17. 温泉の街、ヴォルカン
馬車に揺られて揺られて、初めの街で名物のウサギの香草焼きを食べて、次の街では名産のワインとチーズを楽しみ、郷土料理のじゃがいものキッシュを食べて。山越え、谷超え、そしてついに、温泉の街ヴォルカンにたどり着いた。ここは、今回の馬車旅の中で私が一番楽しみしている場所だ。ちなみに帰りは別のルートを通って、観光地として有名な湖をみる予定だ。この街によれるのは往路だけである。
この世界の温泉は、日本と入浴の仕方がだいぶ異なる。水着姿で入るのだ。この日のためにバイカラーのワンピースタイプの水着を新調した。
ホテルに着くと、急いで水着に着替えて、日が暮れる前に温泉に向かった。街にはいくつも公共の温泉施設があるが、このホテルは貴族向けだから自前の温泉がついている。客たちは温泉につかるだけではなく、サイドでパラソルを差してチェアに寝ころび、トロピカルなジュースを飲んで、どちらかというと温水プールのような楽しみ方をしている。
もちろん温泉が初めてのシモンは大はしゃぎで、アベルとお湯をかけあっている。大型犬と小犬が水遊びをしているみたいだ。私は日本の温泉のイメージが強いからゆっくり足を延ばして入る。やっぱり温泉は日本の心だ。トロピカルなジュースじゃなくて、日本酒を用意して欲しいし、水着じゃなくて裸で入りたい。そんなことを考えていると、顔にお湯をかけられた。シモンの仕業だ。
「ははうえも一緒にあそぼー。」
「温泉はゆっくり足を伸ばして、肩まで浸かるものなの。」
「ははうえのケチ!」
そういうとアベルとシモンは温泉の中で勢いよく泳ぎ始めた。泳ぐと言ってもシモンは泳いだことがないので完全に水かきだ。見かねたアベルが手のかき方、足のさばき方を教えている。そういえば、ボナパルト領の居城の近くに湖があって夏はよく泳ぎにいくって言ってたな。っていうか、温泉で泳ぐな。ここが日本ならお前たちつまみ出されるぞ。結局アベルとシモンとは、どうにも温泉の楽しみ方を共有できないまま、日は暮れ部屋に戻った。
部屋に戻ると、アンヌが出迎えてくれて、シモンの着替えを手伝ってくれた。レストランでディナーをいただく。前菜はバーニャカウダ、野菜は源泉で蒸されたものらしい。温泉地らしい心遣いだ。メインの川魚のソテーと子羊のローストはどちらも火加減や焼き加減が完璧でおいしかった。シモンは子羊のローストにかけられたベリーソースが気に入ったようだった。そしてやはり甘いものは別腹で、デザートのタルトタタンもペロリと平らげた。
この旅の間、私たちは同じ部屋に泊まることにした。子ども用のベッドがないので、シモンはアベルと一緒に寝る。シモンにとってそれが新鮮みたいで、いろいろな話をアベルから聞きたがる。王と勇者が魔王を倒した冒険譚とか火の精霊の神話とか。まあこれらは、この世界で子どもによく読み聞かせる童話で、私もシモンが今より幼い頃よく読み聞かせていた。でも、よく聞いていると私が本で読み聞かせた内容と少し話が違う。王と勇者の話はボナパルト家の祖先の話だから、もしかすると伝わっている内容が他と少し違うのかもしれない。そんなことを考えていると段々うとうとしてきて、いつのまにか眠りについていた。




