12. ボナパルト家への挨拶
リリアーヌ ブロワであると名乗り出てからは、関係各所に書類を提出したり、各方面に連絡をとったり、大忙しだ。アベルの実家のボナパルト侯爵家も、私が見つかったことやシモンの誕生を喜んでくれているみたいで、早く会いたいと言っているらしい。アベルが日程を調整してくれて、王都にあるボナパルト侯爵家のタウンハウスで面会する運びとなった。
王都へは転移魔法で行くのが一番簡単なのだが、シモンがいるので馬車移動だ。片道3時間というところだろうか。せっかく王都に行くので、王宮での用事も一緒に済ませようという話になり、ボナパルト家で一泊し、次の日王太子殿下夫妻に謁見する運びになった。
実はシモンを王都に連れて行くのは初めてである。よく目立つ髪色だから知り合いがいる土地は避けたかったのだ。馬車に揺られて、楽しそうに外をみている。
「シモン、大丈夫?酔ってない?」
「元気だよ!みてみて!ははうえ、牛さんいっぱい。」
今通っている道は、マール領から少し外れたところでアルトワ子爵領内だ。もともと私の母が持っていたアルトワ子爵位に付随する領地で、今は一時的に王家の預かりになっている。狭い土地だが酪農が盛んで主に王都に乳製品を卸している。この領を継げるのは、飲食店経営者の私としては願ってもないことだ。
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ボナパルト家のタウンハウスに着くと、アベルのお父様であるボナパルト侯爵、お母様であるボナパルト侯爵夫人、お兄様のシリル様、お兄様の奥様のカトレア様が出迎えてくれた。お父様もお兄様も火属性で、燃えるような赤髪だ。
「リリアーヌ君、シモン君、今日はよく来てくれた。その節はバカ息子が悪いことをした。」
「リリーちゃん心配したのよ。本当にアベルがごめんなさいね。一人で出産や育児だなんて...本当に本当に大変だったでしょう。」
アベルのお母様、ボナパルト侯爵夫人はそう言うと感極まったのか涙をこぼした。
「皆さまお久しぶりです。伯父にお世話になっていたので、今までなんとかやってこれました。ご心配おかけし申し訳ありません。シモンもご挨拶なさい。」
「おじい様、おばあ様。初めまして、シモンです。よろしくお願いします。」
「わーカワイイ!ちっちゃいアベル君だ!カトレアおばさんよ。よろしくね、シモン君」
アベルの義姉さま、カトレア様がしゃがんでシモンの目線に合わせて話しかける。久しぶりに会ったカトレア様は変わらず、かわいらしい雰囲気の方だ。
「おいカトレア、シモン君が困っているだろう。こんにちは、シモン君。アベルの兄のシリルだ。君の伯父さんだよ。」
「シリルおじさまに、カトレアおばさま!よろしくお願いします。」
シモンは礼儀正しくお辞儀をした。
室内に通されると、シモンはおじい様、おばあ様、おじ様、おば様から、矢継ぎ早に質問攻めにあった。もともと同年代の子どもよりも大人と話すのに慣れた子だ。受け答えはしっかりしている。
「シモン君はしっかり者だな。アベルがシモン君の歳だったころは猿みたいに騒いで走り回ってたぞ。」
「兄さん、そんなことないだろ。」
「ほら、父さんが大事にしていた壺を割って大変だったじゃないか。忘れたのか。」
「その話はやめてくれよ。」
そういえば私がアベルと婚約したのは十三歳の時だから、小さい頃のアベルを知らない。シモンが私に似ておとなしい子でよかったと少し思った。
それから、ボナパルト侯爵に屋敷の中を案内してもらって、ボナパルト家の始祖である勇者の剣を見せてもらった。家宝の一つだ。
「うわあ、かっこいい!」
「うちの一族は勇者の末裔なんだ。始祖は王と共に魔王を打ち破ったんだぞ。」
「すごい!じゃあぼくも強い騎士様になれるかな?」
「もちろんだとも!」
その後、夕食をごちそうになった。メインディッシュはボナパルト領特産の鴨のローストだ。侯爵家のおもてなしディナーらしく、とても手が込んでいておいしかった。
夕食を食べ終わってシモンが眠りにつくと、失踪中の七年間のことを根掘り葉掘り聞かれた。
ご両親曰く、アベルは呪いと私の失踪がとてもショックで、解呪されてしばらく経った後も虚ろな様子だったらしい。危険な戦地ばかり志願するんで、相当気をもんでいたそう。『リリーちゃんが見つかって、あなた本当によかったわね』と侯爵夫人に言われて、アベルが深く頷いた。
実はボナパルト家には私たちの結婚以外にもグッドニュースがある。ついにカトレア様のお腹に天使が舞い降りたのだ。結婚後長らく跡取りに恵まれず、ついに遠縁の子を養子縁組する話が出ていたので、皆さんほっとしたそう。シモンともすぐに打ち解けたカトレア様はきっと良い母親になるだろう。
少しお酒が進み、ボナパルト侯爵夫妻と今後のフルール商会の事業展開やマール領の開発計画について建設的な議論をした。ブロワ家で領地経営の基礎は学んだし、実際の経営についてはマール伯爵を間近に見てきたけど、他領の領主から直接お話を伺えたのは、これから領地を治めるものとしてとても勉強になった。
むかし領地に遊びに行ったときにも思ったけど、ボナパルト家は貴族には珍しくとても仲の良い一家だ。私とシモンがこの家の一員として温かく迎えいれられたことをうれしく思った。




