6. マールの夏
徐々に日差しが高くなり、夏が近づいている。マール領の夏といえば海神祭だ。海神祭は、海の神であるネプトゥーヌス に感謝を捧げるマールのお祭りで、人々は海からもたらされる恵みに感謝し、大洋の平安を祈願する。三日間続くこの祭りの間は、港の公園に露店がところせましと並ぶ。広場の舞台では楽団の演奏、異国の大道芸のショー、孤児院の子どもたちのダンスの発表会といった演目がひっきりなしに続き、最終日の夜に打ち上げ花火でフィナーレだ。
今日はその海神祭の開催について、マール伯爵と相談するため伯爵邸の本邸に出向いている。
「リリーよく来てくれたね。」
「はい。伯父様。まずはこれをパスカル兄様に。今年の海神祭も楽しみですわ。」
ガーベラの花束をマール伯爵に手渡した。従兄のパスカルへのお見舞い品だ。
「ありがとう、パスカルも喜ぶよ。海神祭は我が領の年に一度の一大イベントだからね。大いに盛り上げていかないと。」
「フルール商会では、広場にカフェの出店を出す予定です。孤児院の年長の子にお小遣いを渡して売り子をしてもらいます。」
「孤児院のことまで気にかけてもらって悪いね。」
「いえ。当然のことでございます。」
領にある孤児院へは伯爵夫人に頼んで、毎月シモンと慰問に行っている。この世界には、平民に向け読み書きを教える学校は町にいくつかあるが、貴族や金持ちの子弟は家庭教師に文字や一般教養を習うのが一般的だ。孤児院で他の子どもと遊ぶ機会は実はシモンにとっては貴重なのだ。
「会場の警備はマール沿岸警備騎士隊に依頼してある。」
アベルも海神祭当日は忙しいのかしら。
「それと初日の祝宴だが『ビストロ フルール』の準備はどうだい?』
「はい、今年も私どものレストランを使って頂き光栄です。マール領のシーフードを一番に押し出す形で、さまざまな食の嗜好やタブーに対応したビュッフェスタイルを検討しています。ワインやシャンパンも一流のものを用意しておきます。」
当日はレストランの営業を一日休みにして、海神祭初夜の立食パーティーに専念する予定だ。有力な商会関係者、隣国や近くの領の貴族たちもゲストとして招待しているからミスは許されない。
「実はその祝宴で、私の後継者を発表したいと思っていてね。君にリリアーヌ ブロワだと名乗り出てもらいたいのだが、よいだろうか?」
「はい、覚悟は決まっています。よろしくお願いします。」
「ありがとう。頼もしいよ。そういえば、リリーもレニエ子爵とネール男爵の話は聞いているかい?」
「はい。アベルの特命の件ですね。」
「ああ。あの二人も現状、祝宴に招待しないわけにいかなくてね。特にレニエ子爵は君をつけ狙っているようだから、十分注意するように。」
「はい。」
「あと、この前の誕生日会の感じだとシモンの父親の件は解決ということでよいのかな?」
「ええ。アベルが認知したいと。一応魔法誓約書で、親権は私に帰属すると一言いただいております。」
「それは良かった。私は何があってもリリーの味方だ。それにリリーとシモンがうちの跡継ぎであることに変わりない。ただ、ボナパルト侯爵令息と君との関係を今後どうしていくかついてはよく考えた方がいい。君一人の問題ではないのだから。」
「はい。わかっています、伯父様。」
「シモンもあの青年のことをだいぶ気に入ってるようだしな。」
今後どうしていくのが良いのか。この前アベルに結婚したい、愛していると言われたが、このくらいで絆されてなるものかという気持ちはある。ただ貴族の政略結婚の場合、そもそもそこに愛なんて初めから存在しないことも多い。私は、シモンが父親と家族として生活できるように配慮すべきなのだろうか。




