15. 帰りの馬車で
王都で知らない人にたくさん会って疲れてしまったのか、帰りの馬車に揺られて眠くなってしまったのか、シモンは私の膝を枕にして寝息を立てている。沈む夕日がカーテンの隙間から馬車の中に入り込んで、私たちの頬を茜色に染めた。
「ねえ、さっきの話なんだけど…」
おもむろにアベルが切り出す。
「殿下が言っていた前世の話、やっぱりよく分からなかったんだけど。リリが作ったってどういうことなの?」
「うーんと、どこから説明しようかしら。前の世界はとても科学技術が発展していてね。ある光景をそのままの切り抜いて絵にすることができたの。その絵をつなげて動きを持たせたものを映像って呼んでいてね、映像を特殊な板の上で流すことができたのよ。映像技術を使った遊びの一つが、"ゲーム"と呼ばれるもの。」
「うん。」
「でね。前世は階級制度もなくて、皆平民だったから、私はゲーム会社、こっちの言葉だと商会に勤めていたの。それでそこそこ責任のある立場で仕事を任されていた。"乙女ゲーム"というのは映像を使って疑似恋愛を楽しむためのゲームよ。ここはその世界で、実際にゲームの舞台になっていたのは"ルミエール魔法学園"よ。」
「うん。」
「女の子が遊ぶ疑似恋愛ゲームだから、かっこいい男の子が必要でしょう?だからそれぞれに特徴を持たせて、女の子がかっこいいと思う男子を私が作ったわけ。それが攻略対象者。」
「俺もその攻略対象者だったの?」
「そう。ゲームではロベリア嬢が主人公だったの。遊ぶ人はロベリア嬢の目線で恋愛を楽しむわけ。だからみんなロベリアに話しかけられるとメロメロになっちゃうのかなと思った。」
「実は呪いだったけどね。で、リリはゲーム上はどういう役柄だったの?」
「私は"悪役令嬢"といって、主人公の恋路を邪魔する女の子の役よ。アマリリスとネモフィラも。だけど誰もロベリア嬢のことを相手にしなかったけどね。」
「俺のこと、前世のリリの理想を詰め込んで作ったって殿下が言ってたけど、あれはどういうこと?」
そこ、やっぱり覚えていたのか。殿下め余計なことを。
「キャラクターを作る時に、多分小説とかで登場人物を考える時もそうだけど、それぞれ個性を持たせるでしょ。例えば、ヴィクトル殿下だったら『俺様系の王太子』とか、アレクサンドル殿下なら『不遇の切れ者王子様』とか。その中で、一人ぐらい私の理想とするキャラクターを入れてみてもいいかなって思って、前世の私が好きだった要素を詰め込んだのがアベルってこと。」
自分で言っていて恥ずかしくなってきた。
「運動神経がいいのも、笑ったときに顔がクシャっってなるのも、声も、身長も、性格も、そう甘いものが好きなのも、当時の私の理想かな。私、前世でお菓子作りが趣味だったから。」
アベルが目をぱちくりさせた。そりゃそんな風に言われてたら反応に困るだろうなと思ったら、いきなりクシャっと笑って見せた。
「じゃあ、リリはこの顔が好きってこと?」
「もう、揶揄わないでよ。」
自分でも顔が赤くなるのが分かった。
「ふふ。いいこと聞いちゃった。そういえば前世でリリは何歳まで生きたの?」
「えっと、35歳だったかな。最期の方は記憶があいまいなのよ。ろくに家に帰れず仕事していたから。」
「へ!?仕事のし過ぎで死んじゃったってこと?」
「まあそうだと思う。」
「今もリリ頑張りすぎちゃうところあるから、ちゃんと休まなきゃだめだよ。俺、おじいさんとおばあさんになってもリリと一緒にいたいし。」
それはそう、今生は過労死は避けたいところだ。今度はアベルに心配そうに見つめられて、胸のドキドキが収まらなかった。




