど領地からでたことがなかったし、世界が狭かったのよ。学園ではいいお友達もたくさんできたの。」
わがままいっぱいに育ってしまったエリカをここまで矯正してくれたご友人方に心の中で感謝した。
こんこん、ノック音のあとに、侍女が入ってきた。
「ヴィクトル殿下がお戻りです。」
殿下は紅龍討伐で一昨日から城を出ていたらしい。
「お姉様、殿下のお出迎えにあがるので、一旦失礼します。」
「それなら、私も行くわ。」
足早にエントランスに急いだ。




